伯爵びっくり
ただただ圧倒されるばかりではいかん。
私は上級貴族、ビリアーズ伯爵なのだ。
そう、こんな傷一つ無い白銀の壁なぞ、ただ新しいから美しく見えるに過ぎないのだ。
だが、それにしても白みがかった銀の色だ。一体これは何を混ぜ込んだ銀のメッキなのか。
私はこの真っ直ぐ続く広い廊下を歩きながら周りを見た。
廊下は大人10人はゆっくり並んで歩けるような広さを持っており、天井は見上げるほど高い。調度品は触れるのを躊躇うような精密な作りの花瓶や壺、輝くような銀色の全身鎧なんてものまで飾られている。
良く見れば、あの銀の色は壁の色にも近い。
「レン。あの壁や鎧はなんで出来ておるのだ。ただの銀ではあるまい?」
私がそう聞くと、前を歩くレンが事も無げに返事を返した。
「ああ、表面に1センチくらいのミスリル製の板を貼り付けてある。とある理由からどうしても魔力の伝導率が最も高いミスリルにしなくてはならなくてな」
「み、ミスリルだと…いや、そんな馬鹿な…」
私はレンの言葉が嘘であると証明する材料を見つけようと白銀の壁を穴が開くほど見た。
だが、何度見ても我が家に伝わる家宝のミスリル製の指輪と良く似た素材に見える。
ミスリル製の武具は英雄譚に必ず出てくる最強の武具だ。
ミスリルの剣や盾はどこかの王族が代々引き継いでいると聞くし、嘘か真かSランク冒険者の一人が兜と鎧を愛用しているなどという眉唾な話もある。
つまり、ミスリルを持っているということは、それだけで高い地位にある人物と思われても間違いではないということだ。
だというのに、そのミスリルを壁に貼りつけるだと…ふざけおって!
えぇい、止めろ!ボワレイ!壁を剥ごうとするな!
私は身振りでザクソンに指示を出し、壁にへばり付くボワレイを引き剥がさせた。
「着いたぞ」
レンがそう言うと、気がついたら我々の目の前には巨大な扉があった。
その扉には金属が貼り付けられており、様々な装飾を見てきた私にあって絶句する荘厳さであった。
赤みがかった金色の金属に白銀の金属によるレリーフ。その重厚さと巨大さも相まって豪華絢爛なる扉は、まさに天上へと続く神の門としか思えなかった。
そこでふと、私は気がついた。
いや、気がついてしまった。
赤みがかった金色の金属だ。
「お、おい、レン殿…」
私が無意識に平民と思って呼び捨てにしていたレンの呼び方を変えたその時、あの荘厳なる扉が音も無く静かに開いていった。
「あ…あ…」
ゆっくりと開いていく扉の向こう側の景色に、私は完全に言葉を失った。
扉が開いた瞬間、金と白銀の世界が広がった。
金の床、金の柱、白銀の壁、白銀の調度品…。
他の色は真紅の見事な刺繍の入った絨毯と、クリスタルらしき半透明の巨大なシャンデリアのみである。
なんだ、この圧倒的な富と力は!
此処が神のおわす城か!
