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スワローテールになりたいの  作者: 佐伯瑠璃
第1章 ドルフィンライダー 
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ゼロの距離

沖田さんの腕の中にいるのがとても信じられない。でも、確かにいる。

彼の心臓の音がトク、トクと聞こえているから。

私は目を閉じた。

気づけば彼に全ての力を委ねて規則正しい心音を聞いていた。

このまま時間が止まればいいのに……。


「香川」

「…はい」

「こんな格好で悪い。八神さんのこと好きなんじゃないのか」

「好きとかそう言う対象ではありません」


抱きしめられたまま答える。本当は顔を上げて話したい。なのに、私が躰を捩ろうとすると、ぐっと力を入れられて出来ない。


「じゃあ、好きな人はいるのか」

「っ…(好きな、人)」


好きかもしれない人はいる。それはっ、

口を開きかけた所で躰の拘束は解け、今度は彼の両手で両頬を持ち上げられた。目の前に沖田さんの顔。

綺麗に整えられた眉、美しい瞳がぼやけるくらい間近にあった。


「・・・っ」


息を呑むってこう言う事なのかと、思った。

添えられた彼の指がうなじまで届いて背中をぞわりと何かが走った。その瞬間、コツンと言う音と一緒に暗転する。

沖田さんの額と私の額が触れ合ったからだ。


「もし、俺の事が嫌いだったら俺の腹、殴っていいから」

「え?」

「俺、こんなに他人の事を気にした事はない。君は俺の心をいつも掻き乱すんだ。なんでだよ」

「・・・」


沖田さんの言っていることは今の私には理解できない。こうしているだけで、心臓はダッシュをし続けていて、躰は熱い。

やっぱり体調の、せい?


「俺、知りたいんだ。もっと香川の事が知りたい、だからっ」

「んっ」



く、く、唇がくっ付いてるぅー!


沖田さんの唇が私の唇と重なった。少し低い温度で、思った以上に柔らかくて、想像以上に優しかった。

キスって、こんな感じだったっけ?妙に冷静な自分が過去の自分に向かって問いかける。


そして、そっと唇が離れた。


「嫌、だったか」

「い、嫌じゃ…なかった」


恥ずかしすぎて沖田さんの顔を見る事が出来ない。ただ高鳴る胸の鼓動に慣れない私は、思わず両手で心臓を押さえた。


「香川っ、具合が悪いのか!」

「違いますっ。ちょっと驚いただけです。心臓が煩くて…私、こういう事慣れてなくて。あっ、いや、その」

「初めて、ってこと?」

「え!!あ、や、キ、キスは初めてではありません!」

「キス…は」


バカ!なに墓穴掘ってるの。これじゃまるで、キスから先は経験がありませんって、公表しているようなものじゃない。


「っ、えと」

「嫌じゃなかったって事は、俺は香川に受け入れて貰えたのか?」

「受け入れっ…。お、沖田さんは私の事っ」

「好きだよ。多分これは好きと言う感情だ」

「多分って」

「でも、無理強いはしない。君が俺の事を受け入れられないなら、もう触れないし、近づかない」

「そんなっ」

「だから、ブルーインパルスのシッポは辞めないで欲しい」


初めてあった日から彼はいつも不機嫌だった。ツンとした横顔ばかりで、まともに話した事なんてない。それでも私の心には必ず彼がいて、空を見上げれば彼の飛行ばかり追い掛けていた。


「辞めませんよ。ブルーインパルスは私に夢を見せてくれた飛行隊ですから。それに…」

「それに?」

「沖田さんの事もずっと見ていたいです。本当に燕が舞っているように見えるんです。ブレイクする時は誰よりもしなやかです」


※フォーメーションブレイク 何機かで編隊飛行し、次のフォーメーションに移るため、流れるように隊から左右に離れる事。


「そうか。パイロットとしては受け入れて貰えてる。でも、俺個人としてはまだまだって事だな」


沖田さんは自嘲気味に笑ってそっと私から距離を取った。ほんの少ししか離れていないのに、どうしてこんなに寂しい気持ちになるの?

彼との距離がおかしくなってしまったのは、私が彼を好きだからかもしれない。でも、


「私、好きになってもいいのでしょうか」

「は?」

「沖田さんの事、好きになってもいいですか?」

「・・・」


沖田さんはまた眉間に皺を入れて、黙り込んでしまった。やっぱり私は彼を不機嫌にしか出来ないようだ。


「香川!」

「はいっ」

「君は本当にバカだな。俺はさっき……っく」

「ご、ごめんなさいっ…うわっ!」


とても怖い顔でぎゅーっと抱きしめられた。何度も何度も引き寄せるように力を入れ直す。もっと近くに来いと言われているみたいだ。


「沖田さ…」

「俺はさっき好きだと言っただろ。なのに、好きになってもいいですかは…ないだろ!」

「ぁ…」


言われた。でも、その後捲し立てるように嫌だったら離れるとか、でも、ブルーインパルスのシッポは辞めるなとか言うから。


「俺、八神さんには負けない。パイロットとしても、男としても」


腕の力を弱められ、やっと私は沖田さんの顔を見た。澱みのないその瞳は真激に私を見つめていた。そこに嘘は…ない。


「沖田さんは負けていませんよ。私の中では貴方がブルーインパルスのエースです」

「香川っ」

「ふんっ、んんっ」


さっきの触れるだけのキスとは違う、少し怒ったようなキスが私を襲った。唇で唇を食むように、食べるような動きに私は翻弄された。

熱くて、苦しくて堪らない。だけど少しだけ、心地良い。沖田さんとのゼロの距離が不思議としっくりくる。


「くくっ。香川、鼻で息をしろよ」

「え、鼻っ。ーーー!!!」


聞き返すために開いた僅かな隙間から、沖田さんの温もりが滑り込んで来た。驚きと興奮が入り混じって彼の制服の袖を強く握った。

ほんの一瞬だった筈だ。その後の彼は、すぐに引き下がった。


「っ、ハァ、ハァ」

「ごめん。こんな事、弱った人間にしちゃいけなかった」

「沖田さん!いいんです。私…嬉しかった、から」

「香川」


今度はそっと優しく抱き寄せて、子供にするように私の背中を何度も撫でていた。


私たちは恋人同士になったの?

なった、んだよね。きっと……。

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