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第六話

 ロイが老人から話を聞き終えたとき、もう夕暮れ時になっていた。老人の話が長かったのだろうが、ロイはそうとは感じていなかった。ほんの数十分程度のことに思えていたのだ。

 クレイヴの印象が変わっていた。自分勝手で、唯我独尊で、自信家で。決して他人のために動くような人間ではないと思っていたが、ナサリーとの話を聞き、それが誤ったものだと感じた。

 少なくとも、クレイヴはナサリーのために自分の身を危険に晒した。

(きっと、ノルさんはこうなることがわかっていたんだろうな)

 ロイは老人の話を思い返してみる。

 クレイヴとナサリーはすぐに親しくなった。もともとナサリーは外交的な少女で、気持ちが落ち着けば普段と変わらない接し方ができていたらしい。

 だが、両親を目の前で殺され、そのビジョンがしばしば目の前に現れることがある。その結果、錯乱状態に陥ってしまう。そうなってしまうとナサリーは、自分が本当に信頼できる人間が側に来ない限り、気持ちを落ち着かせることができなかったらしい。

 ノルは、彼女のビジョンを止めることができる数少ない人間だった。そして、後にクレイヴも。

 クレイヴにいたっては、その元凶となったマンティコアをたった一人で退治し、それ以来、ナサリーの錯乱は激減した。今でも夢に見ることがあったり、突発的にビジョンが現れることがあるが、それでも、ゆっくりだが自力で解決できるようになったらしい。まだ安心はできないが、とりあえず一人でも生きていけるようになった、と。

 ロイはクレイヴがいるであろう雑貨屋の前を通った。店は『OPEN』の札が下がっていたが、中から声は聞こえてこない。しかし扉を覗き見して、二人が椅子に座ってお茶を飲んでいるのは見えた。

 邪魔しようとは思わなかった。

 ロイは引き返し、村を出て、スクールに戻る。

 クレイヴのトレーニングに関することを聞けなかったが、寮生活での初めての夜は、ぐっすりと眠ることができそうだった。




 部屋割りは一部屋に二人だった。

 一年生二人は、異性同士にもかかわらず同室で、ロイもカルラも戸惑ったが、一人一部屋を提供するのは不平等だと思ったので、結局はこのままの部屋割りになった。

 寮の一室は、案外広いものだった。バス、トイレは完備され、寝室と小さなキッチンがある。個人の部屋がないことが悔やまれるが、カルラとロイはある提案をしていた。

 カルラの着替えに遭遇するハプニングは避けたいので、鍵がかかっているときにロイが中に入ってはいけない、というものだ。もちろん鍵はカルラが持ち、予備の鍵はノルが確保している。

 つまり、ロイは一人で部屋に入ることができない。

 アシドもその案を肯定していたので、カルラは安心したようだ。

「もし襲われたら、大声だしなよ。俺がすぐに助けに行くから」

 別れ際、アシドがカルラに対して言うと、彼女は頷いた。

 ロイは少しショックだったが、ノルが口を挟む。

「襲われた程度で逃げられないなら、ソルジャーになれないわよ。少なくとも襲った相手は命を狙っているわけじゃないんだから。もっとも、男の方も逃げられるようじゃ、ソルジャーにはなれないわね」

 静かな口調で大胆な発言をし、横で笑うリシータと肩を並べて部屋に入って行った。

 そうなると、アシドと同室なのはここにいないクレイヴということになる。もちろん今日遭遇していないDチームの誰かという可能性もあったが、ロイはそう思った。そういえば、クレイヴは一向に帰ってくる気配がないだが、誰も心配していない。

「クレイヴ先輩は?」

 気になったので、アシドに訊いてみる。アシドは不機嫌な表情を浮かべ、

「ああ、どうせ女の家に行ってるよ。よく帰ってこないんだ」

 その女というのは、ナサリーのことだろう。

 ロイは曖昧に頷くと、さっさと部屋に入ろうとした。しかし、肝心のカルラがアシドの話に興味を持ったため、部屋に入ることができないでいた。

「クレイヴとその女性は、やっぱり恋人?」

 気がつくと、カルラはクレイヴを呼び捨てにしていた。年齢的には彼女が上だが、学年や経験では明らかに劣っている。

 アシドに影響されたのだろう、とロイは推測したが、そんなことより早く部屋で眠ってしまいたかった。

「恋人っていうよりも、クレイヴが一方的に恩を売って、断りにくい状況にしているね」

 ロイは気づいていた。アシドがカルラや女性と話すとき、口調が穏やかになることに。そしてカルラには、クレイヴを悪く見せるような言動が多いことにも。

 クレイヴの隠れた一面を知ったロイにとって、面白いことではなかった。

「アシド先輩、俺は今日村に行ったんですが、そのとき……」

「ちょっと待てよ、今カルラさんと話してんだろ」

 アシドは話を中断されたことに不満を持ったようだ。

 上級生に逆らうと後々やっていくのに都合が悪い、とロイは考えた。そこでカルラに話を振り、さっさと退散しようと思った。鍵を受け取れば、部屋に入って寝ることができる。

「あのさ、カルラさん……」

「だから今話してんだろ。緊急の用?」

「緊急ですよ。鍵がないと部屋に入れませんから」

 愛想笑いを浮かべつつ、内心は怒りに満ちていた。女性と同性に対する言葉遣い、態度が明らかに違う。カルラは可愛い女の子だし、気持ちはわかるが、ここまで落差が激しいと、逆に呆れてしまう。

(それに、今はあんたに話を振ったわけじゃないだろ)

 ロイは、クレイヴがアシドを下に見ている気持ちがわかった気がした。

「ああ、ごめんね。じゃあ行こうか」

 カルラは途中で話を切り上げ、ロイと一緒に部屋へ行こうとした。すると、

「鍵だけ渡せば?」

 どうやら、アシドはカルラと話し足りないようだ。

 カルラは悩み、少しして鍵を手にしてロイに渡すと、すぐに話を再開した。

「鍵は閉めないから。おやすみ」

 そういって、ロイは部屋に入ると、軽い服に着替えてベッドにもぐりこんだ。


 その夜、突然アシドがやってきて、部屋の明かりをつけてロイをたたき起こした。

「部屋から出て」

 寝ぼけた頭でそういわれ、意味を解釈しようにも身体も動かず、ロイは布団を被って拒絶した。だが、アシドが無理矢理布団を剥ぎ取り、ベッドから引き摺り下ろすと、脳が覚醒してしまった。

「何すんですか!」

「何すんですか、じゃない。カルラさんが着替えるから、部屋から出ろ」

 部屋にかかっている時計を見ると、日付が変わった直後だった。

 ロイは苛立ちつつ、気まずそうにして立っているカルラを見て、苦笑した。

「あー、はいはい。出ますよ、出ますよ」

 だが、苛立ちは隠しきれていなかった。寝ている人間を起こすことを容認するカルラに対しても、それを実行に移すアシドに対しても。

 部屋から出る背後で、アシドの舌打ちが聞こえた。苛立ちを感づかれたのだろう。だが、別に謝ろうとも思わなかったし、取り繕うことさえしなかった。

 脳が覚醒してしまい、ロイは寝付けないだろうと感じ始めていた。初日の授業から、眠い頭を奮い立たせ、挑まなければならない。

 気が滅入りそうだった。



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