五話
刀也は窓の外に漂う雲をぼんやりとした面持ちで眺めていた
篠山の授業があまりに下らないからだ
年が50代にも差し掛かるであろう老年の社会教師である篠山は教科書内の記述をだだ垂れ流すような意欲性の無い教師の模範でありこのクラスどころか,二年全体請け負う教師の中で柴田についで生徒からの評判は芳しくなかった
しかも、この老人にはとんでもない悪癖が存在するのだった
授業の合間に暇を見つけると殆ど高確率の割合で旧日本軍の悪口を言うのだ
曰く昔の戦争行為は軍部が発狂して起こした大義も糞も無い侵略行為だとか、特攻隊は自殺志願者のアホがやることだとか、さっさと米軍に降伏すれば原爆も落とされず無駄な犠牲は出さずに済んだとか、生徒が全く興味を持たない太平洋戦争末期の祖国を罵倒しているらしかった
無論、人望がプラスどころか底辺レベルにまで嫌われている篠山の言う虚言などだれも気にしなかった為に、
社会の授業時間は専ら生徒たちがケータイでエロサイト見たり、漫画や雑誌を読んだり、昼寝したりといったような内職に勤しむ為のサービスタイムと化している
そんな様子だから篠山が受け持ったクラスにおける社会の定期テスト結果における成績はあまり芳しいものではなく全六クラス中、尻から二番目の業績を遺していたため、専ら篠山の機嫌が悪い時は大抵の時に、過去の日本軍の罵詈雑言と共に生徒の成績に対する愚痴が吐かれていた
自ら招いた結果である癖にだ、もちろん篠山自分の失態を一筋も自覚してはいなかったのだが
そのお陰でで生徒たちはますます社会の授業が嫌いになり成績は落ちていくといった負のスパイラルを招いていくのだった
刀也も篠山を嫌っている成績はの例の漏れず彼も社会の授業は昼寝か読書の時間と割り切っていた
こう見えて刀也がっこうにおける成績はそれほど悪いものではなかった
苦手な教科は殆ど無いといっても良かったし、成績は順位もクラスのトップ3に入っていた
特に勉強してる訳ではないがテスト前に教科書を数回読んだだけで大抵の事は理解できてしまうのだ
だから篠山の下らない授業なんかに耳を貸してやる必要もないし、刀也自身いい昼寝タイムだと思っている
霹靂の蒼空を流れる積乱雲を眺めているとそんなに疲れている訳でもないのに何故か眠たくなってくる。何故だろうか?
刀也は心地よい日差しで学ランの背部が温まってくるのを実感し、教科書を立ててそこに隠れるようにしてうずくまり沈みゆく意識をまどろみの底に委ねようとした
どうせ授業は後20分近くも有るのだ。少しくらい転寝しても大丈夫だろう
刀也は篠山に気付かれないように教科書を立てるとそこに頭を隠すようにして蹲った
瞼を閉じるとすぐに意識が混濁とし、そのまま消えていった
「おい」
「・・・・・ん?」
声が聞こえた
「おい。起きろ」
まだ眠気を訴える瞼を意志の力でこじ開けて声がした方に顔を向ける
声の発生源は自分のちかくだった。当然だ
何故なら刀也の席の前に怒りで震えた篠山が立っていたからだ
「おい、お前。私の授業で堂々と寝息を立ててるなんていい根性だな?」
「あ、、スイマセン」
とりあえず謝罪の体を取ってその場は逃れようとした
「お前、私を舐めてるのか?」
どうやら形だけの謝罪は気の小さな老年教師には通じなかったらしい
篠山は眉間に掘ったような皺を歪ませ、火が噴き出るかのように顔を紅潮させて刀也を睨みつけていた
「お前授業に参加する気が無いのならこの学校から出て行け」
篠山は寝ぼけたことを言っている
たかが一教師の分際で生徒を教室から退去させることは出来ないし、場合によっては口五月蠅いだけのPTAに篠山自身を糾弾する機会を与えてやるだけに過ぎない
