66.ボルブル先生の指導
「ユフィ、一緒に昼食を食べに行きましょう」
「はい!」
午前の最後の授業が終わると、すぐにロゼリア様が声を掛けてくれた。その周りには他のクラスメイトもいて、今日も大人数で食堂に行くみたいだ。
だけど、いつも聞こえてくる元気な声がない。キョロキョロと見渡すと、ミレイ様の姿がどこにもなかった。
「あの……ミレイ様はどちらへ?」
「それが、すぐに教室から出て行ってしまったのよ。具合が悪いのかしら……心配ね」
あのミレイ様が元気もなく、誰にも声もかけずに一人で? 体調が悪いようには見えなかったし、他に何か原因があるんだろうか?
もんもんとした気持ちを抱え、みんなと一緒に教室を出ていく。すると――。
「おっ、来たな! ユフィ!」
呼んだのはボルブル先生だった。
「何か御用ですか?」
「昨日はちゃんとした指導が出来なくて悪かったな。カレン先生のお陰で持ち直……いやいや! 今日はユフィにちゃんと成長の機会を与えようと思ってな! 今日の昼食、一緒に食べながら話さないか?」
えっ? ボルブル先生と一緒に昼食? 先生と一緒だなんて、緊張するけど……。でも、ヘレナ先生みたいに何か自分にとって良いことが起こりそうな気がする。
「はい、よろしくお願いします」
「じゃあ、教職員の食堂に行こう。お前ら、今日はユフィを借りていくぞ」
そうして私はボルブル先生に連れられて、教職員の食堂へと向かった。
◇
教職員の食堂は私たちの食堂に比べると、静かで落ち着ける空気になっていた。色々な先生が静かに食事をしたり、談笑したりしている。
「今日は付き合ってくれてありがとな。それで、昨日はちゃんとした指導が出来なくてすまなかった。だが、もうそんなことはない。きっちりとユフィのためになるような事をする」
「ありがとうございます。私もまだまだ分からない事ばかりなので、教えてくださると嬉しいです」
そういうと、昼食を取りながらボルブル先生は話した。最近の魔法学術会で発表された論文の事を教えてくれた。それはとても興味が引かれるもので、聞いていると楽しい気持ちになった。
だけど、ふと思い出してしまう。ミレイ様のことを。
「ん? 気が逸れたか? 何か気になることがあるのか?」
「えっ? えっと、クラスメイトのミレイ様の元気がなくて心配で……」
「あー、元気っ子のミレイか。だが、どうして元気がないんだ?」
「それが分からなくて……。体調が悪いようには見えなかったんですよね」
「だったら、悩みがあるのかもな」
……なるほど、悩みか。たまたまそういう日、という訳でなく。何かの問題を抱えているのだろうか?
「クラスメイトはそっとしておいた方が良いって言っていて。でも、心配で……。どうにかしてあげたいんです。でも、分からなくて……」
「時間が解決する場合もある。だが、それだけじゃダメな場合だってある。何が正しいのかは分からない。でも、ユフィは放っておけないんだな。何かしてあげたいと思っている、と」
「……はい」
ボルブル先生が驚くほど、私の気持ちを言語化する。それに驚いていると、ボルブル先生は腕を組んだ。
「悩みっていうのはな、色々あるんだ」
「色々……ですか?」
「ああ。誰かに助けてもらった方がいい悩みもあれば、自分で答えを見つけるまで待った方がいい悩みもある。だから、誰かが手を出せば必ず良い結果になるとは限らない」
「……」
「むしろ、助けようとしたことで相手を傷つけてしまうことだってある」
その言葉に、私は少し不安になった。
「じゃあ……何もしない方がいいんでしょうか?」
「それでも、お前は何かしてやりたいんだろう?」
「……はい」
私は小さく頷いた。いつも元気をくれたミレイ様。出来ることなら、何かをしてあげたかった。
「だったら、まずは悩みを聞いてやれ」
「悩みを……聞く?」
「ああ。話すだけで楽になることもある。誰かに聞いてもらったことで、自分の気持ちを整理できることだってある。それで解決するなら、それでいい」
ボルブル先生はそこで一度言葉を切った。
「それでも駄目なら、その時に何かしてやればいい。手を貸すのか、一緒に考えるのか、別の誰かに相談するのか。それは、その子の悩みを聞いてから決めればいい」
なるほど、と私は思った。最初から何かをしてあげようとするのではなく、まず相手が何に悩んでいるのかを知る。
「まあ、お節介になることもあるだろうな。だが、お節介が誰かを救うことだってある」
ボルブル先生は真っ直ぐに私を見る。
「大切なのは、悩みを聞いた時に『そんなことで悩むな』なんて言わないことだ。その子にとっては、それが大切な悩みなんだからな」
「……!」
「まずは、その気持ちを受け止めてやれ。悩みそのものを否定せず、『そう思っているんだな』と認めてやる。それだけでも、人は少しだけ楽になれる」
私はボルブル先生の言葉を一つずつ胸に刻んだ。ミレイ様が何に悩んでいるのかも分からないのに、私が勝手に何かをしてあげようとしていた。
まずは話を聞く。そして、ミレイ様が何を望んでいるのかを知る。
「……分かりました」
「うん。それでいい」
ボルブル先生は満足そうに頷いた。
「じゃあ、まずは『話を聞かせて』と言ってみろ。そこから先は、その子と一緒に考えればいい」
「はい!」
私は力強く頷いた。ミレイ様の力になりたい。その気持ちは、間違いじゃない。
だったら――まずは、ミレイ様の話を聞いてみよう。




