なんだ、あの冒険者は⁉︎
緑色の髪の受付嬢から仮の冒険者証明書をもらい、俺達は一度街から出て草原を歩いていた。
緑色の髪の受付嬢はランというらしい。苦労してそうだ。
「殿。遠くで草が不自然に揺れました」
受付嬢の人生に想いを馳せていると、サイノスが地平線を指差して何か言っている。マサイ族か貴様。
「凄いな。私でもまだ気配察知出来ない距離なのに」
サイノスの異常な台詞に普通に感心しているセディア。
唯一普通であるだろうサニーに目を向けると、サニーはぼんやりとした様子で別の方向を見ていた。
サニーの視線の先を見ると、森のある方角から必死の形相で走る3人の人影があった。
そして、その後ろには2メートル半はありそうな浅黒い物体が走っている。
黒に近い茶色の肌で、腹は出ているが筋肉質な肉体を武器に棒や錆びた剣を振り回すモンスター。オークである。
そのオークが奥からも走ってきており、全部で五体いるように見えた。
通常は緑色なのだが、この世界ではあれが通常カラーなのかもしれない。
「オークか。一応緊急依頼に出るようなオーク亜種と想定していくぞ」
「オークジェネラルかオークロード相当ということか」
「腕がなりますぞ、殿!」
「いっちばーん」
俺が戦闘開始を宣言すると、セディア、サイノスがアイテムボックスから短剣と刀を取り出した。
だが、平坦な声でお気楽なコメントを残したサニーがアイテムボックスからミスリルステッキを取り出し、上に掲げた。
「ライトニングアロー」
どこか緊張感の無い調子でサニーが魔術名を呟くと、サニーの持つ杖の先に10個の光の球が浮かび上がり、紫電を纏いながら一気に伸びた。
いや、光の球が線になったように見えるほど速いのだ。最速の閃光系魔術、ライトニングアローは魔力依存でその数が増える。最大で10発同時発射だが、速くて多少はホーミング機能がある為愛用者が多い。
威力は単体相手に10発撃ち込んでもゴブリン亜種やオークナイトを倒せるかどうかくらいだ。
つまり、ザコ狩りか奇襲用の魔術とも言える。
しかし、サニーの放ったライトニングアローは五体のオークの頭と心臓辺りを綺麗に撃ち抜いた。
「…おい」
俺達が冷めた目でサニーを見るが、当のオーク大量殺人鬼は無表情に両手をあげた。
「完全なる勝利」
「ぬあっ⁉︎ 拙者の見せ場が…っ⁉︎」
サニーの勝利宣言にサイノスが衝撃を受けて頭を抱えている。セディアは短剣を片付けながら苦笑いだ。
「…つまり、あれが多分通常のオークなんだろうな」
俺はそう呟くと、まだオークに追われていると思って逃げている人影を見た。
武器や盾の類は持っていないが、革鎧を着込んだ若者3人組だ。多分、新人冒険者だろう。もしかしたら初依頼でハズレを引いたのかもしれない。
放っておこうかとも思ったが、先輩冒険者であるウォルフの笑い声を思い出して考えを改めた。
「おーい」
俺が走る冒険者達に声を投げ掛けると、3人はこちらに気が付いて必死な顔で叫んだ。
「に、逃げろ! オーク亜種の群れがいるぞ! 一体じゃない、50体以上いやがる!」
先頭を走る男はそう言って俺達に警告した。自らが死ぬかもしれないという命の危機的状況にあって、助けを求めずに逃げろと言えるのは中々凄いことだ。
まあ、危機は既に過ぎ去ったが。
「オークは倒したぞ」
俺が少し声を張ってそう言うと、先頭を走る男は俺を睨んで口を開いた。
「ば、馬鹿野郎! 俺達の後ろが見えないのか⁉︎ かなり後ろかもしれんがたくさんのオークが…え⁉︎」
走りながら後方を振り返り、男は思わず後ろを二度見をして驚愕した。
「お、オークはどうした⁉︎ 知らない内に振り切ったのか⁉︎」
男達はやっと立ち止まると周囲のを見回しながらそんなことを言っている。
「…まあいいか。とりあえず、オークが大量発生したなら殲滅するとしよう。行き帰りの間にゴブリンぐらいならいそうだしな」
俺がそう言うとサイノスが輝く様な笑顔を浮かべた。
「おぉ! 流石は殿! 民の為に尽力するとは世界の王たる器だ! さあさ、早速行きましょうか!」
「お前は戦いたいだけじゃないか」
「戦闘狂。それは一種の変態」
「黙れ、たわけ共! 拙者は戦いたいのではなく、殿の役に立ちたいんだ!」
途端に言い争いを始める3人を尻目に、俺はさっさと森の方向に向かって足を向けた。
「お、おい! 森には…」
遠くでオークから逃げてきた3人もこちらへ声をかけてくるが、適当に片手を上げて振っておいた。
