ガラン皇国代官トゥランのpassion1
昨日の街の報告を読み終わり、代官の認可が必要な書類へのサインも終えた私はまだまだ来ないであろうレンブラント王国侵攻軍の報告に思いを馳せた。
なにせ、今のレンブラント王国は領土が接する三つの大国から狙われている。こんな美味しい状況を逃すような者はガラン皇国で代官を名乗る資格は無いだろう。
全体でみると左下、ガラン皇国の真下に位置していたレンブラント王国は、東のインメンスタット帝国に領土を広げた。その為、斜めに長い形をしている北東の大国メーアスとも領土が接した状態となったのだ。
これは数百年続く五大国の均衡を崩した。
当初はレンブラント王国の侵略の勢いからインメンスタット帝国の危機に捉えられており、メーアスがレンブラント王国に協力してインメンスタット帝国の領土を奪うような流れだったが、いまや形勢は逆転した。
軍神とも謳われたレンブラント王国の王が崩御したのだ。
王国内の権力争いは然程問題も無くすぐ終えたが、地方の統率に失敗したらしい現在のレンブラント王国国王は領土拡大を中止してしまったのだ。
帝国を侵略している内は良かったが、時間を与えてしまったせいで、帝国は5年で新たなる戦争の準備を調えて領土奪還に動き出した。
ここで経済大国とも言われるメーアスが寝返った。
王国が帝国を侵略する際には物資や流通などで協力と称して大儲けし、帝国が王国へ報復の戦争を仕掛ける時も物資と流通で儲けようと動いている。
そして、メーアスは我がガラン皇国にも共に略奪を繰り返すレンブラント王国を攻めようと打診してきたのだ。
ガラン皇国としては手を出せなかった東の戦いから、今度は身体ばかり大きくして体力を失ったレンブラント王国という獲物が目の前に来たような状態である。
メーアスが最も利を得るだろうことは帝国も我々も理解しているが、それでももしかしたら領土を5割近く広げることが出来るかもしれない好機だ。
メーアスの提案に乗らないわけが無い。
メーアスが最も儲けるならば、ガラン皇国が最も領土を得る。最初に攻められていた帝国は元の領土を取り戻せれば十分だろう。
メーアスが経済的強者であったのは長い国土の形に起因する。様々な輸出入にメーアスが絡むのだ。儲からないわけがない。
だが、これで四大国となった暁には、世界一の経済大国となったメーアスが一番狙われる立場になる。
金を最も持つ国だが、最も広く他の国々と領土が接する国でもある。自ら整えた流通の為の広い道は容易に他国の軍を招くことになるのだ。
メーアスが喰われ、三大国となれば、最も力を持ち領土が広くなっているであろう我がガラン皇国が狙われる。
故に、メーアスを潰したらそのまま帝国を落とす。
これさえ成功すれば、世界はガラン皇国が支配したも同然だろう。
北のエルフの国はまず自分から動かないのだから。
私がきたるガラン皇国の世界統一の未来に口元を緩めていると、門番をしていた兵が入室してきた。
どうやら一昨日の冒険者達が来たらしい。
あの無礼な者か。
一瞬そう思ったが、私はふと思い直した。
あの腐った性根のボワレイが随分と心酔していた男だ。何か、余程のものがあるのかもしれない。
未来のSランク冒険者か。
そんな言葉が頭に思い浮かんで消えた。
その時、執務室にあの冒険者達が現れた。その後ろには万が一に備えて4人の選りすぐりの兵士達がいる。
その内の1人が静かに私と冒険者達の分のお茶を用意して扉の前に戻った。
「ようこそ。レン殿、でしたか」
私はそう言って立ち上がるとソファーの方へ移動した。
レンは私の言葉に頷くと一言だけ返事をしてソファーに先に座った。
まるで自分が格上であるという権力の誇示をする貴族のような振る舞いだ。だが、私が座らないでいると訝しげにこちらを見上げている様は、どう考えても自然体で彼は私より格上として接している。
私はレンという存在に腹立たしさも覚えるが、同時に興味も湧いてきた。
「それで、今日はどのような?」
私はレンの対面にあたるソファーに座り、そう聞いた。
冒険者ならば、国とは別の情報網を持っていても不思議ではない。
冒険者として、レンブラント王国からガラン皇国へ活動拠点を移すのか。
いや、より先見の明があるならばガラン皇国に士官したいということを言いに来た可能性もある。
もしそれ程の目や耳、頭があるならばかなり優秀だろう。
私がそんなことを思いながらレンの顔を見ていると、レンは自らの膝の上に片手を置いて口を開いた。
「我々は深淵の森に拠点を持つ者だが、この度新しく国を興したので挨拶に来た」
レンは開口一番にそんなことを言うと、まるでこちらの反応を試すようにソファーの背もたれに体を預けた。
だが、私が今口を開いたところで出てくる言葉は一つしかない。
何を言っているんだ、お前は。
これだけだ。
こいつは今の情勢を理解しているのか。
ついに大国が潰し合うような大戦が起きようとしているというのに、新たに国を興す?
