幕間 イズ・シーディア①
「ううむ、どうするかな、これ」
カーナ連合王国の首都ベルリーズにある宿の一室で、俺は先刻から首をひねっていた。
視線の先にはテーブルの上に乗ったやたらと頑丈そうな木箱がある。さきほどカーナ連合の使者が置いていったもので、中には五千枚の銀貨が詰まっていた。
十日前、ギール山道を無事に抜けた報酬としてポポロから受け取った金額は銀貨二十枚。前金として銀貨十枚を受け取っていたから、あわせて銀貨三十枚が全報酬だった。
命がけの仕事の結果として得たのが銀貨三十枚。それを考えれば、銀貨五千枚の価値もだいたいわかってもらえるだろう。
カーナ連合王国が俺にこんな大金を与えたのは、もちろん先日の魔物退治が理由なのだが、そこには政治的な事情――歯に衣着せずにいえば口止め料が含まれている。
どういうことか、というと。
ギール山道でイズとフレアの二人と別れた俺は、その足で山道をくだり、途中でポポロと合流してベルリーズへとやってきた。
その後、ポポロを通じて教会やら評議会やらに山道での出来事を報告し、これもポポロの紹介で今の宿屋を紹介してもらって腰を落ちつけた。
ポポロの知り合いだという病気の少女も、雪下草のおかげでずいぶんと体調が良くなったそうで、今回の一件、俺としてはまずまず満足できる結果に終わったといえる。
ただし、それはあくまで俺個人にかぎっての話で、ランゴバルド王国とカーナ連合王国を取り巻く状況はゆるやかに悪化しつつあった。
その最たる原因は、ギール山道にいるはずの「親グモ」がいつまで経っても発見されなかったことである。イズやフレア、それに後から合流した教団の手勢がかなり念入りに山道を捜索したそうだが、俺が遭遇した一匹を除き、魔物の「ま」の字も見つからなかったそうだ。
魔物がいなくなったのならめでたしめでたし――という具合にはならない。
特に討伐で多大な被害を出したランゴバルド王国は、シルル教団が「魔物は姿を消した」と報告しても納得することはないだろう。国の威信をかけてギール山道を捜索し続けるはずだ。
そうなれば山道には大量のランゴバルド兵がうろつくことになる。
もともとランゴバルドとカーナ連合がたびたび衝突を起こしていた場所である。そこに大量の兵士を投入すれば、相手との間に摩擦が生じるのは確実だった。
魔物討伐を理由にランゴバルド側が砦でもたてた日には、人間同士の戦争に発展する恐れさえある。
それは避けたい、とシルル教団は考えた。カーナ連合も同様である。ランゴバルド王国はシルリス大陸最大の国家のひとつ、本格的な衝突になればカーナ側の勝ち目は薄い。
この状況で教団や連合政府が出した答えは「魔物がいないのはすでに討伐されたから」――すなわち、俺が倒したあの大グモこそすべての元凶、討伐隊を蹴散らした魔物であった、というものだった。
『必要なのは魔物が討たれたという事実のみ。余計な推測はこのさい害悪である』
ベルリーズの評議会に呼び出された際に聞かされた台詞である。
戦乱を避けるためのやむをえない措置……というべきだろう。たぶん。
数多ある疑問点は些細なこととして片付けられ、魔物が討伐されたという『事実』は確定した。
あとはその『事実』にしたがって状況を整えていくだけだ。
結果、俺は勇者イズのパーティの一員として、恐るべき魔物を打ち破った勇敢なる戦士にまつりあげられ、銀貨五千枚の報酬を得たという次第である。
◆◆
「ああ、テオじゃないか。ちょうどいいところにきたねぇ」
報酬の使い道を考えるのは後回しにして、とりあえず腹ごしらえをすべく階下に降りていく。
そのとたん、自分の名が耳に飛び込んできたので、そちらに視線を向ける。
どこかあだっぽさを感じさせる女性の声は、この宿の主人であるマルガのものだった。
宿の主人といったが、正確には「宿屋の経営を含めた複数の商いを手がけるマルガ商会の女主人」である。
この宿屋の一階、昼間は食堂、夜は酒場となっているのだが、もう一つ別の顔も持っている。マルガ商会は人材派遣や仲介業も手がけており、この店には庭の雑草取りから魔物退治まで様々な仕事の依頼が舞い込んでくる。
また、そういった依頼を目的とした傭兵や冒険者も多く集まっている。
いってみれば、ここは冒険者ギルドのようなものであった。
ベルリーズはもともと自由交易を謳う都市国家だった歴史を持ち、連合王国の首都になってからもかつての気風は失われていない。
海千山千の商人がひしめきあうこの首都において、女手一つで成り上がったマルガの人脈と能力は連合政府の要人さえ一目置くほどであるという。
