20. 傷モノの少年
僕には自分の心が分からない。
カウンセラーの先生は言った。
「辛いことがあったら頼りなさい」と。
辛いことがなんなのか分からなかった。
僕は今辛いのか、分からなかった。
保健室の先生は言った。
「痛かったら、いつでも来ていいのよ」と。
痛いのがなんなのか分からなかった。
僕は今痛いのか、分からなかった。
アザだらけ、傷だらけの身体。
これが普通なのだと思ってきた。
母がいないのは普通で、外に出れないのも普通で、父に殴られるのも普通だと思って生きてきた。
外に出たのは、小学生の時以来か。
僕は今、自分がどんな人間なのかもわからない。
テレビを見て、僕は『高校生』なのだと知った。
“コウコウセイ”って、なんだろうと思った。
僕はある日、またテレビを見て『死』という存在を知った。よくわからなかったけれど、いなくなるっていう意味なんだと思う。
じゃあ、僕は、いなくなりたい。
殴られるのが痛いことだとは思ったことがないけれど、何も考えずに、ただ眠っていられるのなら、そんな幸せなことはないだろう。
僕は恐る恐る外へ出た。大量の水があるところまで歩いた。
外の空気、というのを初めて感じた気がした。
黒い水だった。
今まで、こんな水は見たことがなかった。
でも、水に飛び込めば『死』ぬことができると学んだ。
きっとこれで、僕は自由になれる。
幸せになれるんだ。
僕は、そのまま水へ落ちた。苦しさは感じない。
誰かの声が、聞こえた気がした。
……目が覚めた。
目の前にはいつにも増して変な顔をしている父が座っていた。
「どうしたの?」
僕は問いかけたが、父は答えなかった。
乱暴に僕を家へ連れ戻し、力の限り腕を振り上げた。もう二度と、外へ出てはいけないと言われた。
「どうしてダメなの? 外へ出ないと、僕は『死』ぬことができないじゃない」
父はまたおかしな顔をした。
少年には痛みが分からなかった。
普通も分からなかった。
ただ、死ぬことができれば、幸せになれるのだと信じていた。
少年は、傷だらけの身体で、虚ろな瞳を窓の外に向けた。
「『死』ぬことができたら、どんなに幸せだっただろうなぁ」
あの黒い黒い海を見つめて、少年は呟いた。
「あぁ、『死』んでみたかったなぁ」