私達がその光景に歩が進めずにいると、レンはさっさと先を歩いていった。
見れば、そこは玉座の間らしき作りの広間だった。大きな柱が立ち並び、遥か奥には随分と高い階段とその上に白銀の玉座が見えた。
その広間の左右には100ではきかない人数の人が並んで立っていた。
またも様々な人種だ。そして、やたらと美男美女が多い。
鎧や軽鎧、ローブを着込んだ者もいるが、誰も彼もがまるで御伽噺にでも出てきそうな洗練された特異な装備をしている。
「わ、分かった。判ったぞ。全て解った…」
斜め後ろに立っていたザクソンが震える声でそう漏らした。
「な、なんだ? 何が分かった?」
私はこの非現実的な光景から逃げ出したくなる思いを抑え込むべく、ザクソンの独り言に聞き返した。
ザクソンは言葉をかけた私を見もせずに、あえぐように広間を見つめて呟く。
「彼らは、神の代行者なんだ…言い伝え通り、使命を果たした代行者は皆、神のおわす城に住み安寧の日々を過ごす…」
ザクソンはよりにもよってそんな世迷言を口にした。
誰もが息を呑んで動けなかった、そんな時にこんな言葉を耳にすれば、それはまるで生き物のように騎士達に伝播していく。
「だ、代行者…」
「神の城…おお、これが神の…」
皆が口々にうわ言のように繰り返す、神と代行者の二つの単語。
今、この瞬間にその二つの言葉は命を持って我々を支配していく。
当たり前だ。
私とてその言葉を半ば信じてしまっているのだ。
「お主ら、前へ出よ」
身動き一つとれなかった我々に、広間の中から声が掛けられた。
低く太い、まさに男の声だ。されど耳障りなことなど全く無く、不思議と洗練された魅力が溢れる声だった。
見ると、真紅の絨毯の先からこちらを見て真っ直ぐに立つ男らしき人影があった。
奥は広すぎて私の老いた視力ではボヤけてしまっている。
「いくぞ」
私が絞り出すようにそう言うと、ザクソンがこちらを見たような気配を感じた。
馬鹿者が。行くしかないのだ。この状況で後ろを向いて帰れるものか。
私とて、王のマントよりも遥かに美しいこの真紅の絨毯に足を乗せるのは躊躇われるのだ。
「…行くぞ」
しかし、私とて大貴族とも言われるビリアーズ伯爵である。
ここで逃げ帰るくらいなら死を選ぶ。
私はそう覚悟を決めて足を踏み出した。
程よく柔らかい絨毯を真っ直ぐに、胸を張って歩き、私は玉座が見える階段の下に辿り着いた。
先程の男はどうやら私から見て右側の列に並んだらしい。
男は、どうやら私よりも若く見える。逞しい髭を蓄えた偉丈夫だ。黒いレザーの衣服に赤い魔物の鱗で作られた鎧を着込んでいる。
ヒト族に見えるが、何かが違う気がした。
私は男から視線を外すと、玉座を見上げる。
そこには、やはりというべきか、レンがゆったりとした仕草で座っていた。
「さて、伯爵にわざわざ無駄に長い廊下を歩いてもらってこの玉座の間に来たのには訳がある」
レンは今までとは違う、威厳のある声を出した。
いや、威圧感と言っても良いかもしれない。
レンが喋ると、まるで空気が重くなったような気がした。
「…膝をつきなさい」
誰かがそう口にした。
先程の男では無い。はっきりとした女の声だ。
可愛らしいと言っても良い、澄んだ声だったが、私達は僅かに含まれる怒気に死を覚悟するほど背筋が凍りつき、その場で膝を折った。
私達が跪いたことに満足したのか、先程の男とは反対側の最前列に並ぶ女が浅く顎を引いていた。
美しい少女だった。いや、美しいという言葉では全く足りないだろう。
どこの貴族の娘にも無い、見事な美の造形だ。長い黄金の髪とシンプルながら豪華な白いドレスが更に少女の美を際立たせている。
彼女が女神だと言われても誰もが納得するだろう。
そんな彼女が、陶酔しきった目を玉座へ向けている。
「部下がすまないな。まあ、形式上のことと思って割り切ってくれ。さて、話の続きだが、伯爵…我々はこの地に国を作ろうかと思う」
「く、国を? 前人未到のこの深淵の森奥深くに? いや、確かにレンブラント王国もガラン皇国も手出しできない土地だ。そこを支配したなら領土として切り拓いたと主張は出来る…だが、分かっていると思うが、他国が認めるかは別問題だ」
レンの言葉に私は慌ててそう返した。
止めれるならば止めなくてはならない。
こんな所にこんな城を築けるような者達の国なぞが出来たら、私の長年かけてきた計画が全て水泡と帰す。
私が否定的な意見を述べると、レンは肩を竦めて短く息を吐いた。
「…無闇に敵を作りたいわけじゃないからな。確実なのは五大国のトップに認められることか」
レンがそう口にすると、先程の偉丈夫が声をあげて笑った。
「はっはっは! 五大国とやらを併合してしまえば良いのですぞ、殿! 一度踏み潰せば従順になりましょう!」
勘弁してくれ!
男の豪快すぎる解決方法に私は悲鳴をあげそうになった。最初に踏み潰されるのは私の領土となるのだ。
「それは最後の手段だ。攻められれば返り討ちにしてやろう。だが、最初に言ったように敵を作らずにやりたいと思っている」
レンは男にそんなことを言って男の意見を否定した。
甘い男だ。
これは、大いに利用出来る隙となる。
上手く利用出来るならば、私は…。
「いい加減にしろ、この馬鹿者が!」
私が新たなる作戦成就への道筋を思い描いたその時である。
あの馬鹿が勝手に口を開いたのは。




