第5話ちんすこうサイダー・3人の思い
第5話ちんすこうサイダー・3人の思い
数分で計十二本の矢を上げてきた奥は、矢を拭いて矢立に立てた後に正座をして弽を着け始めた。淡々としたその行動は、彼が勝負に本気であることを指しているようだった。
その光景が僕の心を余計に逆撫でをした。怖かった。抜いてしまうかもしれない、負けるかもしれないという考えがよぎっていた。
奥が準備を完了してから僕たち三人はもう一度的に向かった。
それから何回弓を引いたのかわからないが、僕と奥の的中が毎回同じで勝負にならずにいた。
「二人ともすごすぎー。最初の三立目までしか追いつけなかったー」
今福君が胡坐をかきながらそう呟いた。ずっと弓を引き続けていた僕たちは疲れていたので、藤井先輩と遅れて来た柏木先輩に的前を譲ったのだ。
僕たちが一息ついている中奥は、「俺はもっと引くんだ!」と言って先輩たちと共に的前に立っている。奥をよく見ると、額に汗をかいていた。流石に疲れたのだろう。
「少し自販機に行ってくる。今福君何かいる?」
僕は、左膝に手をついて立ち上がった。喉が渇いた自分と汗をかいている奥のために飲み物を買ってこようと思ったのだ。一応今福君にも確認をしたら、「んー、じゃあコーラで!」と頼まれたので「分かった」と言って道場を出た。
野球部やサッカー部が練習をしているグラウンドの横にある赤レンガの道を歩いて体育館横の自販機まで歩いた。片道三分ほどの道なのだが、疲れているのかやけに長く感じてしまった。
赤い色の自販機で最初に買ったのがコーラだった。その後に僕のオレンジジュースを買った。そして奥の分を何にしようと少し悩んだ。
「んだよこれ…」
道場に帰ってから奥に渡したのは、ちんすこうサイダーだった。悩んだ末に思い切って買ってしまったのだ。もしかしたら、奥の機嫌を損ねてしまったかもしれない。
それを見ていた三人は爆笑をしていて、今福君に限っては腹を抱えて笑っていた。
奥は、そのまま黙ってちんすこうサイダーのキャップを開けて一口飲んだ。そして眉間にしわを寄せてから僕に渡して背を向けた。突き返されてしまったと少し残念だった。
「ごめん…。変なので。これは、僕が飲むからオレンジジュースを…」
奥は、顔を少し向けて横目で僕のことを見た。
「ちげーよ。一口飲んでみろって。いらねーとは言ってねえ。貰ったもんはちゃんと貰う奥 」は、そう言って顔を戻した。奥の言葉に僕は、驚きつつもキャップを開けてちんすこうサイダーを一口流し込んだ。その瞬間、ちんすこうのほのかに甘い味のが口の中に広がるのと同時にサイダーの刺激がその甘さをありえないほどの不味さに変換していた。
僕は、黙ってそのまま今福君に渡した。
「ま、不味い…」
今福君も顔をゆがめているので不味いと思ったのだろう。そしてそのちんすこうサイダーは、奥が持って自分の弽の横に置いていた。まさか本当に貰ってくれるとは思ってもいなかったので少しうれしかった。
少し休憩をした僕たちは、もう一度的前に立ち弓を引いた。その後先生が来てから、程なくして掃除の時間となった。
「さようなら!。三人とも気を付けてね!」
藤井先輩がそう言って僕たちと逆方向に帰っていった。柏木先輩は、少しだけ頭を下げる「じゃ」と言って藤井先輩と同じ方向へ。
自転車を押す僕と奥、歩きの今福君は三人とも同じ方向らしい。僕たちは、何も言葉を発することなく歩き出した。奥もなぜか一緒に帰っているので少し怖かった。
オレンジ色の夕日が僕たちの左頬を照らす。僕の影が、奥に映っている。
誰も何も話さない沈黙が少し居心地が悪かった。
今日の練習は、結局のところいい練習だったかもしれない。今の自分に足りないものを知れたような気がする。僕には、自信が足りていないのかもしれないと思った。負けない、ここで抜かないと思えたなら怖いと思うこともなかっただろう。僕からしたら、奥はすごい人だと思う。何度でも挑戦をして、次は勝てると自信を持っているのだから。僕にあって奥にないもの、それが僕たちの実力を均衡させているのだとしたら、いつか奥に差をつけられてしまうかもしれない。出来る事なら、それだけは絶対に避けたい。