見た目は三十代後半の有閑マダムといったところだが、実年齢は間違いなくもっと上だと俺は睨んでいる――もちろん、絶対に口には出さないが。
「……んん、何か妙なことを考えてないかい?」
「いえ決してそのようなことはございません」
じろりとマルガに睨まれた俺は、平静を装って話を先に進めた。
「それで、ちょうどいいところにきたというのは?」
「あんたに客だよ。ほら、あそこだ」
そういってマルガは隅にあるテーブルを指し示す。
そこには一人の黒髪の少女が座っていた。ぴしっと背筋を伸ばし、背もたれに身体をつけていない。姿勢ただしく椅子に腰かけている様は、まるで良家の令嬢のようである。
むろんというべきか、まったく心当たりがない。この国にやってきてまだ十日たらず、しかも事情が事情だったので外出も制限されていて、知り合いを増やすような暇もなかった。できた知り合いといえば、マルガやこの店の店員たちくらいのものである。
その俺をたずねてくるご令嬢とはいったい何者ぞ――と、そこまで考えたとき、向こうも俺に気づいたらしく、緊張した面持ちで立ち上がった。
「おお」
ぺこりと頭をさげる相手を見て、思わずぽんと手を叩く。
スカートなんて履いているのでまったく気づかなかったが、客人は先日ギール山道で出会ったシルル教団の勇者イズ・シーディアであった。
「今日はお詫びにまいりました」
かたい表情でイズが発した第一声に、俺ははてと首をかしげた。
「お詫び、ですか?」
「はい。貴殿の手柄を横取りしてしまったことのお詫びです」
「……ああ、そういうことですか」
相手の言わんとすることを察した俺はあいまいにうなずいた。
前述したように、山道の魔物はイズとフレア、そして俺が退治したことになった。実際には俺が瀕死の状態まで追いつめ、イズがとどめを刺したのだが、正式な発表では魔物討伐で活躍したのはイズであり、俺はフレアと共にその手助けをしたというにとどまっている。
つまり、シルル教団は俺の功績をイズのものとして公表したのだ。
イズが横取りと表現したのは、これを指してのことだろう。
いかにも真面目そうなイズの顔を見て、俺はがしがしと頭をかく。
教団が俺の手柄をイズの功績として発表したのは事実である。が、これについて俺が同意したのも事実だったりする。
ようするに俺は手柄を奪われたのではなく、譲ったのだ。五千枚の銀貨はその対価。
俺がこの街に来たのは花嫁をさがすためであり、もっといえばそのための資金稼ぎをするためだ。金で手柄を譲れ、という教団やカーナ連合の要求は俺にとって渡りに船といってよかった。
――まあ、本当はそれ以外にも色々あるんだが。
こっそりとそんなことを考える。
たとえば今後、再び親グモが現れる可能性はゼロではない。
そうなった場合、今回の魔物討伐はいったいなんだったのか、という非難の声は必ずあがる。名声欲しさに嘘の報告をしたに違いないと非難された場合、それを言い解く術が俺にはない。
高いところにいる人間ほど転落したときのダメージは大きいもの。
親グモの存在を確信している俺は、イズに手柄を譲ることでそのリスクを避けたのである。
もちろん、討伐に名を連ねた以上は俺も無傷ではいられないだろうが、しょせんは勇者の添え物だ。五千枚の銀貨と引き換えと思えば、多少の罵声など聞き流せる。
他にも教団や連合王国との伝手がつくれるというメリットもある。
ようするに、俺は十分に利害を考慮し、納得した上で手柄を譲ったわけだ。
ところが、イズはこのあたりの事情をまったく伝えられていないらしい。
わざわざこうして謝罪に出向き、横取りという表現を用いて頭を下げてきたのは、結果だけを伝えられ、それにともなう俺とのやり取りを聞かされていないからだろう。
もしかしたらこの少女、教団内部で疎まれているのかもしれない。
若い――若すぎる勇者。組織の中で色々と難しい立場に置かれていることは容易に察せられる。
そうなると、俺の功績をイズに付与した教団の行動に、また違った思惑が見え隠れしてくる。
俺の推測どおり再び親グモが山道に現れた場合、勇者イズの名声は間違いなく失墜する。それは教団内部にいる誰かにとって望むところなのかもしれない。
何の根拠もない憶測だが、それほど的を外してはいないような気がした。
とつおいつ考えるに、一連の出来事でもっとも貧乏くじを引いたのは間違いなくイズだろう。
その少女からごめんなさいと頭を下げられることの居心地の悪さときたら!
