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スワローテールになりたいの  作者: 佐伯瑠璃
第1章 ドルフィンライダー 
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シッポが無いと落ちてしまう!?

翌日、主治医からは疲労と貧血症を起こしていたと告げられた。倒れた時の状況から、再検査を勧められる。只の鉄欠乏性貧血でないかも知れないとも。


「え、私そんなに悪いんですか!」

「まだ分かりませんが、簡単な検査では数値が基準をかなり下回っています。今回のようにまた、突然倒れることもあり得ます」

「そう、ですか。分かりました。上司と相談します」


どうしよう。もし、単なる貧血ではなかったら飛行機になんて乗れない。戦闘機パイロットなんて、夢のまた夢。

戦闘機乗りは諦めろと言う、神様からの通告なのかもしれない。


退院の手続きまで私は病室でボンヤリとしていた。

窓を開けるといつもの轟音が聞こえてくる。不思議と無音よりも落ち着くのは、私も空自の一員となったからだろうか。



「香川さんっ」

「えっ」


振り向くと、鹿島先輩が入り口の所に立っていた。


「大丈夫?今、退院手続きしてもらってるから。驚いたわ、沖田くんからの電話」

「ご迷惑おかけしました」

「気にしない、気にしない。先ずはしっかり治す事。これから展示飛行のシーズンに入るのよ。早く治さなきゃ」

「はい」


鹿島先輩は自衛隊員とは思わせない、柔らかい雰囲気を持った女性だ。

先輩の顔を見るとほっとする。


「香川」

「はっ!塚田室長!室長までっ、本当に申し分けございません」

「何を謝っている。上司が来るのは当たり前だろう。親御さんから預った大事な部下だ」

「っ、ありがとうございます」


松島基地にも医務室はある。しかし今回の様なケースは医務室での対応が困難と判断した為、救急車を呼んだ。その為、一般の病院に運ばれたのだ。


「医師から聞いたよ。週明けに自衛隊うちの病院で検査をするよう手配した。しっかり診てもらえ。未来のパイロット」

「はい!」


そう。まだ諦めてはいけない。弱気になるな!香川天衣!!



退院手続か終わり、薬局から薬をもらい官舎に戻った。室長からは翌週の検査が終わるまで休養するようにと告げられる。


「ありがとうございます」

「ずっと寝てろとは言わないが、安静にしていろよ。何かあったら遠慮なく言え。分かったな」

「はい。ありがとうございます」


バタンと扉が閉まる。

取り敢えずのんびり過ごそうと思う。親への報告は今度の検査が終わってからでいいよね。ただでさえ、自衛隊にいる事で心配をかけているのだから。



     *



遠くで、ゴー…と言うジェットエンジンの音が聞こえる。

私はゆっくり目を開けた。カーテンの隙間からは茜色の陽が射し込み、夕方になった事を告げていた。


「はぁ、寝すぎた」


気怠い体に鞭を打って起き上がると、ほんの少し眩暈がした。私は貰って来た薬袋を取りキッチンに向かう。コップに水を注いで喉の奥に流し込んだ。



ピンポーン♫



「ん?誰だろう」


時計は夕方の6時。心配して鹿島先輩が来たのかもしれない。私は、玄関に降り、ドアをそっと開けた。


「アイちゃん!大丈夫か!」

「八神さん」


ドアを開けて、立っていたのは八神さんだった。基地から直行してくれたのか、八神さんは制服のままだった。


「アイちゃん、ごめん。俺が無理に誘ったから」

「え、違っ。違いますよ!八神さんのせいではありません。私自身も気づかなくて…単なる自己管理不足です」


八神さんにいつもの軽さはなく、本当に心配してくれている事が分かった。少し眉を下げて、声も元気がない。今日一日、自分のせいだと責めていたのかもしれない。


「気づいてやるべきだったよ。アイちゃんと手を繋いだ時、熱かったんだ。けど、女の子だから男とは違うんだって思い込んでて」

「八神さん。この通り、私は生きています。そんな顔しないでください。八神さんらしくないです」

「アイちゃん……」

「ふわっ!」


だ、だ、抱きつかれているーー!!

