対ガラン皇国軍、戦争開始(6日目午後)
「なんだ、貴様達は!」
あれ、デジャビュかな?
そんな、何処かで聞いた台詞をまた聞かされ、俺は面倒臭い気分で目の前の光景を視界に入れた。
赤い旗の大軍勢だ。ガラン皇国の軍である。
随分と長い槍の先を此方に向けた兵士達の奥には、馬に乗って声を張り上げる赤い鎧に身を包んだ大男がいた。
他の兵士達は金属らしい鈍い色合いの鎧で統一されているから、指揮官の一人なのだろう。
俺はその大男を睨んで声を上げた。
「ここはレンブラント王国内だ! 何故この地へ来た! 答えてもらおう!」
俺は大声で怒鳴るように言うと、風の魔術で声が広がるように弱い風を起こした。
開戦する前に、こちらには大義名分がいる。だからまずは相手に今いる場所を認識した発言をさせなければならない。
「おお、そうであろう! 我らはこの辺境領の領主、ビリアーズ伯爵殿に頼まれて参った! して、貴殿らは伯爵殿の遣いか!?」
大男はそう言って俺を見下ろした。
この大軍勢を文字通り一網打尽に出来れば良いが、必ず僅かな討ち漏らしは出るだろう。
その者達に、こちらが防衛の為に戦ったと思わせなければならない。
逃げ延びた者達はそのことをガラン皇国に伝えるだろう。
「いいや、深淵の森に住む者だ! あの森の奥には俺達の国があり、伯爵はレンブラント王国より離れ、俺達の国につく! つまり、今日にもこの地は俺達の国のものになる!」
俺がそう告げると、大男は目を丸くして固まった。空気が凍ったようなその状況に、俺は冷や汗を流す。
おや? ちょっと変なこと言っちゃったかな?
俺がそんなことを思っていると、大男は堰を切ったように笑い出した。その笑い声を聞いて、周辺の兵達も笑い出す。
「馬鹿か、お前は! 深淵の森とは、西の果ての森のことだろう? あの地はガラン皇国皇様でさえも手を出せなかった魔の森だ! そんな世迷言を口にするとは、貴様達は狂人の類か!?」
大男がそう言ってまた笑い出すと、サイノスが刀を鳴らした。
「殿、斬って良いですか?」
「もう少し待て。今のは俺が悪いから」
俺は殺気を放ち出したサイノスを宥めると、顔を上げた。
「とにかく! ガラン皇国軍の力は必要無くなった! このままお引き取り願いたい!」
羞恥に耐えながら俺がそう言うと、一頻り笑い切った大男が肩を揺すって俺を指差した。
「射て。あれは時間稼ぎだ。お粗末過ぎる程お粗末だがな。はっはっは!」
大男がそう言って笑うと、大男の近くから数十本にも及ぶ矢が飛来した。
こちらの人数分程度の矢だが、完全に無意味だ。
全ての矢は先頭に立つサイノス一人に切り落とされたのだから。
「はっはっは…は、は?」
サイノスが刀を振って刃先を下方に構えると、笑っていた大男は笑い声を途中で止めて目を瞬かせた。
「この雑魚共が…殿を笑うなぞ万死に値する!」
キレたサイノスが腹に響くような怒鳴り声を上げると、槍を持った兵士達が慌てて構え出した。
「て、手練れがいるぞ!」
「弓兵!」
ガラン皇国軍側から声が響き、また新たな矢が飛来するが、またもサイノス一人で全て防いでしまう。
その様子を見て、大男は歯をくいしばり吠えた。
「何をやっておるか! こんな小さな傭兵団程度の奴らに八万が足止めされたとあっては皇国皇に打ち首にされるわ! 魔術士隊! ファイヤランスだ!」
大男がそう怒鳴ると、兵達の列が左右二箇所割れ魔術士らしき軽装のローブを着た男が10人ほど現れた。
その魔術士の前には大楯を構えた重装の兵士が2人ずつ立って守っている。
詠唱を始めた魔術士部隊を眺め、やっぱり魔術士部隊とか分けた方が良いよな、などと思っていた。
「殿! 斬って良いですか!?」
サイノスが今にも駆け出しそうな様子で俺にそう言ったので、俺は顎を引いて口を開いた。
「ダメ、待て」
「まだですか!?」
サイノスの悲鳴のような声に笑うと、俺は背後に控えるソアラに対して指示を出す。
「対魔術結界と対炎耐性向上」
「お任せください、我が君」
ソアラはそう言うとものの数秒で俺達全体に防御用の魔術を張った。
「ば、馬鹿な…いや、ありえん! そんな複数による大規模詠唱魔術を1人で、しかも無詠唱でなぞ! えぇい、撃て!」
