異世界の少女
異世界の少女視点です。
変に長くなってしまいましたが、読んで頂けたら幸いです。
とある少女の驚愕
最果ての村。そんな呼び方をされるレンブラント王国とガラン皇国のちょうど間あたりにある辺鄙な村、グラード。
そこが私の故郷だ。
私は偶然にもかなり魔術士の才能があったらしく、物心つく頃には簡単なマナ操作が出来ていた。
それに喜んだ両親は村唯一の魔術士のお爺さんに頼み込み、私に魔術の基礎的な知識と練習方法を教えてもらった。
11歳の誕生日にはお爺さんの力を超えてしまい、両親は私を一流の魔術学院に入学させることを決意した。
グラードは一応レンブラント王国の領内だ。だから、私が行くのもレンブラント王国の王都にあるレンブラント王国立魔術学院に決まった。
レンブラント王国は魔術的には他国に比べて少し劣っている。なので、魔術学院は出来るだけ有用な人材を確保するべく学院の門は誰にでも開かれる。
そして、その常時千人ほどいる学生の中でも上位100人に入ることが出来れば学院に在籍している間の費用は一切掛からない。
さらに、上位50位内の生徒はランカーという実力上位の存在であると認められ、レンブラント王国から直接雇われる。
そんな学院で、私はなんとか50位台までランキングを上げることが出来た。50位から60位なら複数の貴族から話が来ることもある。
私は学院最後の年に何度も学院の生徒が参加可能な貴族の舞踏会に参加し、やっとのことで故郷の村がある伯爵領の領主、ビリアーズ・セント・ワームズ・フィツィ辺境伯様と顔を合わせる事に成功した。
私が辺境伯様の下で働きたいと伝えると、ビリアーズ辺境伯様は喜んで了承してくれたばかりか、その場で一曲一緒に踊らされてしまった。
皆の注目を集めてしまい恥ずかしかったが、まるで自分が物語の主人公のような気持ちになってしまったことを覚えている。
学院を卒業して、私はその足で両親に報告すべく故郷を目指した。
いつもいつも手紙のやり取りはしてきたが、両親の顔はもう5年も見ていない。
帰路の間、2週間に及ぶ長い馬車の旅も全く苦にならないほど胸が高鳴っていた。ちなみに馬車の手配は行商人に交渉したところ、私から護衛の話をしたのでタダどころか金貨まで貰えた。
金貨といえば家族が3ヶ月は生活出来るだけのお金だ。
村に着いた私は意気揚々と両親に会いに向かった。
だが、両親との再会は私が思い描いていたような明るいものでは無かった。
「おかえり、大きくなったわね」
そう言って微笑む母は、まるで肉という肉を削ぎ落としたように痩せ細ってしまい、背を老婆のように丸めてベッドの上で上半身を起こしていた。
「ど、どうしたの、お母さん!」
私は悲鳴のような声を出して母の下へ向かった。すると、私の大声が身体に障ったのか、母は咳き込んで困ったように笑った。
「2年前から体を悪くしてな…独りきりで頑張っているお前に心配をかけないように手紙にも書かなかったんだ。すまない」
父は沈痛な面持ちでそう言うと母の背を軽くさすった。
見れば、父も以前より痩せて体が小さくなってしまったように見える。母の為に必死に働き、手を尽くして治療しようとしたのだろう。
「あなたが帰る前に良くして内緒にしとこうと思ったのに、ちゃんと勉強してさっさと卒業しちゃうんだもの。もう少しゆっくり学んでもよかったんじゃない?」
母は冗談めかしてそう言うと楽しそうに笑った。
私は居た堪れず、母の傍に座って学園のことや魔術のこと、王都での生活など、両親に伝えたかった思い出を沢山語った。
「だからね、お母さん。私はこれから伯爵様のところで働かせて頂くのよ。なにせ、56位の実力なんだから」
「まあ、凄いじゃない!」
「王都から帰る旅だって、旅費なんて掛かってないのよ? だって行商人さんの護衛をしてあげるって言ったから金貨まで貰っちゃったんだから」
「あらあら、しっかり者になったわね。この村にいた時は酷い人見知りで心配するくらいだったのに」
私が頑張って笑顔で近況を伝えると、母はとても可笑しそうに、時には困ったように笑って頷いてくれた。
思い描いていた会話だ。王都で故郷が恋しくなった時、夢にまで見た母との会話だ。
でも、全然嬉しくない。
「お母さん、私頑張ったよ…だから、早く元気になってよ…こんなのやだよ…」
我慢の限界がきた。鼻がツンと痛み、目から涙が溢れる。
こんな姿を見せたいわけじゃない。
両親を困らせたいわけでもない。
でも、抑えられなかった。
子供のように泣きじゃくる私の頭を父が優しく撫でた。
その時、家の外から騒がしい足音と声が響いてきた。
「ちょっと見てくる」
父はそれだけ告げると、家のドアを開けて顔を出した。
家のすぐ外で近所の人と話をする父の背中を見て、私は言い知れない不安が胸に湧き上がった。
父がドアを開けたせいで外の喧騒はよりはっきりとした警鐘のように私の耳朶を打った。