思わず、こちらこそごめんなさい、と頭をさげそうになってしまったよ。
「ボクがギール山道から帰って来たときには、もう全部決まってしまっていて……」
自分の力では状況を覆せなかった、とうつむくイズに、俺はやや早口で応じた。
「気にする必要はないさ――ではない、ありませんよ、勇者殿。報酬は十分以上のものをいただきましたし、討伐メンバーの一人には数えられていますからね。富と名声を求めてやってきた身としては十分すぎるほどの報酬です」
むしろこれ以上を望んだらバチがあたる、とおどけてみせると、イズは戸惑ったように目を瞬かせた。
「そう、なのですか?」
「そうなのです。どうしても気になるというのであれば、今後、俺の手に負えない魔物を退治するときに手を貸してくださると助かります」
「魔物退治……それはもちろん、喜んで協力させてもらいますけど。あの、テオ殿は冒険者なのでしょうか?」
富と名声を求めることと魔物退治を結びつけるためには、冒険者という答えが一番しっくりくる。イズの言葉は問いかけというよりも確認のためのものだった。
俺としてはうなずくだけでもよかったのだが、眼前の勇者の人となりに好意を抱きつつあった俺は、素直に旅の目的を話してみることにした。
シルル教団の勇者が花嫁令に対してどういう反応を示すのか、それが気になったという理由もある。
「話せば長くなるので端的にいいますと、花嫁さがしです」
「はなよめ……? えっと、それはあの、お嫁さんを意味する花嫁で合ってますか?」
目をぱちくりとさせるイズに、俺は大きくうなずいてみせる。
「まさしくその花嫁です」
そう言って、ここにいたるまでの経緯を簡単に説明する。
結論からいえば、イズは驚きこそしたものの、俺に対して悪感情を抱いた様子はなかった。腕組みをしてなにやら考えこんでいる。
……まったく関係ないが、イズが腕を組むと形の良い胸元が強調されて、すげえ目の毒です。鎧を着ているときは気づかなかったが、勇者殿、けっこうスタイルいいんだな。
「花嫁令のこと、ボクも噂には聞いていましたが、本当のことだったんですね。アレス王は何を考えていらっしゃるんだろう……?」
「それは俺も知りた――げふんげふん、失礼、私も是非とも知りたいところです」
妙なことを考えていたせいで言葉が崩れた。
慌ててとりつくろう俺を見てイズがくすりと微笑む。
「無理に丁寧な言葉で話す必要はありませんよ。たぶんボクの方が年下ですし、その、正直、そちらにかしこまられてしまうと、こっちもかしこまらないといけないので、できればもっと気楽にお話ししてほしいです」
「……ならお言葉に甘えるか。俺もこっちの方がしゃべりやすい」
「そうしてくれれば、ボクも嬉しいな」
そう言ってにぱっと笑うイズ。
いかにも楽しげな、こちらも自然と笑みを誘われるような爽やかな笑顔だった。
◆◆
俺たちが暮らしている大陸の名前をシルリスという。
これは女神シルルのつくりたまいし安寧の地、というほどの意味だ。
ここでいう「つくった」というのは文字通りの意味で、解放暦以前、ガルカムウ山脈の南側に大地はなかったとされている。
もっといえば、ガルカムウ山脈すら存在しなかった。人間や亜人は魔人の奴隷として、恐怖に苛まれながら魔人領域で細々と生をつないでいたらしい。
そんな永久の隷属に喘いでいた者たちに救いの手を差し伸べたのが、女神シルルと八柱の戦神たちである。
女神たちは魔人領域の南に広大な大地をつくりあげ、そこに多くの生き物を逃がした。そして、その地を魔人の侵略から守るべく、大地を隆起させて自然の防壁をつくりあげた。これが現在のガルカムウ山脈である――というのがシルル教団の綴る大陸史序章の概要である。
この後も物語は延々と続くのだが、長いのでカット。
ようするに、俺たちは女神シルルのおかげでこの地に生きていられるのであり、そんな女神さまに感謝し、崇め奉りましょうというのがシルル教の教義であった。