大男が何かブツブツ言い、最後には勝手に開き直った態度で魔術士達に号令を発した。
次の瞬間、長さ1メートルはある炎の槍が空中に赤い線を残して飛び出した。
しかし、サイノスの正面数十センチ程の場所で雲散霧消してしまった。
その光景に唖然とするガラン皇国軍の兵達。
俺は大男の開いたまま閉まらなくなった口を見て頷くと、サイノスに号令を発した。
「とりあえず、100人だ。100人切り捨てたら戻れ。分かったな? では、行ってこい!」
「はっ!」
俺が号令を発した瞬間、サイノスは地面を蹴って地面と平行に飛ぶように走った。
槍の先端がこちらへ隙間無く向けられているような状態なのに、サイノスは刀を目で追えないような速度で振ると一気に目の前の槍の壁を突破した。
空中にはサイノスに斬られたであろう壊れた槍の残骸が舞っている。
俺の目でも追い切れないような速度だ。今まさに首や胴を真っ二つに斬られた兵士達は何をされたかも分からないだろう。
1秒に1人か2人は間違い無く斬り捨てたであろうサイノスは、1分もしない内にこちらへ戻ってきた。
ガラン皇国軍の兵士の悲鳴と混乱の叫びが聞こえる中、サイノスは俺に頭を下げた。
「殿、申し訳ありません! 途中から何人かわからなくなりました!78人までは正確に斬りましたが!」
「ああ、うん。良いよ別に」
速すぎて力を見せつけることも出来なかったし。
俺は謝罪するサイノスに返事をして、身動ぎ一つ出来なかった大男を見た。
「じゃあ、開戦だ。それなりに本気を出すから、頑張って逃げてくれ」
俺は大男にそう告げると、後方に控えている召喚士、エルフの男女2人を見た。
2人とも双子のように青い髪の痩身の美男美女だ。男はデルタ、女はフェローという。
「とりあえず、サイクロプス10体ずつかな。等間隔に横並びに並べて壁みたいにしようか」
俺がそう言うと、2人は返事をして召喚を始めた。10秒で一体ずつくらいのペースで左右に青い魔法陣が浮かび上がっていき、随時そこから身長4メートルはありそうなサイクロプスが出現していく。
そのあまりの大きさに、方々から兵士達の上げた悲鳴が聞こえてきた。
まあ、自分の目線が膝くらいになるデカさだからな。怖いよな。
「さて、土系魔術が使えるものはサンドウォールだ。高さ2メートル厚さ1メートルくらいのをサイクロプスの後ろに設置!」
「はーい」
「おお!」
「はい」
俺が言うと魔術士達が返事をした。俺の隊には20人の魔術士がおり、その内の15人が一斉に土系魔術を使い出した為、瞬く間にやたらと大きな壁がせり上がってきた。
ギルドメンバーはギルド対抗戦を考えて魔術士の割合が多い。単純に範囲内の敵を倒すのに最も適した職種だからだ。
そして、魔術士は総じて高レベルであり、装備も武器に関してだけは最高の装備を揃えている。
「さあ、合図だ! 各自最大規模の炎系魔術を用意しろ! 5人はラグレイトに乗せて貰って上空へ行け!」
俺がそう指示を出すと、俺の前方の空が紅蓮に染まった。
なんだ、何が起きている!?
まさか、周辺に上級魔術士の軍団が1万人ばかり伏せているとでも言うのか!
俺は内心の動揺を何とか抑え込み、阿鼻叫喚となっている周囲の兵達を見た。
「落ち着け、貴様ら! あれだけの魔術の行使だ! すぐには敵も動けん! だがサイクロプスは動き出すぞ! 前列、盾をしっかり構えて槍を全てサイクロプスの脚に突き刺せ! 弓兵! 弓を構えてサイクロプスの眼を狙…っ!?」
俺が命令を発していると、悍ましいサイクロプスとサイクロプスの間から巨大な炎の塊が次々に飛んできた。
なんだ、あの魔術は!?
まさか、あれがエルフの国の魔術士10人による戦争用の炎系大規模魔術とかいう代物か!?
声すら出せない俺の眼前で、遂に一つの炎の塊が兵士達の上に降り落ちた。
その塊は轟音を響かせると、辺りの兵士達を巻き込むように広がり、巨大な炎の竜巻と化す。
一瞬で100と言わぬ兵士が焼き尽くされただろうに、その炎の竜巻は更に膨らみ、周囲の兵達を次々とのみ込んでいく。
なんだ、これは。
こんなものは戦争ではない。
地獄としか言いようが無い光景に、俺は自らをのみ込むだろう炎の塊が迫ってくるのをただ眺めていた。




