異世界の情報初級編
村長の家に案内されてみると、意外にも中々の広さを持つ綺麗な家屋だった。
木の板を並べて出来たフローリングの床があり、テーブルと背もたれ付きのイスだけじゃなく、家具もある。
まるでこの村の文明レベルを馬鹿にしたような言い方になってしまうが、かなり低レベルな住宅を覚悟していたので嬉しい誤算だった。
この世界も国によって生活環境は違うだろうが、地球における中世の生活とは厳しいものだったという。
なにせ、全人口の半分近くが15歳未満だというから生活の質も知れたものである。平均寿命もせいぜいが30歳程度だったようだ。
人口はどの国も緩やかに増加していたことを鑑みるに、幸運にも30代まで生き残った夫婦が生涯で4人から5人の子どもを産み、その内の半数近くが生き残る。貴族や豪商以外の人はそんな一生をおくっていたと推測される。
ならば、比較的若い村人ばかりとはいえ、地方の小規模な村で中年といえる大人も多いということは平均寿命は高いだろう。
いや、もしかしたら魔法の影響なのかもしれない。魔法のお陰で平均寿命が延びて仕事の熟達した大人が多く残り、食糧事情や生活水準が文明レベルに反して高くなっている可能性もあるかもしれない。
「あの、それで、皆様方は冒険者の方なのでしょうか? もしそうならランクを言っていただければ、そのランクに合わせた緊急依頼と同額程度をお礼にお支払いしたいのですが…」
村長は申し訳なさそうにそう切り出した。俺たちに多額の報酬を要求されることを余程警戒しているのかもしれない。
普通ならいきなり金の話にいかないだろう。営業をしていた身としては是非とも交渉や商談について説教したい。
しかし、冒険者か。魔術という存在のお陰で個人の力が突出しやすいのだろう。中世、近世ならば奇襲する前提の盗賊であろうと十数人規模になるだろう。
数人から十人程度で様々な依頼をこなす集団など銃火器でもないとありえない。
俺は地球の歴史との違いを微かに感じつつ、村長の質問に答えるべく口を開いた。
「ああ、俺たちは冒険者じゃない。かなり遠いところから来たばかりでな。御礼なんていらないから情報をくれないか?」
俺がそう言うと、村長は安心したような困ったような難しい表情で目を瞬かせた。
「じ、情報ですか? 蓄えの無い村ですので金品でないのは正直有難いのですが、私どもは皆田舎者ですので大した情報は無いかもしれませんが…」
「気にしなくて良い。知らないことは知らないで構わない」
俺は申し訳無さそうに頭を下げる村長にそう言うと、異世界の情報収集を開始した。
「ふむ、こんなものか」
俺がそう呟くと、村長は幾分疲労感を滲ませた顔つきで俺を見た。
「な、納得頂けましたか?」
あれからたっぷり2時間はかかっただろうか。村長には通常の情報といえるものから、生きていく上で当たり前なことまで聞き倒した。
国の名前、人口、領土。王族、貴族、一般市民。金の単位から1年の日数、時間の単位までである。
何故そんなことを聞くのか。村長は大半の時間をそんな顔で過ごしていた。
分かったことは、今いるこのグラード村はレンブラント王国の西の果て。そして、すぐ近くにある国境を跨いだ先の国、ガラン皇国にとっても西の果てだ。他に隣国はない。
つまり、海の向こうに関しては不明瞭ではあったが、グラード村の村長にとって、この地は世界の最果てである。
故に、直接言われることはないが他の村や町の人たちからは最果ての村と呼ばれるらしい。
レンブラント王国については、人口不明。王族についても詳しくは知らない。正確な領土も分からないが、世界五大大国と呼ばれているらしい。
詳しく分かるのはこの地を治める辺境伯の事と領土。後は子どもでも知っているといえる基本的なことだった。
1年は360日。1ヶ月は30日だ。1日の時間は基本的に太陽の位置であり、時計は貴族と一部の金持ちしか持っていない。
通貨の単位はディナールという。
鉄貨という貨幣一枚が一ディナール。
銅貨一枚が十ディナール。
銀貨が百ディナール。
大銀貨が千ディナール。
金貨が一万ディナール。
大金貨が十万ディナール。
白金貨が百万ディナールとなる。
聞いてみた感覚だと、1ディナールが80円から100円程度だろうか。
冒険者は下からランクEからAまであり、ランクAの冒険者パーティだと報酬は大金貨1枚程度になるらしい。つまり数人で約1000万円ほどの報酬を山分けということだ。
例外的にではあるが、ランクSの冒険者も存在するらしい。極めて優秀な功績を収め、戦闘能力に関しても一騎当千とか何とか。村長も見たことが無いらしく、村長自身が懐疑的な物言いだった。
後はこの世界の文明についてだが、王都に行っても中世ヨーロッパ程度の文化レベルを超えることは無さそうだ。自動車はもちろん、魔術という存在のせいで火薬による武器もない。
地球の中世とは違い、こちらの世界の方が住環境は水準が高い。だが、やはり死亡率はあまり変わらないようだ。地球との違いは子どもが多く死ぬわけでは無く、年齢関係無く死ぬ時は死ぬということ。
理由は簡単だ。モンスターの存在である。こちらでは魔物という言い方をするらしい。
魔物は余程の大物以外は街道には出てこないらしいので、人の往来の多い街道を行き来していれば危険は少ない。
だが、時折はぐれと呼ばれる魔物が少数で街道や村へ侵入してくることもあるようだ。
衣食住については、布の服が一般的で街道を利用する人は革と鉄の軽鎧などを使う。靴などは革が主だ。
食べ物は意外にも充実しており、パンや麺類が主食だが国によっては豆や芋、米らしきものまであるらしい。
住居は安い家が木造で、二部屋か三部屋。壁には漆喰などを塗り、窓はガラスでは無く雨戸を開け閉めする。村長の家もこれだ。
良い家になると日干し煉瓦か石造りの住宅になり、耐久性も防犯性も向上する。貴族の邸宅などは本邸を囲うように使用人や警護の騎士などが住む石造りの住宅が建つ為、貴族の住む本邸だけが色違いの煉瓦や特殊な石材を用いた豪華な住宅になる。
ガラスの窓などがあるのは基本的には貴族か王族だけだ。鏡などもガラスを使ったものは一般には出回らない。
紙は羊皮紙がメインだが、王都では木の繊維から作った紙もあることはあるらしい。
なかなか有用な情報を聞けた俺は満足して浅く頷いた。
俺の様子を疲れた顔で窺っていた村長が恐る恐るといった雰囲気で口を開く。
「それで、他にはもう大丈夫でしょうか?」
村長の言葉を聞き、俺は情報に抜けが無いか後ろに並んでいるメンバーの顔を見た。
その時、家のドアが慌ただしく開けられる音が室内に響いた。
「た、助けてください!」
現れたのはあの魔術士の少女だった。