この教団とウィンディア王国の間には小さからざる溝がある。
言うまでもなく、その原因はアスティア様にあった。
女神シルルを崇める教団と、戦神アスティアを崇拝する王国。しかも教団の方は、戦神を女神の配下と位置づけている。
それはまあ溝のひとつやふたつできるよね、という両者の立ち位置であった。
ことわっておくと、別に敵対しているわけではない。
陛下もアスティア様もシルル教団の布教活動は認めているので、ウィンディア領内には教会がいくつも建てられている。
だが、ウィンディア王国内では、他国に比べてシルル教団の権威が低いのも否定できない事実であった。
遠い過去、安寧の地をつくって滅びた女神(を崇める集団)と、今現在、自分たちを守るために戦い続けている戦神。ウィンディアの住民の多くは崇める対象として後者を選ぶ。
アスティア様には自らを信仰の対象に据える意思がないため、公的機関として『アスティア教団』が設立されることはなかったが、仮に設立されたとすれば、ウィンディア国内における勢力は確実にシルル教団をしのいだであろう。
そして、おそらく国外でも似たような状況になる、というのが多くの人々の認識であった。
八年前、これまで人類がただの一度も防ぐことができなかった魔人たちの大侵攻を防ぎとめた功績は、いまだに陰ることなく圧倒的な光輝を放ち続けている。
他方、当時のシルル教団は教皇選挙でごたついており、大陸最南端のエンテルキア聖教国からほとんど動かなかった。
それだけが原因ということもないだろうが、近年シルル教団の権威は衰えつつあり、そのことに危惧を抱く教団関係者は少なくないという。
そして――
「その焦りが度重なる廃都への遠征につながっている、とボクは思うんだよ!」
ドタン、とやや乱暴に酒盃がテーブルの上に戻される。
酒盃の主はイズであり、その動作と寸前の言葉を聞くだけで、勇者が現在の教団に対して小さからざる不満を抱いていることがうかがえる。
もっとも、はや空になった酒盃と、これまた空になりつつあるブドウ酒の瓶を見れば、不満の何割かは酒精の勢いに押されて生じたものであろうけれど。
シルリス大陸での一般的な成人年齢は十三歳であり、そこから酒も結婚も解禁される。
イズは間違いなく成人年齢に達している上、ブドウ酒はシルル教団が飲むことを許している酒だから、どれだけ早く空けようともイズの自由である――自由であるのだが、それにしても少しピッチが早いんじゃないかなー、と俺には思えた。
……念のために言っておくが、酔わせてどうこうしようという不埒な考えは抱いていない。その証拠に、俺はただの一度もイズに酒盃を勧めていない。まあ、止めもしなかったけど。
意外に酒好きなのかしら、などと思いつつ、俺は自分用に確保しておいた火酒を口に含む。ウィンディア産の強烈なヤツで、はじめて戦地で部隊の人間に飲まされたときは死ぬかと思ったもんだが、今やこれでないと酒を飲んだ気がしない。
酒精が喉を焼く感覚に目を細めつつ、ちらと店の外に視線を向ければ日はとうに落ちている。俺はイズの話に相づちを打ちながら、今日一日の出来事を思い返した。
昼間、イズと打ち解けた俺はこの街やカーナ連合王国のことを訊ね、イズの方はアスティア様やウィンディア王国のことを聞きたがった。シルル教団のことを訊ねなかった配慮は褒められてもいいのではなかろーか。
その後、教会の訓練場に足を運んで木剣による手合わせを行ったのはイズの提案による。なんでもギール山道での俺の戦いぶりを見て、思うところがあったらしい。
互いに興が乗ってしまい、汗をかくこと数時間。気が付けば日が暮れていた。
稽古に付き合ってもらったお礼にイズが夕食をご馳走してくれるというので、俺は喜んで申し出に応じ、こうして二人してマルガの店に戻ってきたのである。
