エルフの王
「イツハは泣き虫でして、国の者は皆がイツハを慰めたりあやしたりした経験があると思いますわ」
「み、皆は言い過ぎだろう…それに、そんなに泣いてばかりじゃなかったと思うが…」
あの後、シェラハミラは俺達がいる部屋に留まり、イツハルリアの幼い頃の話などをして時間を潰してくれたが、意外に良い情報も入った。
通常のエルフは大体50年くらいで人間でいうところの15歳になり、そこからは外見の変化が緩やかになっていく。
そして、100歳くらいで20歳程の見た目になり、200歳で25歳くらい。300歳で少し老けてきて30歳くらいの見た目になるようだ。
300を過ぎると老化が早くなっていき、350歳くらいになると60歳くらいの見た目になっているという。
ハイエルフは通常のエルフの大体2倍くらいで考えれば良いようだ。
なので、寿命で考えるとエルフが400年に対してハイエルフは800年以上生きるらしい。
それだけ長生きだと子供が沢山生まれそうだが、エルフはどうにも出生率が少なく、数はほんの少しずつ減っているようだ。
そういった事情もあり、まだ成人である50に満たない子供は国を挙げて大切に育てる。イツハルリアに皆が甘いのもこの辺りを考慮すると納得がいった。イツハルリアは50歳と少しなので、他の皆からすればまだ子供に見えるのだろう。
そして、イツハルリアのように成人を迎えると、国の国境辺りを巡回したりエルフの森の守護者として国の周辺の森を警戒、保護する。
こうすることで、エルフ的には森への敬意と畏怖を植え付けられて森の番人として成長するらしい。
ちなみに、イツハルリアがシェラハミラと仲が良いのは年齢が近いからということだが、それでも30も歳が離れているようだ。
俺が2人から聞いた情報を頭の中で反芻していると、扉をノックする音が室内に響いた。
扉を開けたのはヅカジェンヌだった。
「皆様、謁見の間にどうぞ」
ヅカジェンヌはそう言って扉を開けた状態のまま姿勢良く立ち、俺たちを室外へ行くように促した。
「ふふ、ずいぶん早かったですわね。お父様も相当サニー様のことを気にしておられるのでしょう」
シェラハミラがそう口にして席を立ち、扉の前でヅカジェンヌと横並びに立った。
俺達が二人の前を通って部屋から出ると、そこにはヅカジェンヌと一緒に門番をしていた魔術士、クーデレラが立っていた。
「こちらです」
クーデレラはこちらに一礼してからそう言うと、踵を返して城の奥へと歩き出した。
長い廊下を歩き、クリスタルがあしらわれた巨大な扉を開いてまた先ほどとは別の広間へと出る。
広く何段かに分けてのスキップフロアがある広間だ。一番奥には一番高くなった床があり、壁には紋様の彫られた石造りに見える両開き扉がある。
クーデレラはそちらへと歩いていき、奥の扉の前で立ち止まり俺達の方向を振り向いた。
俺達が広間の奥で待つクーデレラの下へ向かうと、こちらの動きに合わせるように扉が中から開かれていった。
まさかの自動ドアか?
俺は扉の裏表を調べたい衝動に駆られたが、どう考えても謁見の間らしき荘厳な広間が扉の奥に見えている。
広間の奥では玉座らしき椅子に座る王様らしき美青年が姿勢良く座ってこちらを見ているのだ。
今、扉に齧り付くように細工を調べ出したらエルフの国を出入り禁止になるかもしれない。
「…仕方ない。サニー、横に並んでついて来い」
俺は小さく溜息を吐いてサニーにそう言うと、サニーを連れ立って謁見の間に足を踏み入れた。俺の後ろにはソアラが、サニーの後ろにはラグレイトが続いている。
広く天井の高い広間だ。斜めに尖るような造りの不思議な天井には色のついた窓があり、床や壁に不思議な色合いの光を落としている。
床には深い緑色の絨毯が敷かれ、柱には銀色の燭台と火の灯った蝋燭が飾られていた。
燭台の銀の色合いが白っぽく見えるが、あれはミスリルだろうか。
俺は謁見の間の絨毯の上を歩きながら何となくそんなことを思った。
謁見の間は縦長な造りになっているようで、絨毯の左右にローブを着たエルフがそれぞれ20人以上立っている。
「ようこそ、御客人と同胞よ。そこで立っていてもらって良いだろうか」
と、俺達が玉座から5メートルほど離れた位置まで来ると、左側に立つ一番玉座に近いエルフがそう言って俺達の足を止めさせた。
俺達が足を止めたのを確認すると、絨毯を挟んだ左右のエルフが片膝を立てた状態で跪き、白銀の色合いをした指輪を嵌めた右手を軽く握って顔の前に持ってきた。
独特なポーズをするエルフ達に、俺は思わず視線を奪われる。
すると、玉座の方から笑い声が聞こえてきた。
「いや、申し訳ない。これはただの古いしきたりですから、あまりお気になさらずに。昔は実際に敵国の使者が来た際には近衛兵達が魔術を詠唱して待機していたそうですが、今は詠唱をする振りをした形だけのものになっています」
エルフの王は意外とフランクなノリでそう言うと俺達に何とも感情の読みづらい微笑を向けてきた。
「ようこそ、ラ・フィアーシュへ。私がラ・フィアーシュの国王であるサハロセテリです。皆様を歓迎致します」
そう言って、サハロセテリという人物は顎を引いて会釈の代わりにした。
実際の年齢は不詳だが、どう見ても20歳そこそこにしか見えない若さだ。長めの金髪を前髪だけ右側に流し、残った髪を後ろで綺麗に結っていた。目は淡い黄緑色…シェラハミラと同じ色合いだ。
頭には王冠では無く白銀のサークレットのようなものを被っていて、豪華な刺繍の入った青いローブを着ている。
俺はサハロセテリを真っ直ぐに見返すと、軽く頷いて口を開いた。
「歓迎していただき嬉しく思う。俺は新しく出来た、エインヘリアルという国の国王、レンだ。そして、こっちがサニー。後ろにいるのがソアラとラグレイトだ」
俺がそう言って自分と仲間を紹介すると、サハロセテリは鷹揚に頷いて俺とサニーを見た。
「貴方も一国の代表ですか。話が合いそうで嬉しいですよ。ところで、サニーさん…ああ、お名前はサニーさんと呼んでも良いですか?」
サハロセテリがそう言ってサニーに微笑み掛けると、サニーは無言で俺を見た。
俺はサニーの視線を受けて溜め息混じりに頷き、サハロセテリを見る。
「サニーさんで良いぞ」
俺がサニーの代わりにそう返事を返すと、サハロセテリは目を何度か瞬かせて俺を見た。
そして、不思議そうな顔で俺を見ながら口を開く。
「…つかぬ事をお伺いしますが、レン殿とサニーさんはどういったご関係でしょう?」
サハロセテリがそう口にすると、謁見の間に集った者達の全ての視線が俺に向いた気がした。
俺は一瞬悩んだが、やはり正直に言うべきかと思い口を開いた。
「…部下のようなも」
「愛人」
俺がオブラートに包んだ事実だけを口にしようとしたその時、サニーが全てを破壊する一言を放った。
そして、謁見の間に静寂が訪れる。
自分の人生を何度振り返っても、これだけ心臓に悪い沈黙は無かった。




