レンブラント王国国王クレイビス
世界五大国と称される歴史ある大国、レンブラント王国。
父の代で、レンブラント王国は絶頂期を迎え、長い膠着状態を打開すべく当時内乱が起きていたインメンスタット帝国へ侵攻した。
その当時の父は正に破竹の快進撃を続けていた。一時は帝国の領土の半ばまで軍を進めるほどだった。
だが、父の病が発症してからその勢いは急激に弱まった。
父の病は当初ただの流行り病かと思われていたが、日を追うごとに衰弱していき、遂には王都に帰り着くことも出来ずに落命した。
その頃には、逆に帝国の反撃が勢いを増しており、国内の混乱もあり戦線は後退。
帝国の城塞都市を利用した防衛戦で、私の指揮の下、何とか踏み止まることは出来た。
だが、これが間違っていた。
帝国と前よりも厳しい状態で膠着状態となってしまったのだ。
軍の派遣には王国の拠点から距離があり過ぎる。
気性が激しい父が帝国軍の捕虜は殆どとらずに処刑していった為に、余計な負担は無い。
しかし、帝国内で築いた防衛戦線の要の城塞都市内での住民の感情は良く無かった。
そんな状況で中々王都に戻ることも出来ず、父の葬儀は宰相であるユタが行い、兄弟の中で最も年上であった私が略式による就任式で王となった。
国王という立場は、私には正直荷が勝ちすぎている。
父から散々言われてきたことだが、私はどうも戦場一つまでしか目が行き届かないらしい。
遠い、帝国の帝都、皇国の皇都など、近隣諸国の中心地に自分がいると仮定し、その立場、視点から物を考えてみろと良く言われた。
そんな遠い場所の視点なぞ分かるものか。
父がいるのだから、私は得意な戦場で采配を振るっていれば良い。
そうすれば、私の弟の誰かが才を発揮して王の後を継ぐだろう。
そう思っていた。
まさか、あの人一倍健康な父が病死するなぞ、想像だにしていなかった。
結局、私はなりたくもない王になり、必死に父が広げた領土を守り続けていた。
そんな時に、王都からガラン皇国の不審な動きを知らされて急遽王都へ急行した。
向かう途中で次々と内容の違う報告が飛び交い、私はこの移動こそが帝国の仕組んだ策ではないかと疑ったほどだ。
報告は大まかに分けて三つ。
ガラン皇国に動きあり。
ビリアーズ伯爵の辺境領独立。
そして、竜騎士様による建国の三つだ。
どれかが真実なのか、それともやはり陽動するつもりなのか。
何にしても、私は強い怒りを覚えていた。
数年前にもあったが、またも竜騎士様を騙る輩が現れたのだ。
陽動の為の只の嘘なのかも知れんが、それに竜騎士様の名を利用することが許せん。
竜騎士様は騎士の憧れなのだ。
私とて、20歳になるまでいつか竜騎士様の下で英雄として仕えるつもりで鍛え続けていた。
だが、胸からドラゴンの鱗の首飾りをした男に騙されて気が付いたのだ。
やはり、竜騎士様は現世におられない、と。
千年、二千年などという年月を生きることは、例え神の代行者様といえど不可能なのだ。
そう絶望して幾星霜。
またも現れた竜騎士様を騙る詐欺師。
私は居ても立っても居られない気持ちで辺境領へ向かった。
ユタは冒険者パーティーである白銀の風が関与していると睨んでいるが、例えSランクの冒険者であっても許さん。
恐らく、ビリアーズが独立に勢いをつける為に吐いた妄言だろうが、その場合はビリアーズに戦線布告して帰ってやる。
私はそんな思いでビリアーズと顔を合わせた。
そして、私と対面したビリアーズの野郎が吐いた台詞が…。
「竜騎士様は国王として居城におられます。数日内には御目通りが出来ると思いますが」
である。
私は怒り心頭で宣戦布告しようとしたところをユタに止められた。
そうだ。竜騎士様を騙る詐欺師がいるのだ。
まずはそいつを殺らねばならない。
私は冷静にそう判断すると、数年ぶりに訪れたランブラスの町並みを見た。
