温度差
ガラン皇国の西部アルダ。
その中央付近にあるアルダ地方最大の城塞都市、ジャーネル。
厚さ20メートル、高さ40メートルにも達する城壁に囲まれた堅牢な都市である。
その堅牢さ故に、未だかつて落とされたことの無い城でもある。
その都市の北部にある四角い箱を重ねたような形状の城に、ガラン皇国は将軍であるトルガは居た。
城の最上階に位置する城主の執務室。その部屋の最も立派な造りの1人掛けソファーに腰を下ろしていた。
「今、どのくらいか」
トルガは極めて曖昧な言い方でそう尋ねた。
すると、トルガの対面側にあるソファーに座った背の低い男が返事を返す。
「はい。今は三つの街、合わせて1万の兵が揃っております。派遣されてきた兵士三千に、傭兵団が五千、奴隷が二千程となっております」
「ふむ…十万集まるまでどのくらいだ?」
「計画通りならば後2週間程度でしょう。レンブラント王国側もその程度の日数はかかる模様です」
男がそう言うと、トルガは長い溜め息を吐いた。
「私は出来るだけ急げと言ったのだ。まだまだ遅い。これでは逆に攻められたとしてもおかしくないぞ」
トルガの言葉に、背の低い男は丸い鼻を指でさすり、困ったように笑った。
「トルガ様。これでも異例の速さですよ。西部の兵がレンブラント王国に侵攻するのに合わせて臨時の兵が西部に派遣されておりましたが、更に元代官のトゥランが予備兵力を召集する手続きを行っていた為に叶った速さであります」
背の低い男がそう言うと、トルガはソファーの肘置きを右手で強く殴った。
それだけで、ソファーの肘置き部分から脚の部分まで大きく破損してしまった。
背の低い男はその破壊音に首を竦めて萎縮する。
「骨組みは鋼鉄製だぞ…」
男が信じられないものを見るような面持ちでトルガの右腕を見ると、トルガは不敵な笑みを浮かべた。
「そんなことは我輩も分かっている。我輩が言いたいのは、何か手を講じて更に早く兵を集めろと言っているのだ。何故、それくらいのことが察せない? その首の上にあるものが飾りならば、我輩が試しに取り替えてやろうか?」
「ひっ」
トルガがそう言って右手を男の頭に伸ばすと、男は身を仰け反らせてソファーから転がり落ちた。
「早く兵を集めろ!」
「は、はいっ!」
トルガに怒鳴られて部屋から逃げるように退出する男の背を追い扉が閉じられるまで睨んでいたトルガは、誰も居なくなった執務室にてまた溜め息を吐いた。
「使えん部下ばかりだ。我輩の知性に適う優秀な部下はいないものか」
トルガはそう呟くと、壊れたソファーから腰を上げて窓辺に近付いた。
窓からはこの街の景色が一望出来た。
「…ん? なんだ、あれは」
トルガは遠くの空に見える黒い影を目で追いながら、そう口にした。
「鳥か? 鳥にしては速いが、魔物であれだけ速い速度で飛べるのは…」
トルガは黒い影に目を奪われながらそんなことを呟き、最後に黒い影が反転して更に空高く上っていくのを見た。
「ドラゴン…竜騎士、か。ふん、下らん。そんな戯言を言う者が敵ならば我輩自ら頭を砕いてくれるわ」
トルガは窓から見える景色に背を向けると、そう言って笑った。
王都から西部の都市、ランブラスまで馬車で1、2週間。
その道程を二頭立ての豪奢な馬車が走っていた。
馬車の周囲には馬に乗った騎士が大勢で隊列を組んで走っている。
騎士達は皆が白く美しい鎧で揃えられており、かなりの速度で馬を走らせているのにも関わらず隊列を乱さないあたりからも相当の練度であることが知れた。
その騎士達に護られながら走る馬車の中には、レンブラント王国国王であるクレイビスと宰相のユタが乗っていた。
そしてもう1人。40代後半に差し掛かりそうな見た目の白髪の男がユタの隣に座っている。
男は、鈍い金属の光沢のある鎧の上から赤いローブを纏い、腰には直剣を差していた。
「陛下、何故私を…」
「うるさい、黙れ。もう何回目だと思っている。私は会ったことが無いのだから仕方が無いだろうが」
不満げな顔でクレイビスを睨むユタに、クレイビスは文句を言い返して腕を組んだ。
ユタはこれ見よがしに溜め息を吐き、首を左右に振る。
「陛下…やはり王都には陛下か私がおりませんと…2人揃って城を出るのは…」
「うるさい、黙れ。その方も何とか言ってくれ、オグマ」
また文句を言い始めたユタに、クレイビスがユタの隣に座る白髪の男に援護を求めた。
オグマと呼ばれた男は少し垂れ気味の目でクレイビスを見返すと、静かに口を開いた。
「陛下、もう少し落ち着かれては如何か」
オグマがそう言うと、クレイビスは鼻を鳴らして脚を組んだ。
「味方がおらんではないか。忌々しい」
クレイビスが独りで悪態を吐くと、ユタが眉間に皺を寄せて口を開いた。
「私は、もしかしたらビリアーズ伯爵に白銀の風が協力しておるやもしれんと、そう申しただけですぞ」
「分かっておる」
クレイビスが面白くなさそうにユタに返事をすると、今度はオグマが口を開いた。
「私はその時に、可能性は低いが、手紙をしたためるのでよろしくお願いします、と申しましたな」
「分かっておる」
オグマが憮然とした顔でそう言うと、クレイビスの眉間のシワが深くなった。
「オグマ殿に聞けば、白銀の風といえど何万の敵はどうしようもないと…」
「分かっておる」
「然り。ただ、たまたまAランク以上の冒険者がランブラスに集まっていたりするならば…」
「分かっておる」
「分かっておるなら何故私を…」
「うるさい、黙れ」
「私も手紙を…」
「えぇい、鬱陶しい! 誰だ、この2人を連れてきたのは!?」
「「陛下でございます」」
レンブラント王国国王と宰相、そして凄腕の冒険者を乗せた馬車の一団は王都からランブラスまでの道程を僅か5日で走り抜けた。
だが、ランブラスに辿り着いた時には、3人は憔悴した顔つきで馬車を降りてきたのだった。




