聖人軍到来
剣を振り抜き、燃え盛る火柱から距離をとる。
顔を上げると、呆然とした顔のブリュンヒルトが俺の後ろで燃えるハスターを見ていた。
「お疲れ。良い仕事をしたな、Sランク」
俺が冗談めかしてそう言い、ブリュンヒルトの肩を軽く叩くが、ブリュンヒルトの茫然自失とした様子は変化することがなかった。
十人で相手をしていた強敵を俺が一人で圧倒したから驚いているのだろうが、実は俺の方も驚いていたりする。
はっきり言って、本当に足止めだけしか出来ないと踏んで皆に時間稼ぎをお願いしたのだ。
だが、俺がハスター一体を倒している間に、ブリュンヒルト達はハスターの上半身を吹き飛ばしていた。
これは驚嘆に値する事態である。
ブリュンヒルトの一撃がハスターに炸裂した辺りからしか見ることは出来なかったが、レベルは低くとも流石は歴戦の強者という動きだった。
俺は皆を労い、怪我の治療をしてから街に戻り、食事を共にした。
朝からハスター二体を倒しての昼休憩だ。
美味しい酒場の料理や少量程度の酒精も手伝い、皆の顔は明るく会話も弾んでいる。
「しかし、流石はレン様。あの邪神をああもあっさりと討伐するとは」
ブリュンヒルトがハスターを倒した際の俺の話を口にした。もう何回目かも分からない程、俺の戦いぶりを解説している筈だが。
俺が呆れていると、リアーナが笑顔で頷く。
「本当に凄かったですね。まさに、神々の戦いでした」
リアーナがそう言うと、何人かが相槌を打つ。
そんな中、骸骨の兜を脱ぎ去ったオグマが難しい顔で唸った。
「…後は、ハスターを二体、ですな。可及的速やかに発見し、討伐せねば…聖人軍を含む帝国軍が迫っておりますからな」
「そりゃそうだけど、あの物凄いのを後二回も相手にしたら神経が擦り切れちゃうよ。明日で良いんじゃない?」
「ダメでしょう。出来ることなら今日中に倒さないと」
オグマの台詞に、アタラッテとマリナがそんなことを言った。
俺は頷き、果実酒を口にした。甘い酸味のある味と僅かな苦味が程よい味を作り出している。
俺が果実酒を飲み干す様を、皆が静かに待つ。
グラスをテーブルに置き、俺は口を開いた。
「さあ、後ハスター二体。倒すとするか」
俺がそう言うと、皆が返事を返した。
思いの外、ハスターは早く見つかった。
捜索再開して僅か一時間後である。
今朝とは街を挟んで反対側、森の近くにいるのを傭兵団が見つけたのだ。
昼少し前からすぐに馬を走らせて俺達を探していたらしい。
報告を受けた俺達が現場に急行すると、そこでは既にハスターが魔術の行使をしている最中だった。
ただし、魔術の向かう先は傭兵団と思しき一団である。
見れば、もはや半壊といった様相を見せている傭兵団の兵士達が、悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。
そこへハスターが魔術を発動し、地面から黒い光の柱が湧き上がった。
四人の傭兵がその光に呑まれる。
「ひぃあ…」
傭兵達は断末魔の叫びをあげる暇も無く、身体の大半を溶かして絶命した。
その光景に、シェリーが息を呑む。
どうやら、一つの傭兵団が手を出してしまったらしい。
被害がこれ以上広がらないよう、素早くハスターを引きつけなければならない。
俺がそう思いながら移動していると、森を背に、近くの者を獲物と定めたハスターが身体の向きを変え、偶然にも俺達に向き直る格好となった。
「横に避けろ!」
俺はハスターとの直線上にいる複数人の傭兵達にそう怒鳴り、魔術を行使する。
「『フレア・ノヴァ』!」
俺がそう叫ぶと、炎の柱が断続的に地面から立ちのぼっていき、ハスターへと向かった。
ハスターは炎の柱に大した危機感も持たず、そのまま業火の炎に巻かれる。
対象を捉えた業火の炎は凝縮するように身を縮ませ、一気に広がった。
続けて周囲に轟く激しい音と衝撃、爆轟である。
魔術の余波で吹き飛ばされるように必死に傭兵団の兵士達は逃げ惑っていたが、俺はそれを無視して素早くハスターへと接近し、剣を振るった。
思わず、最上位の魔術を放ってしまった。
咄嗟に一体を対象にする魔術を発動したのは良かったが、あの魔術のせいで、恐らくハスターは全身を焼き尽くされただろう。
仮の体を完全に失ったハスターが戦闘態勢になると、中々厄介な存在となる。
だから、戦闘態勢になる前に五発は攻撃を食らわさなければならない。
「ふっ!」
ハスターを包む黒煙の中で俺が剣を振るい、斬撃の後に獄炎のロングソードの追加効果で凄まじい熱量の火柱が噴き上がる。
そして、その炎の熱波を結界で防ぎながら更に剣を振るう。
外から見れば絶え間無く火柱が噴き上がる地獄のような光景に見えることだろう。
…三、四、五。
俺はキッチリ五回の斬撃をハスターに見舞い、素早く距離をとった。
無詠唱で出来るだけ強固な結界を張り巡らす。
直後、俺の張ったばかりの結界の一枚が振動と共に破壊された。
俺は、黒煙が形を持って伸びてきたような黒い光を眺め、剣を構え直す。
「やっぱ、完全体になったか」
黒煙の中からこちらに向かって現れたのは、辛うじて人型を保っている触手の塊だった。
まるで、蛇の群れが人の形を作ろうと蠢いているような不気味な姿だ。
ハスターはこちらに向かって歩きながら、左右の腕を振るった。
上下左右から目にも止まらぬ速度で迫るハスターの触手を全て弾き、すぐに横へ移動する。
すると、俺が立っていた地面からハスターの触手が地表を突き破って生えてきた。
ハスターの足の部分の触手が地面を掘り進んできたのだ。
「これだから面倒くさい」
俺は愚痴を口にすると、斜めに走りながらハスターへ接近した。
足の触手は今なら伸びきっている。
「シッ!」
鋭く息を吐き、俺に向かってきた触手を弾き、攻撃魔術を結界で防ぐ。
そして、ハスターに二発の斬撃を加え、追加効果の炎に紛れて距離を取り直す。
この繰り返しで、俺はハスターを撃破した。
思ったより早く三体のハスターを始末し、これでなんとかなるかと思っていたのだが、結局最後のハスターは見つけることが出来なかった。
そして、その二日後。
俺が避けたかった事態は起きてしまう。
聖人軍を含む、約五千人の帝国軍の到着だ。
実質、帝国の一部となった東部領を苦も無く進んできた帝国軍は、大量の傭兵団に警戒した。
が、俺が傭兵団の者達に、帝国軍は素通りさせるように言っておいたこともあり、帝国軍は無傷で街の中へと収まった。
俺は帝国軍に見つからないように最後のハスターを探そうとしたが、どうやら続々と帝国軍の第二陣、第三陣とが街へ接近しているとの情報を受けてしまう。
「…やるしかないか」
ブリュンヒルトの借りた宿の一室で、俺は静かにそう呟いた。
他の帝国軍は傭兵団に任せるとして、聖人軍は俺達がやるしかないのだ。
ここが正念場である。




