11 黒雪:だからコミュニケーション苦手なんだってば
…さんはさ、仕事っていうとやるけどそれ以外は全然だよねぇ。
これはかつての上司の声だ
決められたことをきめられたなかでしかやらないって、うーん、融通?っていうのかなぁ、もっとないとさ使いづらいっていうか。
はぁ。
それの何が悪い?
って言いたい気持ちを押し殺す。でないと、言い負かしてやりたくなる。
ああこれは30代の時だ。
ちょっと若い感じの小太りの男性だ。これで既婚というから驚いたのを覚えている。
ホウレンソウも大事って言うけどさ、…さんはあるけど気がきかないっていうか、もっと手を回してくれないと逆に手間っていうか。
ならお前がやれよ。
のどもとまででかかった声をぎりぎりで止めた。
ああ、言ったら言ったで余計と言われ、やらなかったらやらないでできていないって言われる。
腹立つ。
だからできることを契約範囲内でしかやりたくないんだ。
ふっと目が覚めた。
狭い木造の一室だ。木の匂いがする。薄暗い部屋は静まり返っているもの外からは人の声が聞こえる。
ここは教会か。
またこの世界が現実だった。
会社員時代に戻る長い夢を見てるとそちらに戻ったんじゃないかと思うが、叶ったことが無い。
体を起こそうとするがその体の重さにびっくりする。
とてもだるい。
しかも頭痛がする。
疲れが貯まるとよくやった覚えのある痛みだ。だからあんな夢を見たのかもしれない。
起こしかかった体を再びベッドに沈める。
硬めのベッドだが、なんとなくハーブの匂いがする。
ミネリは偉いな。ちゃんと面倒みてくれてる。
自分の髪をみる。
毛先から1/3ほど、黒く染まっている。汚染が広がってる。
昨日のおいかけっこがきいたのか、はたまたあの男性から吸い取った汚染からか、はたまた、酒場でみたあの二人組の男性からも汚染を吸ったせいか。
たまたま見つけたあの男性達は、自分が探していたこの汚染の根本的原因ではないと思う。
ため息混じりに息を吐き出す。
あの男についていたかすかに残る仕掛けは汚染を集めるような術式だった。
あの術式が得意な人を知ってる。
そしておそらく同じ術式が、数日前に使われている。
初日に虫を集め、騒ぎを起こす、蒼志がある意味得意な方法だ。
でも彼が自分でやるとは思えない。つまりほかの誰かが彼に指示したのだ。
そして、その蒼志に指示ができる人は一人しかいない。
焔姉さんだ。
つまりあれは姉と蒼が仕込んだのだ。
ああとため息をついて、ガンガン痛む頭を枕にうずめる。
あれを見た時の衝撃は、動揺はすごかった。
すぐに姉さんの仕業とわかったものの、驚いて思わず、何でもなかったことにしようと罪も術式もない方の男性を放り投げ、周りが動揺している間に、自分が常に持っている印を蒼志の術式の痕跡がついてる男の服にしまいこんだ。
その時、その男から蒼志の術を動かす汚染を自分で吸い取った。
蒼志の術は汚染をもとに動くから、汚染が亡くなると術式が崩壊する。
まさか自分の仲間がこんなことに関わっているかと思うと、ショックで冷静になれなかった。
でも冷静になれば少しわかる。
私たちは教会員で、絶対に世界の悪となる行為は手が出せない。
つまりこれは彼らが意図的にこの皇都の汚染濃度を濃くし、それによって何かを起こすつもりだということではないか。もしくはもう起きたのか。
コンコンと扉を叩く音がする。
遅すぎるからミネリが来たのだろうか。フードを被りドアを開ける。
「はい」
「あのー」
と言いよどむミネリの後ろから、眼光鋭い、鋭いというかもう睨んできている男の人がいた。
「こんな昼日中まで寝ほうけているとは大した身分ですね」
誰だこいつ。
あまりの無礼に呆気にとられていると、ミネリが頭を抱えていた。
「あなたは?」
「聞く前に名乗るのが礼儀だと…」
「私は黒雪と言います。失礼ですが、あなたは?」
礼儀知らずなやつほど、人の礼儀に文句をつけてくる。
「…私がここの司祭を兼任しているティドーです。あなたと話をしようと朝から待っていたんですがね、一向に起きないのでこうしてきたわけです。」
「あぁ、それは失礼を。3日ほどほっとく無礼に比べたらなんてことないですね。」
ばちばちと火花が飛ぶ。
こういうのは慣れている。
「あーあの、お話は下でお茶でも飲みながらどうでしょう…」
ミネリが苦肉の策で割ってはいってきた。
頭がずきずきと痛いし、だるいというのに、こんなに不機嫌そうな男の話を聞くとは耐えられるだろうか。
「それにしても失敬な姿ですね」
「あ? あぁ、これですか?」
フードを指差す。
「…取ってもいいですけど、話にならないのは嫌なんですが」
「ミネリに聞きました。なにやら不可思議な術で見る人を惑わすらしいですね、あなた」
どうしてそういう話になった。
思わずミネリをにらむと、ミネリは一生懸命違うとアピールをしている。
この男の脳みそが腐ってるのか。
「そんな人だったら仕事にならないですよ。それにとにかく最初から最後まで失礼ですね、あなたは」
思わず口が滑った。
