86.アル、冒険者になるらしいよ
酷い。
そんなセリフが出るくらい宿は寂れていた。
大浴場は照明を節約しているのか暗く、掃除も微妙に行き届いていない。
布団は干されているが、ふかふかとは程遠く、魔人の村で藁を積んでいたベッドの方がマシというレベル……
「馬小屋でも良かったかもしれないな」
「臭いところの方がいいのか?」
「いや、忘れてくれ」
ゲームのようにはいかないかと首を振ってベッドへダイブする。
もちろん寂れているには理由があり、それはツィアル国に観光客がそれほど多くないせいだ。
宿の姉ちゃんと世間話がてら夕食時に色々聞いてみたところ、もうずっとこんな調子なのだとか。
王都まではここから歩いて十日ほどの距離だが、地方の領主はそういったこと……いわゆる観光誘致にお金をかけようとしないのでこんなものだという。
宿が相手にするのはもっぱら冒険者と商人なので、雑な商売でも成り立ってしまうらしい。
クレームがありそうだがここしか泊まるところが無いとなれば致し方ないことなのかもしれないが。
「グラディス? ……寝たか。よし……」
気づけば寝息を立て始めたグラディス。
俺は彼に背を向け、収納魔法を使って中身チェックをすることにした。
小遣いなどが入っていたハズだけど、どうだっけ?
「……千三百ルクスあるな。こっちは後で食べようとつっこんでおいた焼き菓子と柑橘系の果物一個。それとナイフ。あー、こっちの大陸の通貨って同じなのか知りたいなあ」
<焼き菓子……じゅるり……>
「お前は食えないだろ……」
<アル様が口に入れたものは感覚共有できます>
「夜にお菓子は食わないからな」
がっかりするリグレットをよそに、俺もベッドへ寝転がり『ブック・オブ・アカシック』を開くことにした。
……この本、ここまでの経緯から意外と知名度が高いことがよく分かる。
恐らく魔人族にも伝わっているであろうこと請け合いなので、今後はこれの存在を隠していこうと考えている。
というわけで早速こいつに聞きにくいことを聞いてみよう。
「俺が家に帰らずにこの選択をしたのは正解だったか? それとエリベールは助かるか?」
‟選択は問題ない。もし帰っていても学校を卒業して一年後にはここに来ていた。このまま行けばツィアル国へ到着するはず。エリベールは未定。カーランと邂逅した後に【呪い】を打ち破る方法を聞き出せれば助かる可能性が高い”
やっぱりエリベール関連についての質問はあやふやだな……
未来が分かるってわけじゃないと思うんだが、先の質問に対しては『この選択に問題はない』と断言している。
そういえば分岐したとか言っていたな、だとすればこいつは分岐する前を知っている?
……いや、それだと未来はすべて把握しているはずだからエリベールの部分だけあやふやなのは説明がつかない。
<イルネース様もよくわかっていなかったですよね>
「ああ。だからちょっと不気味ではあるんだよな……魔人は信用できるのか?」
‟魔人達は問題ない。特にグラディスという男とイレイナという女は出会えば今後、助けになる”
これも断言か。
本にはなにが見えているのか?
グラディスは一緒だがイレイナはニーナと一緒に行ったからもう会うことは無さそうだ。ズレってやつなのかね?
「とりあえずこのまま進んで、厄介ごとになったらまた頼るか……ふあ……」
<おねむですね。ああ、双子ちゃん達が恋しいです……>
「こうなるとちょっと寂しいよな。しかし、ある程度予測して本を開かないと役に立たないのは難しいところだな……」
当面はグラディスが居るから大丈夫かね?
明日はギルド……とりあえず冒険者登録が楽だといいが……ふあ……
◆ ◇ ◆
そして翌朝。
「いってらっしゃいませー! 本日の夜もぜひ当宿をどうぞ!」
「気が向いたら」
「気が向いたら!?」
俺の言葉に驚愕する受付の女の子はスルーしてチェックアウト。
宿の姉ちゃんは可愛らしい感じで好感がもてるキャラだったが、宿の設備を考えると可能ならばキャンプをした方が安上がりだ。
外に出ると気持ちのいい空気と、陽の光が体に触れて俺は背伸びをする。
並んで歩き出したところでグラディスへ声をかける。
「グラディスはこの町に来たことがあるんだよな?」
「もちろんだ。ツィアル国と俺の国は気候が違ってな、こっちより少し乾燥しているのだ。果物や魚の仕入れでこっちへ来る者に随伴するから、ここ以外も行ったことがある」
「それは心強いや……っと、ここ?」
しばらく歩いているとグラディスが二階建てのアパートみたいな建物の前で立ち止まった。
俺も視線を移して確認すると、入口はウェスタン扉でなんというか風情のある外観だ。
グラディスが中へ入ったので追って俺もついていくと、酒とたばこの匂いが鼻をついた。
「酒場って感じだな……」
「ギルドは見ての通り、食堂と酒場が一緒になっているからな。依頼の掲示板と情報交換をするなら酒が一番だ」
「ま、言いたいことは分かるけどね」
キャバクラに居酒屋、メイドバー……は違うか。
俺も怜香の会社で接待に護衛でついていった際に行ったことがある。
酒はいつの時代、世界でも口を軽くするのだ。上手い奴はそこから機密情報を持って帰るくらいだからな。
「お、強そうなヤツだな。魔物退治か? ちょうど失敗した大物があるんだが」
「いや、まずはこいつの登録をお願いしたい」
ふうん、魔人語って意外と話せる人いるんだな。まあギルドなら色々な人種が来るから当然ってところか? 時代はグローバルだ。
「あん? ガキじゃないか、あんたの子かい?」
「違う。が、成り行きで相棒とした」
ごつい受付のおっさんに俺が愛想笑いをしながら手を上げると、訝しんだ目でこちらを見た後に首を振る。
「死んでも責任は取らんぞ? お前、いくつだ」
「今は十歳で、今年十一になる」
「まだ十か……」
「難しいか?」
グラディスが尋ねるとおっさんは難しい顔をしながら受付カウンターを出てきた。
それから俺を見て口を開く。
「さっきも言ったが責任は取らん。が、いきなり放り出して死なれるのも寝覚めが悪い。故に決まりがある」
「決まり?」
「ああ、成人前のガキは実力が無ければギルドは採用しない。坊主、その腰の剣がハッタリでないことを見せてみろ。こっちだ」
「……面白いね、やろう」
ま、いきなり子供を冒険者にしないのは好感が持てるか。
冒険者は使い捨てかと思っていたがそうでもないらしい。そんなこと思いながら、おっさんの後をついていくのだった。




