1 出会い ~幽霊と一緒に心霊スポット巡り?~
季節は夏。
夜の帳はすっかり下りきっている。
閑静な住宅街の一角に建てられた、とある高等学校。
敷地内には、一人の少年の姿があった。
無断で侵入し、夜闇に紛れ込むようにして忍んでいる少年を、冷たい風が優しく包み込む。
「夏の風物詩といえばやっぱ、怪談だよな~」
そう誰に聞かせるでもなく、一人ボソッと呟いた少年の名は、純一。
この街に暮らす、ごく普通の怪談好きの高校生だ。
「夜はやっぱ良いよね~。涼しいし、静かだし」
純一は周囲の状況を確かめながら足を止め、雲が散った空を見上げる。
「絶好の心霊スポット巡り日、だな」
純一は怖いモノに目がない。おまけに霊感も、まったくと言って良いほどない。
そんな純一だからこそ、普段人が立ち寄らないような場所でも、平気な顔で足を踏み入れてしまう。
「おお~。ここか! 例の幽霊が出るって噂の旧校舎は!」
キラキラと輝かせた瞳を向ける先には、『KEEP OUT』と書かれた黄色いテープ。そしてさらに奥には月明りに照らされ校舎が不気味に聳え立っていた。
絶対に足を踏み入れてはいけない。
ここに入れば、二度と戻ってくることは出来ない。
そんな伝説も納得出来る程、その姿は不気味であった。
しかし霊感のない純一は、その雰囲気すら楽しんでいた。
躊躇いもせず、テープを潜り校舎へと歩いて行った。
コツ コツ コツ
純一のものとは異なる足音。
警戒心もない純一は気付かないが、”それ”はもう後ろにいたのであった。
帰れ。そう促しているのか。
それとも助けを求めているのか。
ただ、純一の後ろにピッタリ着いていた。
「幽霊、出て来てくれないかな」
そんなことを呟き、遂に純一は校舎に足を踏み入れてしまう。
長年放置されていた為、校舎内は酷く汚れていた。
埃だらけだし、蜘蛛の巣だってそこら中にあった。
「げ、汚いな。まあ、いい感じじゃん。今度こそ会えるかも、幽霊」
まだ何にも気付かない純一は、暢気にもそんなことを言っている。
懐中電灯を持つ手も、震えている様子などなかった。
「幽霊さ~ん。出っておいで~」
純一は不謹慎極まりない歌を口ずさみながら、懐中電灯片手に奥へ奥へと向かって歩みを進めている。
罰当たりも良いところだった。
当然のことながら背後にいる“それ”が、何かしらの反応を返さないわけがない。
純一の肩を、トントンと二度叩いた。
「う~ん。「出っておいで~」な~んて言って出てくるような幽霊は、流石にいないか~」
肩を叩かれていることにも気が付かず、肩を竦ませながら軽くため息を吐く。
霊感が全くといっても良いほどない純一には、どうやら気が付かないらしい。
「あの……。もしもし~? 聞こえてますか~?」
背後で微かな声が聞こえる。もちろん、純一に対して掛けている。
「一度くらいは見てみたいものだよな~。――っと、ここなんか絶対いそうじゃないか!」
せっかく“それ”の方から声を掛けて来てくれているというのに、純一といったら『生物室』と書かれた教室の扉を、何の躊躇いもなく開けていた。
「幽霊さん幽霊さん、どこにいるの? いるんだったら、出ておいで~♪」
楽しそうに歌いながら、純一は室内を覗き込む。
「そんな歌、本当に幽霊さんが出て来ちゃったらどうするんですか?」
このままでは気付いて貰えない。
そう悟った彼女は、遂に姿を現したのだった。
純一は幽霊を見ることが出来ない。全く、ほんの少しも……。
だから彼女は幽霊でなくなった。
人間として、純一を追い帰そうと考えたのだ。
彼女がそこまでするのには、ある理由があった。
絶対に知られたくない秘密があったからだ。
「うわおっ! きみ、どうしてこんなところに」
いくら霊感がないとはいえ、相手が人間ならばさすがに気付く。
そこに現れた彼女に対し、純一は素直に驚いたのであった。
その反応に、彼女は少し喜んでいた。幽霊としては、人間に驚いて貰えることが嬉しいのだ。
しかし直ぐに自分の目的を思い出し、正気に戻る。
「ここにあなたが入って行くのを見たからです。立ち入り禁止なんですけど、知りませんでしたか?」
「もちろん、知ってて入って来てるんだけど?」
さも当然と言いたげな顔で返す純一。
「ならどうして無断で入ってくるんですか?」
「幽霊がいるかも知れないって噂を聞いちゃったからね。これはもう来るしかないでしょ! ――えっ? ってことはもしかして、きみもそれを確かめるためにわざわざここへ?」
途端に純一は、キラキラとした瞳を彼女へと向ける。
「違います」
「そうなのか……。--じゃあさ! ここで会ったのも何かの縁だし、一緒に幽霊、探さない?」
落ち込んでいますといった態度から一変、幽霊相手に心霊スポット巡りを申し出る純一。
「え、えっと、それはちょっと……」
「もしかして怖いの苦手?」
「いえ、そういうわけではなくてですね……」
人間の姿となって出てきてしまったことにより、私は幽霊ですと、より一層真実を明かしづらくなってしまっていた。
「時間ならそんなに掛けるつもりはないから心配要らないよ? さっと一周するだけだから!」
これは相当な重症だ。そう簡単には助からないかもしれない。
彼女はそう感じていた。
しかしこの程度で諦めはしなかった。
「それが終わったら、幽霊のことは諦めてくれますか?」
ここまで来たら引き返せない。付き合ってやるっ!
