ガラン皇国代官、トゥランのpassion2
「意味が分かりませんね」
私は目の前に座る男を正面から睨みながらそう口にした。
どう考えても、私を馬鹿にしているとしか思えない。
ガラン皇国の侵攻軍を壊滅させる?
何を言ってるんだ、この男は。
「確か、レン殿の言葉通りならば、レン殿は深淵の森を切り開き国を興した。そして、独立の為に動いていた伯爵がレン殿の国に従属する、と。だから、伯爵の領土に侵攻してきたガラン皇国の軍を壊滅させるということですか?」
私が確認の為に彼の言葉を要約すると、彼は笑みを浮かべて頷いた。
「なんだ、理解出来ているじゃないか」
「ふざけるんじゃない!」
馬鹿にしたような軽い返事に、私は思わず怒鳴り声を上げて立ち上がっていた。
部屋の奥の扉の前にいた私の護衛達は私の行動に反応を示して腰を落としている。
対して、目の前の冒険者達は、レンはもとよりその背後に立つ四人も全く身動ぎすらしなかった。
やはり、こいつらはただの馬鹿だろう。
国同士の戦争とか、そういうレベルではないのだ。
彼らは戦いというものを理解していないに違いない。
彼らを心酔しているボワレイ男爵も、良く考えたらあまり賢い人間ではない。
恐らく、貴族にもこんな態度をとる冒険者に騙されてしまったに違いない。
私はやっとこのペテン師の正体に気が付いて奥歯を噛み締めた。
「お客様がお帰りになります。外へ」
私がソファーから立ち上がってそう言うと、レンは鼻で笑って私を見上げた。
「待て待て。報告はもう一つある」
「…なんですか?」
私は太々しくソファーに座ってこちらを見上げるレンに返事を返した。
顔が引き攣るのは流石に仕方がないだろう。
だが、レンは私の内心を見透かしているのか、不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「お前らの軍だが、もう壊滅したぞ」
「…なに?」
私はレンの言葉に強い苛立ちを感じた。
更に無駄に人の神経を逆撫でするその行動に、私はもはやこの男を狂人としか思えないだろう。
いつもなら流すであろう挑発も、我慢の限界がきた私には無視出来なかった。
「外に出なさい。不敬罪で処罰しましょう」
私がそう言うと、レンは驚いたと言わんばかりに目を丸くして見せた。
「悠長な奴だな。流石に八万の兵が失われたら大事だろうに…まあ、いいか。行くとしよう」
レンは皮肉混じりにそう呟くと、ソファーから立ち上がって執務室を出た。
私の護衛の兵達が殺気の篭った目で睨み、腕を掴もうとするがサラリと躱してさっさと出て行ってしまう。
慌てて追いかける兵士達を後ろから眺め、確かにレン達の動きが軽やかなものだったことは私にも分かった。
だが、それだけだ。
この代官の屋敷は常に十人以上の能力の高い兵士が詰めているのだ。
更に外を巡回する警備兵も四人いる。
皮肉にも、この場で彼らは戦闘における数の力を知ることになるだろう。
私は内心そんなことを思い、薄暗い悦びを感じていた。
だが、一つだけ。
レンが、ガラン皇国の軍の人数を八万と口にしたことだけが耳に残っていた。
兵士に囲まれたレン達冒険者集団は、何処か緊張感無くその場に立っていた。
私はその態度に眉根を寄せつつ、兵士に号令を発した。
「痛い目に合わせなさい」
私がそう告げると、兵士は一斉に返事をしてレン達を囲う包囲を狭め出した。
兵士達は皆が抜き身の剣を手にしているというのに、レンは平然と何か言った。
次の瞬間、犬獣人らしき男が姿を消した。
なにが起きたのかも分からない。
ただ、その男が見えなくなったと思ったら、土煙が舞うと同時に周囲を囲んでいた兵士達が地面に倒れていた。
私は何の魔術を使用したのかと、辺りを見回しながら得意な土系魔術の詠唱をしようと口を開いた。
