村長びっくり2
最果ての村と揶揄されるグラード村で、村長であるデンマは難しい顔で唸っていた。
「やはり私には難しいのか…」
デンマはそう独りごちると、粗末なテーブルの上に置いた羊皮紙を睨み据えた。
そこには箇条書きのように先日の村での出来事が記載されていた。
デンマが思い悩んでいると、デンマの家の戸をノックする音が響いた。
「誰だ、いったい」
デンマは筆の進まない苛々を口の端に滲ませてそう呟くと、ノックされた玄関の方へ向かった。
戸を開けてみると、そこには魔術士の少女シェリーが立っていた。
シェリーはデンマの顔を見て頭を下げると一言挨拶をした。
「む? シェリーか。どうかしたか?」
「はい。父が、母の体調が良くなったので、そろそろレン様の下へ馳せ参じたいとのことです」
「こ、こら! 代行者様のお名前を呼ぶなどと…!」
シェリーがレンの名を口にすると、デンマは狼狽してシェリーの口を手で塞いだ。
シェリーはいきなり口を塞がれて目を白黒させていたが、すぐにデンマの手を振りほどいて目を尖らせる。
「な、何するんですか。もし代行者様だとしても、代行者様がレン様と呼んでいいと言ってくれたんでしょ?」
「ば、馬鹿を言うな! 代行者様は大きな大きな御心でそう言って下さったに過ぎん。それに名乗られたのは私だ、私。多分、私くらいしか御名前までは聞けていないだろうな」
デンマは怒るシェリーにそう言うと胸を張って誇らしげな顔をした。
そこへ、2人以外の声が割り込んできた。
「何してるんだ、シェリー。さっさと伝えて帰って来ないか」
「お父さん。村長が色々言ってきたんだから、私のせいじゃないよ」
シェリーは不貞腐れながら声の主を振り返った。すると、そこにはシェリーの父、ダンがいた。
ダンは面白く無さそうな顔でデンマを見て鼻を鳴らした。
「だから、さっさと伝えて帰れと言ったんだ。村長は無駄話が長いからな」
「な、何を言うか。そもそもお前のせいでシェリーまで代行者様に対して軽過ぎる考え方を…」
デンマが文句をぶちぶち言い出すと、ダンは溜め息を吐いてデンマの奥に見えるテーブルを眺めた。
「その代行者様を本にして儲けようとしてやがるくせに」
「ち、違うぞ! 代行者様の偉業を新たなる神話として語り継ぐのが我々グラード村の使命だ! そう話し合って決定したではないか!」
ダンの一言に過剰に反応したデンマは大声で反論した。ダンは半眼になってデンマを見やると、肩をすくめる。
「一部の奴らのゴリ押しで決まったような会議に意味があるか。大体、代行者様をダシに使う割にせこい儲け方だな」
「馬鹿な、儲けようなどとはしておらん! なんという失礼なやつだ。このご時世に、代行者様が現れたとなれば世界に希望が満ちる。これは代行者様も望んでおられる善行だ」
「新しい英雄譚の舞台がこんなショボい村で誰が希望を見出すんだよ」
「えぇい! そこになおれ、小童!」
ダンがデンマの台詞の尽くを一蹴し、デンマは顔を赤くして地団駄を踏んだ。
その時、村の中の何処かで大声があがった。
「ど、ドラゴンだ! ドラゴンだぞ!」
「なんと!?」
村人の叫びに敏感に反応してデンマは外へ駆け出し、それを見たダンとシェリーも村長の後を追った。
見れば、村の人々が皆一様に同じ方向を見上げて指差したり、悲鳴をあげたりしている。
深淵の森の方角である。
「ドラゴン…まさか、生きている内に見ようとは」
「まさか、本当にドラゴンか? おい、村長! ぼけっとしてないで、皆に避難するように言え!」
「嘘…あの大きさ、10メートルはある…」
三人はそれぞれがドラゴンに反応したが即座に動けるようになったのはダンだけだった。
ダンは呆然とする2人を見て舌打ちし、シェリーの肩を掴む。