俺の対応に何かを察したのか3人は神妙な顔つきでお互いの顔を見合わせると大きく頷いてこちらを見た。
「待っていろ! すぐに人を集める!」
「え?」
3人は気になる台詞を残すと、また走って街の方へ行ってしまった。
「…よし、人が来る前に終わらせよう」
俺は戦うところを見られない為に直ぐさまオークを殲滅することを決意した。
辺りに人影は無いように見えるし、街道はかなり距離がある為ハッキリとは目視出来ないだろう。
「フライ」
俺は飛翔魔術を使って空中に浮かぶと、最大速度で森へ向かった。
「お、いるいる。拙者の刀も喜びのあまり刃鳴りが止まりませんな」
「そんな妖刀作ってねぇぞ」
「気配は80体くらいかねぇ? こんだけいたら多分ボス級が一体か二体はいると思うよ」
「頑張る」
俺達は大きな樹木に身を隠しながらオークの偵察を行っていた。あの草原から飛んで10分、森を探索して10分という早業である。
「とりあえず、陣形を意識して戦うとしよう。サイノスは突出せずに俺達の前面を守れ。周囲の警戒と左右の敵の対処にセディア。サニーは敵が目視で確認出来たらすぐにライトニングアロー。モンスターの遺体が必要だから他の魔術は極力使うなよ」
俺が指示を出すと、3人はそれぞれ返事をした。
「じゃあ、やろうか」
俺がそう言って樹木から離れてオークの方向へ足を運ぶと、俺の脇をすり抜けるようにサイノスが出てきて前方のオーク二体の首を刎ねた。
「ライトニングアロー、ライトニングアロー、ライトニングアロー」
後ろからはノータイムでサニーがライトニングアローを撃ち放っている。
「よっと」
セディアは一瞬体がブレたかと思うと、一足飛びに左右のオークへ切り掛かった。
ものの10分で大半のオークを狩り尽くし、残りはなだらかな傾斜になっている丘の上にいる奴らだけだ。
「グォオ!」
丘の上に向かおうとした矢先、獣の咆哮と共にその丘の上から1メートルはありそうな幅の岩が放物線を描いて飛んできた。
「ふっ!」
気合一閃。サイノスは飛んできた岩を細身の刀で一刀両断する。
岩が左右に分かれて転がる中、丘の上には三体のオークが立っていた。
今までのオークよりも大きく、種類は違うが三体とも鎧を着て武器を手にしている。左右の二体は盾も装備済みだ。
「ライトニングアロー」
オークを観察していると、サニーが後ろから奇襲にライトニングアローを放った。俺が驚いたわ。
しかし、サニーのライトニングアローは左右の2体が盾で弾いた。
それを見て、サニーは期待の籠った目で俺を見上げる。
「ダメだ。強い魔術は撃つな。どうあっても痕跡が残るからな」
俺が釘を刺すと、サニーはガックリと項垂れた。
「殿! 拙者に! 拙者に!」
何がそんなに嬉しいのか、サイノスが尻尾を振りながら俺ににじり寄ってきた。
「…よし。セディアは右の盾持ちで、俺とサニーが左の盾持ちでいこう。サイノス、真ん中の一番強そうなのを譲ってやる」
「と、殿ぉ! 有り難き幸せにつかまつれば!!」
俺が作戦を決定し告げると、興奮し過ぎて嬉ションしそうなサイノスが意味の分からない喜びの言葉を口にした。
「落ち着けよ」
逆にセディアはクール過ぎる。もはやサイノスを面倒臭そうに眺めているぐらいである。
「よっしゃ、やるぞ」
俺がそう言うと、3人は直ぐに動き出した。俺もアイテムボックスから武器を取り出して右手に握った。
一応保険として最強の武器の一つであるオリハルコンの魔剣、暴風のロングソード+9にしておいた。
「ライトニングアロー」
サニーが魔術で牽制した間に、まずはセディアが盾持ちのオークの首を刎ねた。一撃かよ。
俺はセディアに呆れながら反対側に回り込み、盾持ちのオークが俺に向けて持ち上げた盾を蹴り上げた。
一瞬怯めば良いと思ってやったのだが、俺が蹴った瞬間、オークの持つ盾は上空へ吹き飛んだ。
驚きに硬直するオークを見て俺も驚いたが、予定通りに蹴った体勢から足を地面に下ろし、そのまま剣を横薙ぎに振るってオークの腹を斬った。
手応えなど殆ど無い。まるで豆腐を斬るように俺はオークの体を鎧ごと真っ二つにした。
そして、暴風のロングソードが魔力を吸収して上級の風の魔術相当の追撃が発動した。
火と風、雷の魔剣を対単体ボス用の最強武器として作り、水と土は対大人数用の範囲攻撃の為に作った。
つまり、最高レベルの俺の攻撃と同等かそれ以上の追加攻撃が発動する。
こうして、中央に控えていた武器持ちオークはサイノスと戦う前に真っ二つになった。
「殿ぉっ⁉︎」




