クレイビスの恭順
俺は想定外の事態に頭を痛ませた。
目の前には配下に怒られながらも頭を下げ続ける一国の王の姿がある。
そして、自ら我が国へ降る発言だ。
兵士達の混乱もピークに達している。
立場を下に見られないようにラグレイトにドラゴンになってもらったが、想像以上の効果に吃驚ですよ。
「…俺は同盟と言ったが」
属国とかどう扱って良いものか分かりません。
俺がそんな気持ちで頭を下げたクレイビスを見下ろしていると、隣で腰を曲げてクレイビスを立たせようとしていた初老の男が俺を見た。
「ど、同盟で問題ありませんぞ! へ、陛下は少しお疲れでしてな! は、はは! 先程も酒を浴びる程呑んでおり…」
「疲れたから酒か? 大丈夫か、クレイビス王よ」
大国の王とはそれだけの重責があるのか。顔は赤くないが、アルコールが切れたら指が震え出すかもしれない。
「何を言うか、ユタ! 見ろ! 竜騎士様だ! その神々しい御姿を目に焼き付けろ!」
「陛下こそ顔を上げてレン王様を見てくだされ!」
「顔を上げるなぞ、そんな畏れ多いことが出来るか!」
「上げんか、馬鹿者!」
気が付けばクレイビスとユタとかいう男が言い争いになり、最後にはユタがクレイビスを怒鳴りつけていた。
パニックだな。
「ビリアーズ大臣」
「は、はあ。何ですかな?」
俺が声をかけると、ビリアーズは呆然とした表情を浮かべつつ俺に返事を返した。
「今度、改めて会談するとしよう。場所はヴァル・ヴァルハラ城だ。クレイビス王は一応同盟国の王として扱え」
「はい、分かりました…が、別に配下になりたいならしてあげれば良いのでは? これ以上ないくらいに簡単に大国が手に入りますが」
「いらん。面倒くさい。我が国が攻められたなら叩き潰すが、味方になりたいならばそれで良い」
「は、はぁ…分かりました」
俺はビリアーズにそう言って、面倒になりそうなその場を離れた。
その3日後。
旧グラード村である城下町まで全速力で向かってきたであろうクレイビス達と会談を行うことになった。
なんだ、この行動力は。
「こ、これが竜騎士様の居城…!」
クレイビスは涙さえ浮かべながらヴァル・ヴァルハラ城を見上げていた。
「…ま、まさか、あれは全てミスリルですかな? は、はは。いや、まさか…」
ユタは乾いた笑い声をあげて城を見回している。
そんなユタの斜め後ろで、赤いローブを着た鎧の男が口を開いた。
「…ミスリルですな。ブリュンヒルトの持つ剣と輝く様がそっくりです」
俺は急にブリュンヒルトの名が出てきたので男に視線を向けた。
「ブリュンヒルトと知り合いか?」
俺が聞くと、男は目だけを伏せて口を開く。
「…同じ冒険者パーティーの仲間です、陛下」
「ほう。確か、オグマだったか? Sランクか?」
俺が尋ねると、オグマは目を細めて首を左右に振った。
「いえ、ワシらのパーティー白銀の風には2人Sランク冒険者がおりますが、私ではありません」
「ブリュンヒルトとメルディアだけか。一緒にダンジョンを攻略したのなら皆Sランクでも良さそうだがな」
オグマの言葉に俺がそう言うと、オグマは頷いて口を開いた。
「ダンジョン攻略前はブリュンヒルトとメルディアがAランクでワシとマリナ、アタラッテはBランクでしたからな。一つずつ繰り上がって今のランクになっております」
オグマの説明を聞き、俺は軽く頷いた。
なるほど。
ダンジョンを攻略したからと言って皆がSランクになるわけでは無いらしい。
「陛下、白銀の風の者達はこちらにおるのですか?」
考え事をしていると、オグマにブリュンヒルト達について聞かれた。
「ああ。今は多分冒険者ギルドの裏手にある一軒家に住んでいるぞ」
「一軒家? また彼奴らは無駄遣いを…」
俺から聞いた情報にオグマは顔を顰めて何か呟いていた。
若い女ばかりのパーティーに年長者が1人というのは大変なのだろう。