王都ほどの賑わいは無いが、落ち着いた良い街だ。
この街が、もはやレンブラント王国では無くなるという。
私は何とも言えない虚しさを感じながら行き交う人々を眺めた。
そんな時、ビリアーズの遣いの者が訪れ、私達にこう言った。
「竜騎士様が夕方までにはいらっしゃるそうです」
なんと、数日中にどころか、その日の夕方には来るという。
ビリアーズがいつ知らせたのか。そして返事はいつ来たのか。
どうあっても時間の計算が合わない。
つまり、竜騎士様を騙る詐欺師が最初からこの街にいたのだ。
よし、殺ろう。
私は湧き上がる殺意を抑え込み、にこやかな笑顔を貼り付けて指定されたランブラスの街の外へ出た。
ユタには罠の可能性を示唆されたが、知ったことではない。
私が死ねば20歳になった弟がいる。
替わりがいる王よりも竜騎士様の偽者である。
私は兵を整列させ、今か今かと竜騎士様の偽者を待った。
そして、私の後方に並ぶ兵達の中から騒めきが広まっていく。
来たか。
そう思って辺りを見回すが、誰もいない。
何処にいるのだ。
私はそう聞こうとして兵達を振り返り、隊長である騎士の1人が空を見上げている姿を見た。
つられて、視線を空に向けると、そこには黒いドラゴンが羽ばたいていた。
「ど、ドラゴン…」
誰かがそう呟いた。
「竜騎士様…本当に竜騎士様が…」
また、別の誰かがそう呟いた。
私は痛いほど脈打つ心臓を片手で胸の上から押さえつけると、懸命にその光景を見続けた。
嘘ではない。
目の前に、黒いドラゴンが降りてくる。
見れば、その背には正に神が創りし造形美を体現した美しく逞しい青年の姿が。
そして、その背後には信じられない美貌の2人の少女の姿がある。
「おお、レン様! お早いお着きで!」
ドラゴンが地に降り立ったタイミングで、ビリアーズがそう挨拶をしていた。
信じられないほど気軽な挨拶だ。
相手はまごう事無き神の代行者、竜騎士様だぞ。
私は竜騎士様がお怒りになり帰ってしまうのではないかと不安になったが、竜騎士様はドラゴンから降りてビリアーズを見て口を開いた。
「ああ。今日の朝に部下から報告を受けたからな。対応ご苦労、ビリアーズ大臣」
「右大臣ですぞ。私に並ぶ者はあと1人だけなのでしょうな?」
「ふっ、中央大臣も作るか?」
「ダメです」
なんと、竜騎士様はビリアーズと和やかな雰囲気でそんなやり取りをされておられた。
ビリアーズの野郎が竜騎士様と会話しているだけで眩しく見えてしまう。
私が嫉妬の炎でビリアーズを焼き殺さんとしていると、ビリアーズから視線を外した竜騎士様が私を見た。
私は思わずその場に跪いて頭を下げてしまった。
まずい。
国王のすることとしては最悪の行動である。
配下も見ているのだ。
「レンブラント王国国王だな?」
だが、耳朶を打つ竜騎士様の御言葉に、私は更に頭を下げてしまう。
仕方が無い。
仕方が無いのだ。
竜騎士様が、私を見て、私にお声を掛けられたのだから。
「はっ! レンブラント王国国王、クレイビス・ディーン・フラハット・エル・レンブラントであります!」
私は緊張に上擦る声を懸命に抑え込み、何とかそれだけを口にした。
すると、竜騎士様は苦笑する様な雰囲気を出され、私にこう言った。
「ならば、クレイビス王と呼ぼうか。俺のことはレン王とでも呼べば良いだろう」
「は、はっ! レン王陛下と呼ばせていただきます!」
私が慌ててそう言うと、今度こそ確かに、レン様は笑い声を上げられた。
「陛下はまずいだろう。お互いに国王としてこの場に来ているのだからな。それで、俺から提案があるのだが、我が国エインヘリアルとレンブラント王国…二国で同盟はどうかと思ってな」
「ど、同盟…? いえ…配下にしてください!」
「は?」
私が思わず口走った台詞に、レン様が戸惑いの声をあげられた。