ガシッと強く、その逞しい胸に私は捕らえられてしまった。私の右肩に八神さん顔が埋まっていて、ちょっといい匂いがした。


ドクドクドクドクッ


「ちょ、や、八神さん。はなっしてくださ…」

「ごめん。俺っ」

「えっ!あの、ちょっと、ここ、外から丸見えです!!」


色気もない大きな声で、八神さんの抱擁を解除しようと試みた。

八神さんは「あ、ごめん、ごめん」と言ってやっと離れる。余計に具合が悪くなりますから、止めて下さい。

八神さんは私には本当にレベルが高すぎる。


「ほんとごめん。でも、顔をどうしても見たかったんだ。もう帰るよ。早く…元気になって」

「はい。ありがとうございます」


八神さんはいつもの爽やかな笑顔を私に零し、自分の部屋に戻って行った。その後ろ姿を見つめながら「なんで部屋がバレたんだろう」とそっちが気になって仕方がなかった。


でも、誰かに心配されるって幸せな事だと思った。それが、自分が最も好きな人からだったら、どんなに嬉しいのか。

私の好きな人って、誰よ……ドックン、と胸が鳴る。


『俺が乗せてやるよ』


っく…。どうして思い出したの。

沖田さんはどうして、私の手を握ったの。

怒ったり、優しくしたり…彼の事が分からない。なのに、どうしてこんなに胸の奥が疼くの?


私は胸元をぎゅっと握り締めて、茜空を眺めていた。





カサっ、と音がして私は現実に戻された。

はっとして振り向くと、手にビニール袋を下げた沖田さんが立っている。お、沖田さん!?


「おきっ」

「起きてて大丈夫なのか?それとも誰かを待ってる、とか」

「いえ、誰も来ません。あの!昨夜はありがとうございました!」


救急車を呼び、私が落ち着くまで付き添ってくれたのは彼だ。

私は感謝の意を込めて、深く頭を下げた。カツ、カツと足音が響き、顔を上げた時には、沖田さんは目の前に立っていた。

やっぱり少し不機嫌な表情(かお)。私はいつも彼を不愉快にさせているらしい。さすがに、ちょっとヘコむ。


「これ」

「え?」


手にしていた袋を私に差し出す。要領を得ない私に「はぁ」と溜息を吐いて、少し中身を見せてくれた。


「ぁ……」

「まだ、外に出るのは辛いだろ。これやるよ」


袋の中にはレトルトのお粥、おにぎり、ゼリー、冷凍おかず、プリン、サンドイッチ、それにスポーツドリンクなど沢山入っていた。


「お、お幾らですか?私、払います」

「要らない」

「でも…」


「ほら」と私の手に袋を握らせる。なんだか自分の感情が分からなくなって、胸の奥が苦しくなってドアに寄りかかった。まだ、体も戻っていないみたい。


「香川っ」


咄嗟に沖田さんが倒れないように支えてくれる。


「ごめんなさい」

「まだ、安静が必要だな。飯も食ってないだろ。点滴だけじゃもたないぞ。中いいか?」

「え?」


私の返事も待たずに、彼は私の両脇に腕を差し込んで部屋の中に入った。沖田さんが触れている場所に全神経が集中しちゃって、ますます体のコントロールが効かなくなった。

八神さんとは、全然違う反応をするのね。



あれよあれよと、ソファーまで運ばれてポスんと座らされた。


「あのっ」

「悪い、勝手に。けど、また倒れたら怪我だけじゃ済まなくなりそうだから」

「心配、してくれるんですか」

「っー!」


私は一体、何を確認しようとしているのか。ただ、いつもとは思考が少しおかしいのは分かる。


「すみません。そうだったら、嬉しいな…って」


急に恥ずかしくなって俯いた。じーっと自分の膝を見つめながら、ばかな事を言ってしまったと反省をする。

すると、急に影が落ちてきてトンと頭に重みを感じた。

それは、掌の感覚。


「らしくない、君が、心配なんだ」

「・・・」

「ギャンギャン言いながら、必死で俺たちの後を着いてくる姿がないと、調子が狂う」

「え?」

「動物はさ、シッポが無いとバランスが取れなくなるんだ。君がいないと墜落するかもしれない」

「そんな事っ!赦しませんっ。あってはなりません!」


思わずカッとなって顔をガバッと上げて叫んだ。冗談でもそんな事、絶対に言わないで!!


「香川っ」


沖田さんの声が妙に近くで聞こえて、その後は視界も遮られた。

それは、私の上半身が沖田さんに包み込まれていたから。


沖田さんの体温は、とても、心地がよかった。

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