六話
刀也達二人が食堂に着いた頃には既には人で溢れ返っていた
おまけにそこに集まっている殆どの生徒はが三年生、チャイムが鳴ってまだ二、三分しか経っていないにも関わらずに食堂の席は空きが見えなかった
三年生が多いのも当然かもしれない。何故なら刀也達二年生が割り当てられている第二校舎よりも三年生の第三校舎の方が食堂に近く、隣に建てられていたからと言った地理的理由もある
それにこの時期の三年生は大学受験や就職活動を控えていた
そして、それらの活動に必要な書類作成の為に三年生担当の教師達は奔走し、まともに授業を受け持つ人員が少なくなる為に自習という形式を取らざるを得なくなるのだ
その結果として授業中に生徒の動向を監視する教師の居ない自習をボイコットする生徒が続出するためでもある
それは校則に違反するとはいえ勉強や面接練習のストレスを解消するためになるべく早く食堂へ赴いて友人と一緒に食堂の席取りをしながら食事を楽しむといった数少ない彼らの娯楽として見れば、それは仕方のない事なのかもしれないのだが
「少し出後れちまったな」
「そうだな」
お互いに苦笑を向けながら食堂の自動販売機まで食券を買いに歩く
販売機は入り口すぐそばに設置されていた。刀也は機械に硬貨を入れ品名が記されたボタンを押し、金属の受け口に落ちてきた紙製の食券を手に取る
続いて隆二も食券を購入し、その後に言った
「メシ先に取った方が席取るってのはどうだ」
刀也は頷いた
「別に構わないぜ」
「よし、それじゃ後で」
二人はその場でいったん別れて、人が集まる行列のなかそれぞれが購入した食券のメニューを取りに行った
チキン南蛮定食の載った緑色プラの盆を持つ刀也は空いている席を目で探しながら隆二が来るのを待った、しかし、三十秒もしない内に隆二は来た
・・・・気持ち悪いウインクと共に
「刀也。席が見つかったぞ!」
「・・・・その前に、気持ち悪い仕草はやめてくれ」
「おいおい。そんな反応で返されたら誰だって傷つくだろう
お前のツッコミ待ちのつもりでやったんだが」
「男にそんな仕草されても誰もうれしくないわ
それに俺はツッコミに向いてねぇよ」
返答に隆二は気分を害した風でもなくわざとらしい仕草で肩を落とし、すかした様子で両腕を掲げて見せた
呆れながら刀也は言う
「で、せっかく場所が見つかってもここでもたもたしてたら誰かに横取りされないか」
「おまえ冷めてんなァ。もう少しリアクションってモノを・・・」
「早くしてくれ。足が疲れる」
隆二はそこでふっふっふと効果音が出そうな位少し怪しげに笑った後に
「大丈夫だ。場所取りは雪久に任せている」
刀也は少しばかり驚いた
「雪久?あいつが食堂に居るのか?珍しいな」
「雪久だけじゃないぜもう一人和己ってやつが居るんだ。お前は知らないだろうけど」
刀也は整った眉を顰めた
「和己?隣のクラスの奴じゃないのか?」
隆二は驚いたように目を僅かばかり見開いた
やや童顔の隆二がそんな表情をするともともとの年齢よりも幼く見える事は始めは気になっていたものだったが、隆二のころころ変わる感情に慣れるとやがて気にならなくなる
時の流れ程偉大なモノは無いな。と刀也は少し思った
「よく解ってるなお前。和巳と話したことでもあんの?」
「別に」
ただ知り合いとか前に関わりがあったという訳ではない。刀也自身、どこかで耳にしたというだけでただ覚えていた、記憶の片隅に軽く引っ掛かっていただけの事だ
只、彼に関してはそれに似たような既視感は度々有ることなので気にはしなかったが
「まあいいや。行こうぜ」
刀也はなぜ和己なる人物の名前を覚えていたのかは全く解らなかったのだが、いちいちそんなことを気にしていてもどうにもならないと判断して歩き出した隆二の後についていった
別に気にすることでもない。本でも読んでたまたま覚えていた名前が和己だったことも有り得る話だ
それより、腹が減っているから今は飯だ
「ほんとに珍しいな。お前が食堂に来てるなんて」
「たまにはそういう気分にもなるさ」
古い木製椅子に座りながら隆二が話しかけた人物は、眼鏡をくいっと上げて答える
「・・久しぶりだな。雪久」
「こちらこそひさしぶりだ。刀也」
眼鏡の人物―――――雪久は当夜に顔を向けて隆二とは対照的な落ちついた表情で返した