奥や今福君に大差をつけられて負けるのは、嫌だった。なぜか僕の中では、中学では思ったことのない競争心が芽生えていた。
「なあ。お前らって、チームで大会出たいとか思わねえの?」
奥がいきなりそんなことを口にした。僕と今福君は、少し戸惑いながらも自分の心に問いた。
「僕は、正直出たいかな。大和とも由来とも大会に出たい」
今福君が出した答えはそうだった。僕は、自転車のハンドルを握りながら考え続けていた。自分の射を作る中で、大会というものは過程だと思っていた。でも今は、今までと少し違うような気がしていた。
歩いていると、僕の影がさっきよりも伸びて映っていた。夕日が沈んで行っていることを教えてくれるように。
その間も僕の答えは出ずにいた。僕の答えは、あの太陽が沈み終わるまでに出るのだろうかとも思い始めた。
でも二人は、僕の答えが出るまで待ってくれていた。
「僕も出たい…。勝負に勝ちたいなんて思わなかったのに、今日の競射で二人に負けたくないって思った。それはたぶん、大会に行ってもそうだと思う。誰にも負けたくないって思うよ。だから、出たい…」
それが僕の出した答えだった。素直な気持ちをそのまま二人に話した。二人がどう受け止めたかなんて、僕にわかることはないが、初めて友達に自分の気持ちを伝えることができたような気がして嬉しかった。嬉しさもありつつだが、僕の足取りは少しだけ重たくなった。二人から一歩遅れ始めてしまった。
ただ、奥が僕の方を振り向き足を止めたのを見て、僕の足も止まった。
「そっか…。じゃあ最低でもあと二人必要だな」
「そーだねー。弓道経験者で、今何もやってない人とかがいればいいんだけどねー」
二人は、何事もなかったように歩き出した。ただの会話、単なる部活動性の会話なのだが、少し自分の中でその言葉が重いように感じていた僕とは裏腹に、二人の表情も眼差しも真っ正面から僕の言葉を受け止めてくれていた。
僕には、それが驚きと少しの迷いとなった。歩き出した二人の後を追うように、僕の足と自転車の車輪が動いた。二人の靴が「コツコツ」と同時に音を鳴らし、僕がワンテンポ遅れて音を鳴らす。
今福君の家までの途中の分かれ道で、奥が「俺、こっちだから」と言って自転車に乗って帰っていった。
奥の帰っていった方向は、結構栄えている町の方なので、意外とお坊ちゃんなのかもしれない。僕が心の中でそう思っていた時に、「お金持ちそうだよねー(笑)」と今福君が言ったので、やっぱり思うことは同じなのだろう。
それから今福君と話したのは、お互いのクラスの話だった。今福君のクラスでは、野球部とテニス部が中心となっているようだ。かという僕のクラスは、主にバスケ部が仕切っている気がするので、弓道部というのが少し端に来るのは仕方がないことなのかもしれないと思ってしまう。
弓道部にあまり皆が興味を持たないのも、目立った大会成績がないというのもあるのだろうが、元々弓道というものを知らないというのが大きいのかもしれない。弓道を知ってもらえれば、入ってみようと思ってくれる人がいるかもしれない。
「じゃ!。また明日!」
今福君の家につけば、今福君の見送りありで自転車で帰るのが今の僕のルーティンになりつつあった。
帰り着き、着替え、ご飯を食べる、風呂に入る、課題をする、読んでいる途中の小説を読む、寝る。
その日は、何もないただの一日と同じように終わった。
今回の内容は、奥の性格がなんとなくわかる内容でした。負けず嫌いであって、でも目標をしっかりと持っている人格。今後チームメイトが増えるのでしょうか?。
次回もよろしくお願いします。