そう思い彼女はそんなことを言った。
自分でも可笑しいと感じていた。
幽霊である自分が、心霊スポットを巡るなんて……。
「んー、まあどこにもいなかったらね。でも噂を聞いたらまた来ちゃうかも」
信じられない。幽霊なんている訳ない。
そんな純一の思いが表情に現れていた。
「どうしてそこまでして、幽霊を探しているんですか? 人間は幽霊を恐れると聞きます」
彼女は疑問をそのまま口にしてしまった。
そしてその疑問は、純一にも疑問を生むのであった。
「理由は、……聞かないでくれると嬉しいかな。てか、人間はって?」
その純一の問い掛けで、彼女はやっと自分の失言に気付く。
だから誤魔化すという選択肢を取った。
「聞かないで欲しい理由なんですか? 分かりました」
彼女は納得したように頷いた。
「では行きましょうか! あまり遅くなるわけにはいきませんので!」
これ以上会話を重ねて墓穴を掘りたくはない。
そういう思いから彼女は、半ば捲し立てるようにして純一へと告げた後、一人そそくさと生物室を後にした。
旧校舎二階。
教室が並ぶ廊下を、彼女が先頭で突き進んでいく。
彼女の歩くスピードは、それなりに早かった。
成人男性の平均速度と対して変わらないくらいか、少し早いくらい。
長きに渡って住みついていた彼女にとって旧校舎という場所は、庭みたいなものだった。
だからこそ、曇った窓から射し込む月明かりだけで、ドンドン先へと突き進んで行ける。
それに比べて純一はというと――。
「ちょ、ちょっと! ねぇ、ペース早くない!?」
懐中電灯片手に、彼女から離れないよう付いて歩くのが精いっぱいだった。
「そうですか?」
廊下の丁度中央付近で立ち止まり、振り返った。
「そうだよ。せっかく来たんだからさ、教室一つ一つ、詳しく調べて見て回ってこうよ!」
彼女としては、あまり詳しく調べて欲しくない。
守りたいもの、全てを守り通すことが出来なくなるから。
だから彼女は話を変えたかった。
しかし、ずっと一人でいた彼女は話題など持ち合わせていない。
彼女の時代の鉄板ネタだって、純一に伝わることもない。新たな疑問を生むだけだ。
「あっそうだ! まだ自己紹介もしてないよね。純一、堀山純一だ。きみの名前は?」
純一の方から話を変えてくれた。
のだが、この話も彼女にとって嬉しい話ではなかった。
なぜなら彼女は、自分の名前すら覚えていなかったから。
何年も何十年も、一人ここに住みついてきた彼女。
秘密を守る。
ただその為だけに、彼女はずっとここにいた。
自分のことなんて、何も覚えていようと思わなかった。
だから、全てを忘れていた。忘れたい、そう思った理由すら忘れていたのだ。
「えっと、間宮智香です。そう、智香と申します」
前に、落ちていた雑誌で見たことある名前だった。
それを彼女は咄嗟に口に出していた。
「へぇ~、智香ちゃんって言うのか。可愛い名前だね!」
「か、かわいい……ですか?」
咄嗟のこととはいえ、赤の他人を名乗っているに過ぎない智香にしてみれば、どう反応を返したら良いのか、正直分からずにいた。
「うん! 凄く似合ってて良いと思うよ?」
「そ、そうですか? ありがとうございます。純一さんこそ、『純一』って名前、格好良くて良いと思います」
嘘だとバレずに済んだ。
心の中でほっと一息吐きながら、同時に心にもないことを智香は口にしていた。
所詮は一夜限りの出会いに過ぎない。
この心霊スポット巡りが終わればもう二度と会うことはないし、こうして会話をすることもない。
この時智香は、純一を前にして密かにそんなことを思っていた。
「………ねぇ? もしかして俺、なんか気に触るようなこと言っちゃったかな?」
智香の顔に、うっすらと影のようなモノが射したのを純一は見逃さなかった。
一期一会。
人との出会いを大切にしている純一は、これを期に、智香と少しでもお近づきになれたら良いなと思っていた。
「いえ、そんなことありませんよ。何を仰っているのですか? 突然」
そう微笑む智香の表情に、純一は気のせいだと認識した。