俺がオグマを見てそんなことを考えていると、クレイビスが俺の方へ歩み寄ってきた。
「レン国王様。是非お城へ!」
「あ、ああ。とりあえず、俺達と、そうだな。ユタとオグマまで入城するとしようか。兵達は人数が多いから…そうだな。こちらから珍しい食べ物でも差し出そうか」
「め、珍しい食べ物?」
俺がそう言うと、クレイビスとユタが興味深そうにこちらを見た。
俺はその視線を受け流し、側に控えていたエレノアに顔を向けた。
「エレノア。ジーアイ城に行き、メイド部隊全員連れて来てくれ。後は、早めに出来上がる料理の材料だ」
「畏まりました。サニー、護衛をお願いしますね」
エレノアは俺の指示に返事を返すと、サニーにそう言い残して飛翔魔術を使った。
「なっ!?」
「…む、無詠唱…」
エレノアが城の上空を飛び越えるような形で飛んでいくと、兵達から動揺が広がった。
「あ、あの美しい女性は魔術士でしたか…てっきり、レン国王様の従者の方かと…」
ユタが冷や汗を一筋、額から頬へ流しながら笑みを浮かべ、俺にそんなことを言った。
「いや、魔術士と括るならばこちらのサニーがそうだ。エレノアは魔法剣士だよ。剣の方が得意だ」
俺がそう言うと、ユタは目を瞬かせて動きを止めた。
もう動作不良を起こす人間に見慣れた俺は、さっさとクレイビスに声をかけて歩き出した。
「よし、付いて来い」
「は、はい!」
クレイビスはすぐに返事をすると、小走りに俺の後を追ってくる。
部活の後輩みたいである。
城内に入り、俺が先導して廊下を進んでいくと、背後から感嘆の声が時折聞こえてくる。
だが、やはりそれらの殆どはミスリルや美しい装飾に対してであり、オリハルコンのことには一切触れられなかった。
玉座の間に入り、俺はカルタスに挨拶を交わしてから玉座に座る。
玉座の間を玉座の上から見下ろせば、余計に萎縮した様子のクレイビスとユタの姿があった。
クレイビスは緊張感が、ユタからは若干の恐怖、畏怖の感情が伝わってくる。
オグマは険しい顔ではあるが、緊張感というものは然程伝わってこなかった。
「さて、レンブラント王国の国王、クレイビスよ。我がエインヘリアルへようこそ。歓迎しよう」
「は、ははぁ!」
「こ、これ、陛下…」
俺の言葉に、クレイビスが跪いて頭を下げた。
ユタは跪きながらもクレイビスに顔を上げるように声を荒げる。
オグマはその2人を横目に静かに跪いた。
「そうだ。折角オグマが来ているんだ。ブリュンヒルト達を呼んでこよう」
俺がそう言ってローザを見ると、ローザは頷いて玉座の間から姿を消して見せた。
「…ありがとうございます、陛下」
ローザの姿が消える様を目撃したオグマは、ハッとした顔つきで辺りを見回し、最後に俺を見てお礼を言い、頭を下げる。
思ったよりも驚かなかったオグマに、俺は何かを感じながら頷き返した。
そして、俺はオグマの表情を窺いながら、クレイビスに顔を向けた。
「クレイビス王。この度、我がエインヘリアルはレンブラント王国と同盟を結ぼうかと思っている。そちらはどうだ? 同盟を結ぶことに異議はあるか」
俺がそう聞くと、クレイビスは自らの胸に手を当てて俺を見上げた。
「有難き御言葉! 私としましてはレン国王様に服従を誓いたいのですが、我がレンブラント王国の国民の為にも、此度は同盟という形で受けさせていただきます! ですが、レン国王様が何かお望みならば、どんな物でも御用意致しますので! 勿論、領土の拡大が必要ならばバンバン御受け取りください!」
「陛下!」
クレイビスは感極まった様子でとんでもない約束をしそうになっていた。
ユタがクレイビスを公然で説教する様を眺めながら、俺は無言で溜め息を吐いた。
道中でユタは宰相と聞いたが、ユタがいなければレンブラント王国はすぐに潰れそうだ。
俺はキラキラした目で俺を見上げるクレイビスに曖昧に笑っておいた。