遠慮しないでいいからね、というイズの言葉に甘え、ちょっとお高い火酒を頼んだのは他意あってのことではない。
ボクだけ素面なのも何だから、とイズがブドウ酒を注文したことを止めなかったのも俺の非にはあたるまい。
結果、ブドウ酒の瓶を早々に空にし、頬を赤らめながら、教団の行き過ぎた成果主義に苦言を呈する勇者さまが俺の前に座っている、というのが今にいたる顛末である。
「遠征だけじゃないんだ。今回の魔物退治もそうなんだけど、最近の教団は国の利害に関わることに首を突っ込んでばかりでね。本来、ボクたち教会騎士は、国の助けが得られない人たちにこそ尽くすべきなんだ。あ、もちろん魔物退治自体はみんなのためになることだから、そこに文句があるわけじゃないんだよ? ただ、その、なんていうのかなあ……」
「ふむ。結果として国の助けが届かない人たちのためになってはいるが、それは本当に結果だけ。教団が目を向けているのは彼らではなく、王とか大臣とか、偉い人たちばかり。そこがしっくりこない、ということか?」
「そう! それだよ、それ!」
えたりとばかりに、こくこくこく、と高速でうなずくイズ。
そこからもイズは長々と語り続けた。
アスティア様の存在を脅威に感じているシルル教団。それらを理由として過度に行動的になっている教団組織。
名声や手柄欲しさの行動であっても、結果として人々に益するならば、それは非難されるべきことではないのだろう。だが、それでもこのままでいいのだろうか、という疑念はわだかまるばかりなのだ――イズはそう語った。
無理な行動の影響は、実戦力たる教会騎士団にも色濃くあらわれている。
今回の魔物退治でイズが名乗りをあげたのは、他の教会騎士たちが先の遠征で疲弊していたから、という理由もあったらしい。
「猊下(ベルリーズのシルル教会最高位である枢機卿のこと)は廃都さえ浄化できればメルキト河以南の魔物を一掃できるし、そうなれば教団の威光も取り戻せると仰っているんだ。それはそのとおりだと思うんだけど――」
「それは浄化できればの話、だな」
「そうなんだよねぇ……」
そういって物憂げにため息を吐いたイズが新たなブドウ酒を注文する。
俺は火酒でちびちびと唇を湿らせつつ、そんなイズを見ていた。
先刻から俺は相手の言葉に相づちを打つだけにとどめている。それは眼前の少女が俺に求めているのが対策ではないことが明らかだったからである。
これは酔っ払いの愚痴だ。そして、愚痴に正論を返したところで誰も幸せになれないのは世の真理。
正直なところ、いかに酔っているとはいえ、名の知られた教会騎士が会って間もない人間にここまで赤裸々な物言いをするのは意外だったが、きっと普段から色々と溜め込んでいたのだろう。
シルル教団とは無関係な俺だからこそ内心を吐露しやすい、ということもあったかもしれない。
……まあ、それらを考慮してもここまでのイズの態度は無用心のそしりを免れないと思うが、俺が密告などする人間ではないと信じてもらえたと思えば、嬉しくないわけではなかった。
実はイズは見かけよりも狸であり、酔っているフリをして教会の秘事を流し、俺がどういう反応を見せるか観察している、という可能性もないではない。
だが――
「そうだ! 昼間の稽古のことで一つ聞きたいことがあったんだ!」
「ん、どした?」
また何か話のタネを見つけたらしいイズが勢いこんで口を開く。その目は酒精に染められながらも、恐れ気もなくまっすぐに俺を見据えている。後ろ暗いことなど何もない、まっとうな人間の眼差しだ。
――うん、実は酔っているフリをしているんじゃないかとか、明らかに考えすぎですね。どう見ても腹芸をするタイプじゃないわ、この子。単純に酔っ払って口が軽くなっているんだろう。
内心で苦笑しつつ、俺は興味をおぼえた体を装ってイズの話を傾聴する姿勢をとる。
そんな俺を見て、イズは嬉しそうな顔で稽古で気になったことを語りはじめた……