「どうやら傭兵団を名乗る輩が村に押し入ろうとしているらしい。今、村長が金品や食糧を纏めると言って時間を稼いでるようだ」
父は険しい表情で私たちを見てそう言った。
「じ、時間を稼ぐって…時間を稼いでどうするの? こんな所に騎士団なんて来ないし、近くの村に助けを呼びに行っても間に合わないんじゃ…」
私がそう口にすると、母を見ていた父は私に視線を落とした。
「…つまり、傭兵団が無理矢理村を占領した時の為に持てるものは持って裏から逃げるということだ。勿論、可能性は低いが金品だけで引き下がる可能性もある。とりあえず、お前は先に荷物を持てるだけ持って村の裏側へ向かいなさい」
「ちょっと待って、お父さんとお母さんはどうするの⁉︎ お父さんがお母さんを背負って動くんじゃ絶対に捕まっちゃうよ!」
父の言葉に私は驚いて反論した。だが、父は私の反論を取り合いもせずに首を振る。
「村の反対側にも傭兵団がいる可能性は高い。お前一人なら何とかなるかもしれん。俺たちのことは気にするな」
「大丈夫よ。私だって走るくらいなら出来るんだから」
2人はそう言って私に荷物を持たせた。その瞳には、揺らぎは微塵もなく、絶対に引かない覚悟が滲んでいた。
私は、いや、私も…覚悟を決めた。
「…分かった。私は先に行って村の裏で待ってる」
私がそう言うと2人は安心したように笑みを浮かべ頷いた。
私は荷物を持って2人に必ず来るように念押しして、先に家を出た。
そして、私は村長を探して走った。
「…しかし、本当に良いのか? 確かにそれが出来るなら…いや、どちらにせよ、成否に関わらず村にとっては良い結果しかない」
村長は複雑な表情を見せていたが、最後には私の提案に耳を貸した。
熱に浮かされたように浮つく足を必死に運んで、私は村で狩りを担当する2人の男の人と傭兵団のいる場所へと向かった。
「む、武者震いが止まらんな」
「強がるなよ…まあ、小さい村だと馬鹿にしてる奴らに目にモノを見せてやろうぜ」
2人のそんなやりとりを聞きながら、私は傭兵団を前に口を開いた。
前もって言おうと思っていたことが口に出来ただろうか。
気がつけば私は必死に魔力を練り込んだ魔術を放っていた。
水系統の魔術で上から2番目の威力を誇る対軍隊用魔術だ。これはあの学院の中でもトップクラスの魔術だと自負している。
ただ、惜しむらくは詠唱時間と1度使えばそれで魔力を使い切ることだろうか。これが、私が50位以内に入れなかった理由だと思う。
だが、これで傭兵団に大きな痛手を与えたし、皆が逃げる時間も充分に稼げたはずだ。
私がそう思って顔をあげると、20メートルほど離れた位置からこちらに向かって迫り来る傭兵団の男たちが見えた。
憎悪の瞳で睨む屈強な傭兵団の男たちの迫力は、魔力の尽きた私には荷が勝ちすぎている。
だが、ここであっさり私が突破されてしまえば、お母さんが…。
気が付けば私は歯をくいしばりながらも立ち上がっていた。
どうあっても勝ち目は無い。護衛をしてくれた2人も負傷してしまった。
でも、私がなんとかしなくては!
そう覚悟した矢先、目の前で甲冑を着た男たちが空を舞った。
「大丈夫?」
眼前の光景に絶句していると、可愛い女の子の声がした。
「え?」
見ると、そこには白いローブを着た金髪の女の子がいた。私よりも少し年下に見える。
「怪我は無いみたい。あっちの男の人たちは治療するから安心して」
女の子は緊張感の無い平坦な声音でそれだけ言うと、視線を空中を舞う甲冑の男たちに向けた。
見れば、護衛をしてくれていた2人のところにも金髪の女の子がいて傷に手を当てるようにして座り込んでいる。
傭兵団の方を向き直ると、立っている人が疎らになったお陰で傭兵団に何が起きたのか分かった。
信じられないことに、ドレスのような綺麗な服装の長い金髪の女の人が素手で甲冑の男たちを殴り飛ばしていた。
しかも、女の人は驚くくらい美人だ。この女の子たちと姉妹なのだろうか。
「な、なに? 何が起きてるの? あ、あの人は何をしてるの?」
私が混乱の中、訳も分からずそれだけ聞くと、女の子は小首を傾げた。
「…叩いてる」
妙に可愛らしく間の抜けた女の子の返答に私は絶句して固まった。
叩いたら人は大の大人を空中に吹き飛ばせるのか。
茫然自失と化した私に離れた場所から男の人の声が掛けられた。
「ふむ、大丈夫か? 危ないところだったな。ところで、ちょっと道を尋ねても良いだろうか。あ、先に今いる場所の国の名前とかも聞かせてくれ」
場違いな質問に我が耳を疑いながら声のした方向を見ると、そこには7、8人の男女がこちらに向かって歩いてきていた。
読んでくれた方、ありがとうございます。
読んでもらえたと思うと涙が出そうです。
鼻水も出ます。
ちくしょう、ハウスダストの野郎。
護衛の2人が扱いが可哀想でしたね。
まあ、野郎なんてそんなもんですよ。