「シェリー! 10メートルってのはどうだ? 少しでも足止め出来るのか?」
「む、無理だよ! 10メートルは災害級のドラゴンだから、軍隊で対応する限界のサイズだよ!? 何千人いたらどうとかいう規模で、宮廷魔術師なら100人いればなんとかなるかどうか…」
シェリーはダンの問いに錯乱したように首を大きく振って叫んだ。
ダンは歯を食い縛ると、村長を見た。
「村長! 聞いたか!? 早く皆に…!」
ダンがデンマに怒鳴る中、デンマは眼を細めるようにして近付いてくるドラゴンを注視し、口を開いた。
「だ、誰か乗っておる! だ、だだ、代行者様だ! 竜騎士様に違いないぞ!」
デンマは村の人々を振り返ってそう叫んだ。
ダンはデンマの叫びを絶句して目を見開く。
「…これで完全に避難が間に合わないじゃないか。もし代行者様じゃなかったら、村は全滅だぞ」
ダンは絶望したようにそう口にするが、常にデンマに神の代行者の話を聞かされていた村人達はホッとしたような顔になり、何処かでは歓声もあがり始めていた。
ダンはその光景に諦めたように首を振り、皆が見上げるようにドラゴンに視線を戻した。
もう目前になりつつあるドラゴンには、確かに誰かが騎乗しているように見える。
「代行者様、か」
ダンは静かにそう呟くと、難しい顔で降下してくるドラゴンを見上げた。
「お、お久し振りでございます! また代行者様のご尊顔を拝することが出来るとは! このデンマ、感動に打ち震えております! と、ところで、そちらのドラゴンはまさか代行者様の…? もしや、代行者様は竜騎士様であらせられたのでしょうか!?」
「あ、ああ。久しぶりというほどでは無いと思うがな。このドラゴンは俺の部下だ」
俺は最初からテンションを上限突破した村長に戸惑いながらも挨拶を返した。
俺の返事を聞いた村長が目を皿のように丸くして口を開けた。
「な、なんと…流石は代行者様! まさか竜騎士であらせられるとは!」
「…ところで、何で代行者様なんて呼び名なんだ? レンと名乗ったが…」
俺がそう言うと、村長は首を左右に振りながら口を開いた。
「いえいえ! そんな御名前を直接口にするなど畏れ多いことで…」
「レン殿」
村長がまだ何か言っていたが、途中から隣に立っていた男が割り込んで俺の名を呼んだ。
「こ…っ! この馬鹿! す、すみません、代行者様! この者には後で厳しく! 厳しく言い含めておきます!」
「いや、かまわん。なんだ?」
恐縮し過ぎて倒れそうな村長に軽く手を振り、俺は呼び掛けてきた男を見た。確か、魔術士の少女の父親だったか。
「以前、妻と娘を救ってもらいました。ダンと申します。レン殿には必要ないほど脆弱なこの身ですが、僅かでもお役に立てたらと思っております。是非、私と妻を配下にお加えください」
と、ダンと名乗る男はその場で跪いてそんなことを言った。
初めて現地人の部下が出来る!
俺は内心では大喜びで歓迎していたが、ここでは努めて平静に頷いておいた。
ちなみにボワレイは家畜である為、部下ではない。
「ふむ、良いぞ。だが、その話の前にこの村のことで村長に聞きたいことがある。いや、頼みと言っても良いな」
俺はそう言うと、村長に目を向けた。
「わ、私に頼み、ですか? 竜騎士様のお頼みなぞ、私どもに叶えられるか…」
村長は見るからに狼狽えてそう口にした。すると、跪いたままだったダンが顔を上げる。
「いえ、レン殿の頼みとあれば俺が何とでも致しましょう」
「だ、ダン! 狡いぞ! わ、私も、全力をもってあたらせていただきます!」
ダンが一も二もなく了承すると、村長は慌てて平伏し、了承した。
「ああ、ありがとう。昨日、俺は国を興した。だから、すぐそこに城を建てたいのだがな。村人達は困るか?」
俺がそう言うと、村長とダンは目を見開いて固まった。




