13日目、朝
朝がきた。
陽の光が視界を明るく照らし出す。
そして、眩しいくらいに白い肌も…。
豊かな胸と、可愛らしい大きな耳が危険なギャップを生みだしている。
「あ、おはようございます、我が君」
俺が諸事情により身動ぎしていると、狐耳の美女、ソアラが目を覚まして挨拶をしてきた。
「おはよう」
俺がそう言うと、ソアラは頬を少し赤く染めて微笑みを浮かべた。
と、ソアラの笑顔に見惚れていると、背後から細くしなやかな指が俺の肩、胸を撫でていった。
「ご主人様? おはようございます」
エレノアは美しい声を僅かに擦れさせて俺の耳元で挨拶をした。
ぞわぞわしました。
朝の報告を受ける中に、昨夜の賊捕縛の報告もあった。
タージという名の奴隷が調度品を奪ったらしい。
ちなみに、参考人として監視されている商人のナイディルという男の鞄にそれを入れているようだ。
「いや、黒幕はこいつだろう?」
「そうですね。ただ、一応現行犯はタージという少年のようですから」
俺の呟きにエレノアが同意した。
俺は鼻を鳴らすと、報告書にある商人と奴隷について目を通す。
「気にいらんな。ランブラスなどで見た奴隷は怪我も無く、健康そうに働いていたが、このタージという奴隷はそうでも無さそうだ」
「処罰はどうされます?」
エレノアの質問に、俺は苛立ちながらもすぐには答えられなかった。
竜騎士が恐怖政治をするわけにもいかない。
さりとて、行商人程度に舐められていたら他所の国は更に舐めてかかるだろう。
その日のうちに取り返すことが出来た調度品1つで死刑にするような短気を見せると、将来の城下町に住む人を減らすことになるかもしれない。
丁度良い塩梅の刑罰はどういったものか。
「…お、良い事を思い付いたぞ」
俺がそう言うと、エレノアは美しい表情で微笑んだ。
「まあ、どんな事でしょうか」
ヴァル・ヴァルハラ城の玉座の間。
俺は玉座に座り、朝の挨拶かと思って跪いている商人達を見下ろしている。
「おはよう。城ではゆっくり過ごせたかな?」
「おはようございます、陛下。本当に夢のような夜を過ごさせていただきました。素晴らしい待遇に我ら皆、いたく感動しております」
俺の挨拶にクビドが丁寧にそう返した。
俺は鷹揚に頷くと、クビドを見下ろして聞こえるように溜め息を吐いた。
「それはよかった。俺も客人たる皆が満足できて嬉しく思う。だがしかし、ただ1人だけ昨夜この城で問題を起こした者がいたようだ」
「…それは、まさか、行商人として同行してきたナイディルですか?」
クビドは表情を無くし、ただ確認をするだけと言わんばかりに淡々とそう質問を口にした。
まあ、商人一同を玉座の間に呼んでいるのに姿が見えなければ不審に思うだろう。
「正確にはナイディルの奴隷であるタージだが、一応話を聞くために2人とも拘束させてもらった。ローザ、連れてきてくれ」
「はっ」
俺が魔族のローザにそう指示を出すと、カルタスと共に俺の隣に立っていたローザがその場から姿を消した。
「き、消えた…」
「時空間移動魔術か…」
「馬鹿な。時空間移動魔術を無詠唱で出来る者がいるわけ…」
商人達はローザが姿を消したことに狼狽し、口々に己の推測を呟く。
実際は唯の高速移動術と隠密歩法のスキルで移動しただけだが、まあそれも化け物か。
だが、やはりと言うべきか、クビドとヴィアンは目を見張ったものの、戸惑いは見せずに何かを考えるような素振りを見せた。
そして、もう1人。黒い髪で目を隠した茶色のローブの商人は特に動きを見せていない。
あれは、馬車の馭者をしていた者か。
「連れてきましたよ、大将」
商人達を観察していると、いつの間にかその商人達の後ろからローザが声をかけてきた。
ローザは右肩にナイディルを担ぎ、左手でボロい布切れのようなローブを着た少年を掴んでいた。
突然現れたローザに商人達が騒めく中、ローザに担がれたナイディルが床に降ろされる。
ナイディルは何が起きたのか理解していないのか、口をだらし無く開けたまま周囲を見回した。
やがて、自分を見ている同業者達を認めて、ナイディルは奥歯を噛み締めて俺を見上げた。
「へ、陛下! 私は無実ですぞ!」