向かい合う兼任司祭が顔をしかめる。
「ええええと、ですね。今日司祭様がいらっしゃったのは、黒雪にお話があってなんですよね、ね?」
ミネリが何とか話を司祭に振る。
司祭はちっと舌打ちをすると、こういうところがとんでもなく失礼だと思うのだが、話し始めた。
「まずは確認ですが、あなたが聖堂の修理に来たという教会員で間違いないですね?」
「はい」
一応持ってきていた書面を渡す。
ティドーはそれを確認すると机に置いてため息混じりに言った。
「…わかりました。こちらの都合があってあなたを迎え入れるのに時間がかかったことはまずはお詫びをします。」
意外だな。お詫びはないと思っていた。
「現在、聖堂はとても人が入れるような状態ではありません。先々代の皇妃が逝去されてから、次第に朽ちてしまい、いまはがれきの山です」
「そんなことになっているのに、教会に何も言わないというのも条約に反してますよ?」
何もしない、何もいわない、そういう無関心な態度は仕事をしていないといっていいと思う。
「我々もあえてしなかったわけではありません。その間に先代の皇王が急遽逝去され、現在の王が即位されるまで乱れた政治期間が長かったんです。現皇王も即位したとはいえ、まだ国内は荒れています。」
「…で、お話は?」
「あくまであなたは皇后候補として城内に入りますが、下手なことが起こらないようこちらも注意をしますが、国のごたごたのため目端が届かない可能性があることをご理解いただきたい」
「ご理解いただけないような内容をごり押しするのをやめていただきたいですね」
ミネリがあははと乾いた笑いをする。
どうやら私に何があっても責任はとれないし、取るつもりもないといいたいらしい。
別に自分の身ぐらい自分で守るけど、言い方、言い方。
「…はっきりと申し上げたほうがよさそうですね。迷惑なんですよ、こんなタイミングで教会が来て、余計に国内が乱れるのが目に見えている」
「ええ、わかりましたとも。だったらさっさと仕事を終わらせて帰りたいので、早く中に入れてくれないですかね」
「準備があるので、三日後です」
『はあ?』
ミネリも一緒になって声をあげる。
「三日後です」
「なぜそんなに遅いのですか?」
「城内の処理があるので」
絶対ない。
兼任司祭が心なしかこちらを見下ろしているようにさえ見える。
さらに頭が痛くなってきた。
「私がさっさと処理をしてさっさと引き上げたほうが都合がよいのでは?」
「先ほども申し上げた通り聖堂は崩れ、あなたが寝泊まりできるような場所が用意できません。あなたはまだ皇后ではないので後宮にもあげられませんからね」
「この教会から通うから問題ないですよ」
腹立たしさで歯ぎしりしそうなところを必死にこらえつつ、提案する。
「道中何かあっては困りますので」
「道中ってすぐ裏手じゃないですか」
「その道は通行止めです。崩れているので」
むかつくわぁ。
ふふんと鼻高々の顔をしている兼任司祭が思い通りの話の展開になったことを喜んでいることがひしひしと伝わってくる。
ミネリも聞いていなかったのだろう、腹を立てているのがわかる。
「わかりました」
ふんと鼻を鳴らして腕組みをして私は言った。
「三日後ですね。ご準備が終わるのをお待ちしています。」
「話が早くて助かります。では」
兼任司祭はさっさと立ち上がると、ろくに挨拶もせずに立ち去った。
ミネリはばたばたと司祭を見送った後、こちらに駆け寄ってきた。
「よかったんですか? あんな、私でも横暴だと思うくらいです。教会に対して失礼といっていいくらいの」
「どうにもならないというのですから、しょうがないです。」
確かにあれで司祭とは信じられない。
でもあれと話すぐらいならほかの方法を試したほうがはるかに効率的だろう。
私は立ち上がる。
「どこか行かれるんですか?」
「寝ます」
頭が痛い。
あのわからずやと話をして余計に体調が悪くなった気さえする。
はあと気の抜けたミネリを置いて、とりあえず寝床へ戻った。
寝床に潜り込みながら自分の髪を見る。司祭が気が付かなかったのはさすが兼任というところか。
髪の先が黒く染まり、見る人が見れば黒い霧のようなものがうっすらとまとわりついているのがわかるだろう。
姉達が意図的に汚染を蓄積させていたのはなぜか気になる。自分がここに来ると知っていたのに。
それに聖遺物が機能していない。汚染が溜まる一方なのはなぜか知る必要がある。
いくか。
城内にある聖遺物の状態を確認する必要がある。
早く自分の汚染も取らないと自分の生命が持たない。
生命か。
ふと、仕事とか色んなしがらみが抜け落ちた。
自分はなんで生きてるのか。
仕事ばかりして、目の回るような思いをして、考えを整理できないままここまできた。
これで良かったのかもわからない。
ふう。
シーツをたぐりよせ潜り込みながらとりあえず考えないことにする。
蒼志には連絡しない。
恐らく彼は私が気づいたことをしっているだろう。そういうそつのない人だから。
今は目の前のことだけやろう。