「俺が食堂で食うようになってから、しばらく会わなかったしな」
「そうか、そういえば俺が前に薦めたマルクスの『共産党宣言』は読んだか?」
刀也はうっ、と声を詰まらせるそういえば最近では思想や哲学関係の本は全く読んでいない
「・・・まだだ」
「そうか。お前はそんな状況じゃなかったよな」
「すまん」
「いいよ。暇な時に頼む」
「悪いな」
刀也は素直に謝った
雪久は刀也にとって中学の時からの知り合いであり、眼鏡をかけた地味な容姿をしており学校の成績も常にトップにいるような秀才で、様々なジャンルの本を読んでいるためか、同年代の連中に比べ随分と博識であり、クラスの一部からは博士や教授とまで呼ばれていたような人物だ
それでいて読書家にありがちな閉鎖的な考えは持たず、進んで他人と接触はしないのだが誰とでもうまく話し、随分と肝回る為に集団の中の知恵袋的な役割さえも果たしている
刀也とは志望校が同じだった事が知り合うきっかけになり母が失踪した直後の時も彼を支えてくれた人物の一人だった
物事を随分と深い目線で研究し多角的かつ客観的な視点で自分の意見を構築できる雪久と、勘が鋭すぎるが故に他人と距離を置きやすい傾向にある刀也とは隆二と同様お互い気遣う事もなく親しげに話せる仲だった
そんな雪久の隣に黙って座って居るの人物がいた
刀也の視線に反応したのかどうかは分からないが彼は刀也と目が合った後に恥ずかしそうな、それでいて落ち着かないような不安定な笑みを向けてきた
それは一目で無理をしている表情だと刀也は理解出来た
それに気付いたのであろうか雪久が説明を始める
「ああ、すまない。刀也は和己と会った事が無かったな
こいつの名前は和己青磁。隣のクラスだが自分の友人だ」
雪久の後押しのお陰かようやく和巳が言葉を発する
「ど、どうも。は、始めまして・・」
和己は弱々しく挨拶告げた
「よう。俺って隆二って言うんだけどマジでよろしくな」
隆二が真っ先に和己に自己紹介し、多少強引に右手を差し出し握手を求める
和己は一瞬戸惑ったかのように隆二を見たあと
「こ、こちらこそよろしく」
あまりテキパキしないようなぎこちない仕草でおずおずと右手を差し出て隆二の腕を掴む
それは間違いなく和巳が人付き合いに慣れていない証明だった
「おうよ。これからは友人同士だからなんかあったら気楽に声をかけてくれよな」
「あ、有難う、、」
正直言って刀也は和己の態度にどこかむず痒いのを感じ取っていた
どういう訳か彼が他人に対して自分の気持ちを出さず卑屈に過ぎる態度を取っている様に見えたからだ
正直に言えば刀也その手の性格を持つ人間をあまり好きにはなれなかったからだ
それは刀也自身も他人に心を開いて接するのが苦手だからなのだろうか?
「・・あの」
和己が刀也に声をかける
刀也は思考の渦から強引に意識を引き寄せるとなるべく自然な動作でゆっくりと右手を差し出して握手し、和己に言った
「どうもよろしく」
刀也達四人は随分と人が減った食堂にて雑談しながら各自昼食を取っていた
「でさぁ、凄いんだぜ刀也の奴。
ゴール前三人のディフェンスをかいくぐって強引にレイアップ決めたんだ
凄いだろ。並の奴なら味方にパスを回すか、ディフェンス前で怖気づいて入らないシュ−トを決める連中もいる
バスケ部の連中も味方が来るまで待つか、フェイントを繰り出しながら一人づつ抜いていくしかないのに刀也の奴は馬鹿正直に一直線に突っ込んで行ったんだ。並の判断力じゃないぜ」
「隆二。食堂内では少し黙っててくれないか?」
「おおっと。すまねぇ」
雪久に諭されて隆二が渋々口を閉じる
しかし
「でさ、四時間目の授業の時なんだが…」
「隆二。喋るのは構わんが少しゆっくり喋ってくれないか?
飯が食えないし話も聞こえないだろう?」
「おおっと。これまたすまない
悪かった、悪かった」
「そういえばお前の教室から怒り心頭の篠山が出てきたのを見たのだが、隆二。あれはさっきお前が話そうとして事と関係があるのか?」
「そうそう。刀也の奴が篠山をキレさせてしまってこっちはこっちで苦労したんだぜ」
隆二の熱弁に雪久は返事を返しながら興味深そうに耳を傾けていた
その間刀也はチキン南蛮定食を黙々と食し、和巳は購買で買ったらしいツナサンドを少しずつかじりつつオロオロとしながら二人の話を聞いていた