無意識に純一は、不思議を全て気のせいと感じてしまう。気のせいだと取ってしまう。
それが、幽霊を見ることが出来ない理由の一つである。
もし見えたとしても、脳が気のせいとして処理してしまう。
純一の心は、そんなの有り得ないと思い込んでいたからだ。
探すなんて言ったって、純一が一番不可能を感じている。
自分をバカにする誰よりも、自分が自分をバカにしていたのだ。
幽霊なんている訳ない。
幽霊なんて探している暇があれば、いい友達を探した方がいいと。
心霊スポットを巡る。
そのことで小さな心を解き放ちたい。それが出来なくても、寂しさを紛らわすことの出来る時間になればいい。
孤独に震える純一が見つけ出した、ほんの遊びだったんだ。
「ん? そっか、ならいいんだけど」
本人は大したことだと思っていない。
又は気付いていても、楽しくなってしまって止められない。
「じゃあ智香ちゃん、行こうか」
智香に変わって、今度は純一が先頭に立って散策を始めた。
「あ、あの!」
「ん? どうした?」
呼び止められ、純一は智香の方へと振り返る。
「わ、私が先に行きます! 今度は一つ一つ、ちゃんと見て回るようにしますから!」
どこに何があるのかくらい、智香は熟知している。
調べられたくないような場所は、それとなく回避すれば良い。
先頭に立つことでそれが可能になると考えての申し出だった。
「いや、いいって。こんだけ暗いんだ。懐中電灯を持ってない智香ちゃんが先頭だなんて、何があるかわからないし、危険だよ!」
「じゃあ、私が懐中電灯を持つから先に――」
「大丈夫だよ智香ちゃん! 安心して俺の後を付いて来なよ」
「――っ!!」
自分のことを心配してそう言ってくれているのではないか。
そう思った純一は、智香の前で少しでも男らしく良い顔をしたいということで、頑として先頭を譲ろうとはしなかった。
「ね? ほら、行こう!」
「う、うん……」
純一の思いに降参した智香は、大人しく付いて歩くことを選択をしたのだった。
「私、少し怖くなって来ちゃいました。えと、懐中電灯渡していただけませんか? 無理だったらいいんですけど。でも、少し距離が開いただけで真っ暗ですー」
少しすると、智香は次の手段に出た。
光源である懐中電灯を奪ってしまおうと考えたのだ。
暗闇に慣れている智香は、勿論怖いなど思う筈がない。
抑々懐中電灯などなくたって、外からの微かな光だけでしっかり見えている。
その上、何があるかも覚えているのだ。
「本当だ、顔色悪いよ。どうする? 今日は諦める? 俺が一人で行くからさ」
智香は肌が白い為、光が当たってそう見えただけだろう。
それか恐れている為か、純一に見つかりはしないかと。
「いいえ。一人で行かせる訳にはいきませんから」
純一も帰るというならば、智香は喜んで頷いていただろう。
しかし、純一が帰らないとなればそうゆう訳にはいかない。
それこそ、恐ろしくて仕方がないってものだから。
「俺なら大丈夫、無理しなくていいよ。怖いんでしょ? 良かったら昇降口まで送るけど」
「いえ。純一さんが私の傍から離れないでいてくれれば、きっと大丈夫だと思います」
もちろん、好意的な意味で言っているわけではない。
あくまで純一を監視する、という目的のための提案だ。
「で、でも、ですね……」
「でも?」
「二人とはいえ、やっぱり少し怖いです……」
言った後、智香は胸の前で両手合わせ、肩をすくませた。
いかにも「怖がっています」といった態度を、純一に対して見せていた。
「ですのでその――隈なく見て回るのはよしませんか? それにあまり長い時間、ここに居続けるわけにもいきませんし……」
幽霊である智香にしてみれば、時間という概念は無いに等しいモノ。
しかし、人間である純一は違う。
時間という概念に縛られながら、生きていかなければならない。
「それもそうだね。じゃあ、ここは怪しそうだな、ってところだけを見て回ることにしようか」
だからこそ、智香の提案には一定の説得力があり、納得せざるを得なかった。
「はい」
智香は心の中で、ほっと一息吐いた。




