第八話
最近、リバプールFCが逆転勝利ばかりで心臓に悪いです。面白いんですがたまにはすっきり勝って欲しい…
カルラは、初めての実戦が身近に迫り、緊張していた。眠かった頭も覚醒し、不安で、手が汗でべとべとになった。
今まで実戦に出ることなんて考えていなかった。彼女は、両親からソルジャーの話を聞かされて育ったため、いつか自分もソルジャーになろうと考えていた。だが、前線で武器を持ち、モンスターと戦うという想像こそしたが、こんなにすぐ現実になるとは思っていなかったのだ。
「平気だよ、俺がいるから」
アシドが授業の邪魔にならない程度の声で言い、肩を軽く叩いた。
「そういえば、カルラさんはどうしてソルジャーになろうとしたの?」
そう尋ねられ、カルラは記憶の糸を手繰り寄せた。
両親から話を聞き、興味を抱いただけ。たったそれだけだったし、ソルジャーとしての資格があっても、前線に立つつもりはなかった。すでに両親が財産を築いているのだから、危険な橋を渡る必要は全くない。
「興味があったから」
そう、言った。
「だよね。俺はもっと強くなりたいからソルジャーになった」
アシドは、自分のスクールでの武勲を語り始めた。
二年で特選に選ばれ、Dチームの中で常に前へ前へと突き進んだこと。
クレイヴとは初対面のときから仲が悪く、向こうが自分を恐れていること。
ゾンビナイト……甲冑を身に纏った、騎士のゾンビ……の群れと、壮絶な戦いを繰り広げたときのこと。
「あのときは死ぬかと思った。倒しても倒しても出てくるんだ。ただ、グールと違ってあいつらは本能でしか動けないから、八割は叩き斬って逃げてきた」
自慢気に話すアシドを見て、カルラは彼が頼りになると思った。彼と一緒にいれば、ゴブリンなんて平気だろう。
アシドが話を終えると、黒板を見て言った。
「おっと、授業に集中しないと」
カルラは頷きこそしたが、授業に身が入っていないらしく、ノートが真っ白だった。それに気づいたアシドは、
「寝ているといい。後で俺のノート写せばいいよ」
「うん……。ありがとう」
カルラは微笑むと、机に突っ伏して小さな寝息を立て始めた。
リシータとノルは、自室で資料を広げていた。
ノルは考え事をしているのか、それともじっと資料を見ているのかわからないが、リシータは前者のようだ。低く唸ったり、資料を目の前に近づけたり、なぜか遠ざけたりしている。
「ねえ、Aチームに頼んで、弟君とカルラちゃんを交換してもらえば? あそこって男ばっかりでしょ?」
リシータが冗談っぽく呟いた。
「無理よ。シンゲル弟は、アシドに匹敵する力があるわ」
「んむぅ〜。それにしても、最初はすごいと思ったんだけどなあ」
「何が?」
ノルが資料から視線を上げ、リシータを見る。彼女は資料に目を落としたまま、ノルの質問に答え始めた。
「ほら、初めてなのにクレイヴの能力を見破ったってこと。あたしは最初、ぜんっぜんわからなかったのに」
「当然よ。シンゲル家なら」
「そうなんだよねぇ……。少し彼女に希望を見出せたんだけど」
シンゲル家は、代々受け継がれている眼がある。その一族の片目、または両目には、魔力を『見ることができる』力が備わっているのだ。その結果、魔力で作られたもう一人のクレイヴがはっきりとわかり、カルラは偽者だと感づくことができた。
つまり、カルラ・シンゲル自体には、何の能力もないということになる。
「カルラは特殊能力を身につけるつもりもなければ、機会もなかったのね。幸せな家庭に育ったお嬢様だもの」
額に片手をあて、ノルはため息をつく。だからこそ、特選という肩書きにもかかわらず、初心者がやりそうなゴブリン退治の依頼を受けたのだ。
「せめてDチームが全員揃っていればねえ……」
と、リシータがここにはいないチームのメンバーを思い浮かべ始めた。しかしノルは、ないものに頼るようなことはせず、ベストを尽くそうと資料を読む。
資料は、カルラ・シンゲルについてのものだ。
「絵が得意らしいわ」
「乙女だねぇ」
「……仕方ない。カルラのことはアシドが面倒を見ることにして、私たち三人で万事対応しましょう」
「ねえ、クレイヴは抜いてよかったの?」
戦力に不安があるなら、主力の一角を担うクレイヴを同行させないのはおかしい、とリシータは思っていた。ノルにはノルの考えがあるのだろうし、クレイヴもゴブリン退治より優先したいことがあるのだろう。
ノルは少し黙っていたが、諦めたように口を開く。
「理由は二つ。一つ、明後日はナサリーの家でクレイヴがお手伝いをする日。二つ、カルラがきてから、アシドとクレイヴの仲が一段階悪化したから、遠ざけておきたいの」
「前半はともかく、後半の理由は納得」
リシータも同意を示した。
アシドは本気でカルラのことが好きらしい。彼は女性に対してかなり態度を変える人間だが、本人はまったく気づいていない。
さらに、クレイヴがカルラを邪魔者のごとく扱い、下に見ていることで、好意を持つアシドとぶつかっているのだ。それ以前から、二人はあまり仲が良いとはいえなかった。
「正直言うと、表にこそ出していないけど、あたしはクレイヴ寄りかなあ……」
「アシドは冷静に物事が見れていないわ。クレイヴは逆に冷めすぎて敏感になってる」
結局、現状維持で物事を進めるしかないようだ。
二人は資料を片付けると、疲れた身体を癒すために温泉に温泉へと向かうことにした。
講義を休むのも、時には息抜きに使えるのだ。