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婚約者の騎士様に放置されたので異世界で日本酒を楽しみます~本当に好きなお相手とどうぞお幸せに~  作者: 千早 朔


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間違いなく幸せだった時間

「それは……」


「三樹様は、お爺様のことをずっと気にかけていらっしゃいました。私があのお店に初めて訪れた日も、お爺様が息災だと知った今も。異質である私によくしてくださるのは、お爺様との"約束"を忘れずにいてくださったからです。それほどまでに絆を深めていながら、どうして……通うのを、やめてしまわれたのですか?」


(とうとう聞いてしまったわ)


 ドキドキと跳ねる心臓が、口から出てきそう。

 お爺様は面食らったように目を丸めたものの、ふと苦笑を浮かべて「ワシが悪いのだ」とグラスを下した。


「わかるだろう、リアナ。あの世界はワシにとって、筆舌に尽くしがたいほどに魅力的だ。……だから、駄目だったのだ」


 大きく息を吐きだして、お爺様は緩く頭を振る。


「初めはまだ良かった。時折周囲の目を盗んで店へと渡り、異世界の刺激的な文化に触れながら美味い酒と料理を楽しむ。店主もいい青年だったしの。だが次第に、あの店に通うことばかりを考えるようになった。そしてある日、気が付いてしまったのだよ。もう帰らねばとなる刻を、恨めしく思っている己に」


 おそろしいことだ、とお爺様は続け、


「ワシの大切なモノは全て、こちらの世界にある。リアナ、お前もその一人だ。だというのに、"帰りたくはない"と感じるほどに魅了されている己が怖くなった。だから通うのをやめたのだ。店主には悪いと思ったが……"あと一度"すら、怖かった」


(……お爺様にとっても、苦渋の決断だったのね)


 少し、ほっとした。

 三樹様が私にこのお酒を託すとき、カードを記すほどの時間はなかったもの。

 つまり、三樹様は既に用意して、待ち続けていたのだわ。

 いつかまたお爺様が突然と現れる日を、十年以上も。


「リアナ、すまないが店主に礼を――」


「お爺様」


 私は手を伸ばし、そっとお爺様のそれに重ねる。


「今度、一緒に三樹様のお店へ行きましょう」


「! リアナ、それは……」


「お爺様があの世界に残りたいとおっしゃっても、私が必ず連れ帰ります。三樹様は、勇気を出してくださいました。今度は、お爺様が勇気を出す番ですわ。……お礼も謝罪も、お爺様が直接お伝えください。お爺様の想いは、お爺様にしか語れません」


「リアナ……」


 お爺様は"ニホンシュ"の瓶へと視線を移し、睨むようにしてじっと見つめた。

 囁くような柔い風が、髪を揺らし通り過ぎる。


「……そうか。その通りだ」


 逞しくなったな、リアナ。

 お爺様はどこか誇らし気に瞳を細め、お酒を一口、味わいながら嚥下する。


「ワシは本当に幸運だ。こんなにもいい孫に恵まれたのだからな。故にこんなにも愛おしい、大切な孫が不幸になるのは耐えられん。リアナ、自ら切り開いた道を進みだしたお前が悩むほどに、あの男には価値があるのか? 我らがクレコ伯爵家は、婚姻を義務とは考えておらん。それはお前の両親も同じはずだ。お前が望まないというのなら、結婚などする必要もない」


「お爺様……」


「この二年で首都での生活も、貴族としての結婚についてもよく理解しただろう。その上でリアナに、この先の人生を共に歩みたいと願う相手がいるのならば。その者との縁が結ばれるよう、大いに協力しよう。ワシはお前の婆様と結婚して、本当に幸せだった。リアナの結婚も、そうであってほしいのだ。あの男への義理は、もう充分に果たした」


(……この先の人生を、フレデリック様と共に歩みたいか)


 いつだったか、またもやお爺様が他国に旅立ってしまっていた際に、お祖母様に尋ねたことがあった。

 寂しくはないの? と。

 お祖母様は穏やかに微笑んで、そっと私の頭を撫でる。


「そうね。寂しい気持ちももちろんあるけれど、私はあの人のそうした所も好きになってしまったからね。それに、一人でのんびりと過ごす時間もいいものよ。もちろん、リアナとこうしてお茶をしたり、一緒にピクニックに行ったり、楽しいことは山ほどあるもの」


「それなら……お祖母様はお爺様と結婚して、しあわせ?」


「ええ、そう。とても幸せよ」


 お祖母様は綺麗な方だったけれど、その時の笑みはなんだか可愛らしく感じて、幼い私は"結婚"に夢を膨らませた。

 堂々たる姿で空に伸びるデルフィニウムを見遣りながら、フレデリック様を思い返す。


「フレデリック様は……努力を惜しまない方です。この二年間、自身の家名や才能に驕らず、ひたむきに努力を積み重ねていらっしゃいました。邸宅の使用人が突如移り住んだ私に親切だったのも、彼の配慮のおかげです。フレデリック様が使用人に慕われているのも、フレデリック様自身が、邸宅で働く彼らへの感謝を忘れずにいるからでしょう。本当にひたむきで、誠実な方だと思います。ですが……」


 どうしても消し去れない不満に、膝上で拳を握る。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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