そんなもの、アリを踏み潰すように踏み躙られて終わりだ。
それとも、彼らはこんな身なりだが由緒正しき王侯貴族であり、十万を超える兵力を用意出来るのか?
もしそうならば、大国の隷属国として何とか国を興すことも出来るかもしれない。
…いや、待て。今、こいつは何と言った?
「あの、聞き間違いでなければですが、深淵の森に拠点、と言われましたか?」
私がそう尋ねると、レンは眉をひそめて私を見た。
「そう言ったが…気になるところは其処か?」
レンは不思議そうに私に聞き返してきたが、私は頭を抱えたくなる衝動に駆られた。
深淵の森だぞ。
レンブラント王国は勿論、ガラン皇国ですら今より開拓することは出来ない不可侵の地だ。
軍を持って成し得ないことを、この冒険者は達成したというのか。
もしそうならば、確かにそれは歴史に残る偉業である。
実証出来るならどの大国からも厚遇される程の実力者だ。この横柄な態度にも納得がいく。
だが、頭は悪いらしい。
「なるほど…いえ、深淵の森とは誰もが開拓することが出来なかった秘境です。もしその深淵の森を開拓したならば、確かに国を興すことも出来るやもしれませんね」
私はそう言うと、テーブルに置かれたお茶を手に持ち、自分の口に運んだ。
私がお茶で渇いた喉を潤していると、そのタイミングでレンが口を開いた。
「そんなものか。ところで、俺が興した国にビリアーズ伯爵が協力したいと言っていてな。どうやらレンブラント王国から領土ごと独立して俺の国の傘下に入るらしい」
私は口に含んだお茶を吐き出した。
「おい、汚いぞ」
噎せて咳をしている私に、レンは眉を寄せてそう言い放った。
「な、何を、言ってるんです、か…! ビリアーズ伯爵は、レンブラント王国から独立して、自分の国を立ち上げるという話では?」
私が何とか呼吸を整えてそう聞くと、レンは首を傾げて天井を見た。
「さて、俺はそんな話は知らないな。 聞いたのは、軍事演習の準備をしていた伯爵の領土に、急にガラン皇国の軍が侵攻してきたという話くらいだな」
レンはそう言うと私を見下ろした。まるで、こちらの切り返しを見定めるようなその視線に、彼は本気でこんな世迷言を口にしていると理解させられた。
「おかしいですね。こちらには確かに伯爵からの要請が来ていますよ?」
「書状は?」
「…今はありませんが、ガラン皇国皇が持っています」
レンの執拗な追及に私が素直に返事をしたものか迷った一瞬、レンは確かに笑みを浮かべた。
「なるほど。ならば、伯爵に聞けばガラン皇国からの書状もあるわけだな。なにせ、約束を取り付けるのに返事が無いなんてことは無いよな?」
やられた。
この男がしたかったのは書状のやり取りの確認か。
この場の会話だけで終わればどう話を持って行かれても何とでも出来たというのに。
これで、ガラン皇国は影からレンブラント王国の切り崩しを行っていた証拠を握られたことになる。
問題は真実ではなく、他国に対する印象操作だ。
そして、レンブラント王国内にガラン皇国の軍が…。
「ちょっと待ってください」
私はそこでやっと違和感に気がついた。
どうやら、彼のペースに乗せられて冷静に考えることが出来ていなかったらしい。
そう、彼はガラン皇国の軍がレンブラント王国内に侵攻している事実を把握しているのだ。
その状態で、彼は私に建国などというブラフで皇国と伯爵の密約といえる書状の存在を明確にした。
だが、何の為に?
レンブラント王国の辺境地域は最早風前の灯火といえる。
ならば、どこで利を得るのか。
「…なるほど。つまり、貴方は他国にその書状を持って行かれたくなかったら、高値でそれを買い取れと言いたいのですね?」
もう万が一にも先が無いレンブラント王国に恩を売る意味は無い。
ならば、諸国を旅する冒険者として金だけ奪い逃げる。姑息だが利に聡いとも言え…。
「何を言ってるんだ。建国と言っただろうが。その書状があり、明らかに予定外のガラン皇国軍の軍勢が存在する。ならば、ガラン皇国の思惑は誰が見ても一目瞭然だ。それなら防衛戦でガラン皇国の侵略軍を壊滅させても問題は無いだろう?」
「…は?」