そうなると困るのは篠山自身だ。下手をすると休職処分を受ける羽目にもなりかねないだろう
生贄か。と刀也は思った
そう。一人暮らしの自分ならば過保護気味な親に告げ口される必要もない為に、篠山のストレス解消のに都合が良いのだと
尤も時雨が居たとしても刀也自身は彼女に篠山の処罰を求めたりしないだろう
彼自身そうした卑劣な行いを嫌っていたし、時雨自体もそれを支持するはずがない
規則を濫用しての復讐は正真正銘の弱者がとる手段だと解釈していたから
「おい。何か言ったらどうなんだ?」
篠山が刀也の肩を強引に揺さぶった
刀也はそれに無視という形で抵抗する
篠山の茶番に付き合ってやる義理は無い、この男の人間性は理解できた。どうしようも無い下衆の挑発に乗って切れてやるのも馬鹿らしいと考えていたからだ
「お前、私を舐めてるのか?」
文体は疑問形だったが、篠山の口調は間違いなく断言していた
「いいえ」
あんたの存在なぞ眼中にも入っておりません。と心の中で付け足した
「ふざけるなよ高月刀也。お前はこの私の授業を全く受ける気が無いからグウタラと昼寝なんぞ出来るんだろう?」
この男の小心さに思わず声に出して笑いそうになった。つまらない授業にしているのはそちらの方だろうと
「いや、だから違いますって」
「だったらなんで寝てられるんだ?
授業を受ける気が無いんだったら出て行ってもらおうか」
(あんたが出ていくという選択肢は無いのか?)
「それは出来ません」
「何でだ?授業で寝ているという事は真面目に勉強している生徒にとって迷惑だろう」
篠山は授業をつまらなくしている本人が自分自身であることに気づいていないのだろうか?
刀也は横目で教室に飾られている時計をチラリと除いた
休憩まで後一、二分
このまま篠山を挑発し続けると休憩が短くなってしまう可能性があった
不味いな。と少しだけ感じた。どうやら最悪のタイミングで篠山に絡まれてしまったようだ
もう少し考えてから挑発するんだった
篠山はまだ怒り心頭だ、とても数分で収まるようには見えない
あまりに軽率だった自分を少しだけ恥じた。食堂は混む、下手をすれば飯を食べられなくなる恐れがあった
「おい。聞いてるのか!」
篠山はもはや授業なぞ関係ないといった風に絡んでくる。おそらく刀也が自分の非を認めるまでいびり続ける様子らしい
刀也はため息を吐きたくなった。もはやこいつの言い分を呑まないと昼飯にありつけそうにない
だからといって屈したくは無い、いったいどうすれば、、、
その時だった、床に落下した鉄製のペンケースが教室に甲高い音を響き渡らせたのは
篠山も刀也もくらすじゅうの連中も音がした場所に視線を収束させた
「あーあ。スイマセン」
その場所ではペンケースを落とした張本人である隆二が反省する様子もなく、ニヤニヤしながら沢山のシールが張られているケースを拾っていた
《キーンコーンカーンコーン》
そしてチャイムの音が鳴り響いたと同時に、
「起立。礼!」
日直の女子の声が凛と教室に響いた次の瞬間に
『ありがとうございましたッ!』
一斉に立ち上がった生徒たちによって、終礼の合図がなされ社会の授業は半ば強制的に終了された
篠山は刀也の事など忘れたかのように呆然としていた
その間に刀也は隆二によって廊下に連れ出されていた
「なんて言うか、すごい連携だな、、、」
「お前が篠山にいびられてんの見てると授業が終わりそうに無かったんでな」
「とにかく助かった。サンキュー」
「良いぜ。その代わりなんか奢ってくれよ」
やはり助けてもらったのには裏があったのか
刀也はクラスの団結力に感心すると同時に隆二の計算高さに呆れたのだった




