初めての会話
異世界の雰囲気が出ません。
もっとこう中世のヨーロッパ的な感じが…。
あ、まだ村しか出てないからですか?
混乱する少女と怪我が治って驚いている2人の男。
そして、遠くでは最後の甲冑が空を舞った。
流石は異世界。ファンタジーな光景だ。
だが、まさかエレノアが素手でいくとは思わなかった。適当な指示をしたのは確かだが、まさか甲冑を着た男たちを素手でちぎっては投げちぎっては投げ…。
「あ、あの…」
ぼんやり諸行無常について思いを巡らしていると、少女がこちらを向いて声をかけてきた。
少女は誰を見れば良いのか分からないのか、視線を彷徨わせながら口を開く。
俺の質問に答えられるくらい精神的動揺は回復したのだろうか。
少女の様子を改めて見た俺は、少女の様子が少しおかしいことに気が付いた。
「ん? 体調が悪いのか? それとも怪我をしたようには見えなかったが、何処か怪我を?」
少女は顔色が少し悪く、指先が震えていた。いや、もしかしたら悪鬼羅刹のように暴れるエレノアに恐怖してなのかもしれないが。
「あ、魔力枯渇、で…しばらくしたら回復します」
少女は少し恥じ入るように視線を落とすとそう返事をした。
俺はゲームでやるように無意識に口を開く。
「アイテムボックス、マジックポーション」
俺がそう口にすると、少女はばね仕掛けの人形のような勢いで顔を上げた。
俺は少女が何に驚いたのか全く気がつかないまま、右手を少し上げた。すると、まるで元からそこにあったかのように俺の右手には赤い小瓶が握られていた。
無意識だったが、ゲームの時と同じようにアイテムボックスが使えて内心ホッとしていた。
だが、少女は俺を見て2つの目を皿のように丸くしていた。
俺は動きを止めた少女に栄養ドリンクサイズのマジックポーションを差し出した。香水に使われるような形状のガラス製のビンに赤い液体が入っている。
「え、そ、そんな…そんな高価なもの…時間が来れば回復しますので…」
「気にするな。金はいらない」
少女の態度からマジックポーションが高価であり、俺が少女にマジックポーションを売ろうとしているから遠慮していると思った。確かにポーションよりはマジックポーションの方が高い。ハイポーションと同じくらいだろう。
しかし、少女は首を左右に振ってマジックポーションの受け取りを拒否する。
「う、受け取れません! 半日もすれば魔力も回復しますから」
「いや、飲めよ」
回復に半日と聞いて思わず俺は半眼でそう言った。少女は俺の強い言い切り方に驚いたのか、思わず俺からマジックポーションを受け取ってしまった。
少女は暫く俺と自分の持つマジックポーションの間で視線を行き来させていたが、意を決したように唾を嚥下すると震える指先で小瓶の蓋をとって中の液体を口に入れた。
「こ、これは…これがマジックポーション…」
血のように濃い赤色のマジックポーションを飲み干した少女は魔力の回復を肌で感じたのか驚嘆して空のビンを見ていた。
もしかしたら、マジックポーションは俺が思っていた以上に高価なのか。
そんなことを考えた俺だったが、小さな集落といった規模の村を見て心の内で否定した。
マジックポーションがあるのは間違いないわけだし、ただ単に田舎だから珍しいのだろう。行商に来る商人も運賃を賄う為にかなり値段を上げている事に違い無い。
いや、あのくらいの魔術しか撃てない魔術士が前衛2人連れているとはいえ1人で集団相手に挑むのだ。どう考えてもこの村にマジックポーションの需要は無いだろう。
俺は1人で納得すると少女に対して口を開いた。
「さて、そろそろ質問の答えを聞かせてくれ」
「え、あ…それなんですが、私も出来たらお聞かせして頂きたいことがありまして…申し訳ないのですが一度村まで来てもらえませんか? 傭兵団を追い払い…いえ、殲滅していただいた御礼の話も村長としてもらいたいですので」
少女は辿々しくそう言って俺の顔を申し訳なさそうに見上げた。何処か警戒と畏怖の色が表情に混ざるのは仕方ないことだろう。
今、音も無く少女の背後にエレノアが立っていることを伝えたら失神するかもしれない。
「そうだな。情報は多い方が良い。村長に紹介してくれるか?」
「は、はい! それでは早速村へ行きましょう」
俺の返答に少女は勢いよくそう言った。
「ん? 傭兵団とやらはそのままでいいのか?」
「え? 殺したんじゃ…?」
少女は怪訝な顔を浮かべて傭兵団とやらが倒れたままの草原を見た。
「殺したか?」
俺が少女の背後に立つエレノアにそう聞くと、エレノアは首を左右に振る。
「いえ、ご主人様が蹴散らすよう指示をされたので一応の手心は加えております。パラライズはかけておりますが」
「ひぇっ⁉︎」
急に背後からしたエレノアの声に少女は素っ頓狂な悲鳴を上げて飛び上がった。
俺は胸を手で押さえてエレノアの顔を盗み見る少女に口の端をあげ、頷いた。
「どうやら生きているらしいから、部下に拘束するように言っておこう。傭兵団の身柄は村の判断に任せる」
俺がそう言うと、少女は何も言えずただ何度も頷いていた。
村に入り縛り上げた傭兵団を村の入り口に転がしていると、十数人の村人たちが現れた。1人を除いて全員が男である。
村は木造の家屋ばかりに見えた。店や宿屋のようなものは見当たらず、あるのは平屋の住宅と納屋ばかりである。
村人たちは意外にも年寄りばかりではなかった。過疎化しているわけではないのだろうか。
俺が村に対して少し失礼なことを考えていると、村人の中から一組の男女が歩み出てきた。男性に体を支えられている女性は病的なほどに痩せ細っている。
男女の顔に浮かぶのは怒りと悲しみだろうか。なんとも複雑な表情でこちらを、いや、魔術士の少女を見ている。
男性は厳しい表情で少女を見ていたが、不意にこちらに視線を向けて口を開いた。
「キーマから聞かせていただきました。この村を救ってもらい感謝してもしきれません。そして、娘の命も…本当にありがとう。大変恐縮だが、一度娘と話をしたい。娘を連れていっても良いだろうか?」
キーマとはあの少女の護衛をしていた2人の男のどちらかだろう。
「ああ、構わない。たった3人で傭兵団の足止めをしようとしたんだ。心配だっただろう」
俺がそう言って男性の意向を了承すると、男性は歯を噛み締めるように口を噤み、無言で深く頭を下げた。
あの男女、少女の両親のようだが、態度を見る限り少女は独断であんな行動に出たようだ。
少女も両親の雰囲気を察したのか、今にも泣きそうな顔で俺と両親とを見比べて項垂れた。
「すみません…少し席を外します。あなた方の御活躍は必ず村長に私から伝えますので…」
少女は引き止めて欲しそうな顔でそう言ったが、俺は特に何も言わず頷くだけに留めた。
流石に初めて会った少女の為に親子喧嘩の仲裁は出来ない。というか、しっかり怒られろ。
俺の顔から気持ちが伝わったのか、少女は足取りも重く両親の下へ歩いていった。
俺が少女の去り行く背中を眺めていると、初老の男が1人一歩前に出た。
「…改めまして、村長のデンマです。この度は本当にありがとうございました。お陰で村は救われました。お時間が許すなら是非とも私の家でおくつろぎ下さい」
「ああ、よろしく頼む」