ナイディルは開口一番にそう叫んだ。
ナイディルとタージが何をしたか知らない商人達はナイディルの言葉に眉を顰める。
タージもその間に床に降ろされていたが、タージはぼんやりと座ったまま床を見ていた。
ナイディルはそんなタージを睨み据えると、吐いて捨てるような声音で怒鳴る。
「この卑しい奴隷めが全てやったこと! 私は関与しておりません!」
ナイディルが必死に無罪を主張する中、俺は玉座の上で首を傾げた。
「だが、お前の奴隷が城の調度品を盗み、お前の鞄に入れた。誰がどう見てもお前の命令じゃないか」
俺がそう告げると、事態を飲み込んできた商人達が険しい顔でナイディルを睨んだ。
これから最高の商売の場になるかもしれない場所で、仲間では無いが自分達の同行者ではある者が盗みを働いたのだ。
商人達は皆が皆、ナイディルに対して強い怒りを覚えたことだろう。
ナイディルは敵意の篭った視線を浴びて顔色を変えると、表情を変えないタージを見やった。
「こ、このクソ野郎が! こいつが、勝手に私の鞄に入れて私に罪をなすりつけようとしたのです! 飯を食わせて寝る場所を世話した恩も忘れやがって! こ、殺してやる!」
ナイディルは激情を露わにしてタージをなじったが、タージはぼんやりとした顔で床を見続けていた。
そんなタージの様子が気になり、俺はタージに対して口を開く。
「タージ。お前の主人はそう言っているが、間違いないか?」
俺がそう聞くと、タージは顔を上げて俺を見た。
だが、その焦点は定まっていない。
何か様子がおかしい。
俺がそう思ってタージの様子を眺めていると、クビドが口を開いた。
「…隷属魔術か。ナイディル、タージの意識を通常の状態に戻せ」
クビドはそう言ってナイディルを強く睨んだ。
隷属魔術…初めて俺が知らない魔術が出た。ゲーム内には無かった魔術だ。
相手の意識を朦朧とした状態に出来るというのは中々恐ろしい魔術だが、どうやってその魔術を行使するのか。
俺が興味深くナイディルの行動を待ったが、ナイディルは額から汗を流しながら首を振った。
「し、知らんぞ。私は隷属魔術なぞ使っていないからな。使っていないのに戻せるわけないだろう!」
「…なんて白々しい。その少年の様子を見れば分かりますわ。隷属魔術は奴隷の持ち主が契約者ですから、ナイディルさん以外にいないじゃありませんか」
シラを切るナイディルに、ヴィアンが冷めた声でそう言った。
しかし、ナイディルは知らん知らんと首を振るばかりだった。
クビドは俺を振り返ると、難しい顔で息を吐いた。
「困りましたな。隷属魔術は強い契約魔術で、奴隷が反乱を起こさない様に施される様々な種類の拘束があります。あの少年の様子を見る限り、意識の拘束というかなり厳しい隷属魔術を掛けられています」
クビドはそう言うと、またナイディルに何かを言ってタージの隷属魔術を解除させようとしていた。
隷属魔術。
聞く限りならば、相手の許可を得て縛る封印や麻痺といった感じだが、身体に刺青のように刻み込むものならばどうしようもないか。
いや、もしかしたらということもある。
「一種の状態異常ならば、もしかしたら何とかなるかもしれん。インディビュアル・パナシア」
俺がそう口にすると、目標にしたタージの体が淡く発光した。
薄い緑色の光を放つタージに、皆が言葉を失ってその光景を見つめていた。
やがて光が収束すると、タージの目の焦点が定まりだした。
「…あ、お、俺は…」
タージは掠れた声でそう呟くと、俺や商人達を見て、最後にナイディルを見た。
直後、タージはナイディルに向かって掴みかかるような動作をした。
「お、お前が! りゅ、竜騎士様の…!」
「し、知らんぞ! 貴様が勝手にやったことだ! 私のせいにするなぞ、何という恥知らずな!」
タージが何か言おうとすると、ナイディルは慌てて大声で喚き出した。
とにかく、異常回復魔術が効いたようだ。
どうやら、隷属魔術は相手を好きなタイミングで状態異常に出来る契約魔術らしい。
問題は状態異常は治っても契約が残っていれば何度でもまた状態異常に出来る可能性があるが。
さて、後は馬鹿を裁くだけだ。