しかし、その私の首に冷たい金属が押し付けられ、私は詠唱を中断して口を閉じた。
「殿に危害を加えようとすれば瞬きする間もなく身体が二つになるぞ」
澄んだ低めの落ち着いた男の声が隣から聞こえてきた。
私は指先一つ動けない緊張感に額から汗が流れるのを感じていた。
その私に対して、何処か申し訳なさそうにレンが肩を竦めた。
「悪いな。本来ならあんたの予想は正しく、平和ボケしたビリアーズ伯爵の領土はあんたのものだったんだろうな。だが、これからはあそこは俺たちの国の一部になる」
「ほ、本気で言ってるんですか…二つの大国に面し、背後には深淵の森…新しい国とやらには決して良い立地とは思えませんが?」
私が辛うじて反論すると、レンは鼻で笑って隣に立つ少年に顔を向けた。
「悪いが、一度向こうに行って飛んで来てくれ」
「ええ!? それなら最初から飛んで来れば良かったのに!」
「街の様子を確認しときたかったんだよ、多分。いいから、ほら」
「僕だけ恥ずかしいじゃないか…はぁ」
少年は嫌そうな顔でレンにそう文句を言うと、面倒臭そうに軽く膝を曲げた。
「フライ」
そして、一言何か呟き、少年は軽やかに空へ舞い上がる。
「…な、なん、と。ひ、飛翔魔術を、詠唱もせずに…!」
私が驚愕に目を見開くが、レン達は特に気にした素振りも無く飛び去る少年を眺めていた。
恐ろしいまでの美少年だったが、エルフではなかったはずだ。まさかあの年齢で最高峰の魔術士に至る人間などいるのだろうか。
そういえば、あの少年の眼は赤く見えた気がしたが…。
私が戸惑いながら考察していると、街に悲鳴が響き渡った。
見れば、先程から衆人環視のもとのやり取りだった為、普段では見れないような野次馬の群れが出来上がっていた。
その野次馬である町民や商人、旅人などが空を見上げながら口々に何かを叫んでいる。
私は声に釣られるように視線を空に向け、絶句した。
ドラゴンだ。
黒いドラゴンがこちらへ向かってきているのだ。
「まさか…あの少年が…?」
無意識にそう呟き、私は自らの恐ろしい考えに身震いをした。
まさか、あの少年がドラゴンをテイムしたというのか。
それとも、古の竜騎士だとでも言うのか。
こちらに降り立とうとでも言うようにゆっくりと高度を下げだしたドラゴンを見て、私は背筋に氷が滑るような寒気を感じた。
「は、早く、避難を…」
「必要無いぞ」
私がよろめきながら走り出そうとすると、それを制するレンの声が聞こえた。
その平然とした声の雰囲気から、私は嫌な予感に耳を塞ぎたくなった。
だが、レンはそんな私を嘲笑うように続けた。
「俺の部下だ。安心していい」
程なくして舞い降りたドラゴンと、それに飛び乗る冒険者風の者達を見て、何も知らない街の民は感嘆の声を漏らした。
「竜騎士…」
誰かがその言葉を口にする。
止めろ。
そう叫びたかった。
「り、竜騎士様だ!」
「神の、神の代行者様だ!」
だが、私の気持ちなぞ誰も察することなく、感嘆の声は歓声に変わっていった。
止めろ!
その竜騎士が、神の代行者が、我々の敵になるかもしれないんだぞ!
私はそう頭の中で嘆き、自らの不運を呪った。
何故、どうしてこんなタイミングで!
私が崩れ落ちそうになる体を無理やり支えて顔を上げると、ドラゴンに乗ったレンが私を見下ろして笑った。
「竜騎士の国、エインヘリアル。それが俺の国の名だ。報告書を書くならそう記せ」
そう言って、ドラゴンに乗ったレン達は空へと舞い上がった。
報告も何も無い。
どうせ、明日にはガラン皇国の中心部に竜騎士の噂が流れる。
明後日には国中が知り、1週間もしない内に5大国全てがその存在を認識するだろう。
「竜騎士の国…エインヘリアル…」
私は複雑な気持ちでそう呟いた。




