四話
時間的には遅刻であったが幸いにして柴田は教室に来ていなかった
しかし、保坂と一緒に登校したことはクラス中で話題になっていたため、ある意味柴田の追求こ説教を受けていた方が楽だったかもしれない
そして時が過ぎて今は三時間目。時限は体育
授業内容は球技の選択で刀也は野球やテニスではなくバスケットボールを選択していたために体育館での授業に参加している
そして、今彼はこの時間の恒例行事であるバスケ球技科目選択者による試合に興じて居たのだった
「パス、パス!」
「康弘、左に回せ!」
「抜かれた。誰かリング下まで行け!」
最近新築された木造と鉄筋で構成された体育館内を絶えることのない歓声と嬌声が響きあう
まだ昼食前に一時限残しているにもかかわらず、木造と鉄筋で構成された館内は昼休みとあまり変わらない賑わいを見せていた
この時間の教師は今時珍しい体育会系の人物なのにも関わらず、授業中はある程度のノルマを生徒に課しその範疇を達成さえすればあとは生徒の自主性に任せるといった指導だった為か、生徒の間からは評判は良かった
そのせいかどうかは知らないが、彼が顧問を務めるラグビー部が三十人を超える人気を誇っている
しかし、そんな事を知らない刀也はリング内を縦横無尽に駆け巡り、相手方の選手と激しい攻防戦を演じていた
(案外、きついものだな)
味方の選手からボールを受け取っていた刀也は腰を落とした低い体制でのドリブルをこなしながら瞬く間にハーフラインを突破
敵のゴールに一本入れるべく突っ込んでいった
前方に三人、リング下には二人の選手が刀也の猛攻を止める壁として立ち塞がっている
その中の一人の最近髪を染めたいと言っていた康盛が刀也の進路上に介入しようとした、がドリブルの持ち手を変えると同時の進路変更であっさり抜いた
後ろの二人は同時にブロックしてきたが行き先が完全に塞がれる前に突破した
そしてリング下、ゴール前の最後のディフェンサーは強引に押しのけ、ドリブルを止めボールを両手に持って強引かつ一気にリング下まで迫った後、全てを右手と指先の感覚に任せ滑らかかつ丁寧にボールをリングに向けて解き放つ
次の瞬間鮮やか過ぎるレイアップシュートがリングに決まり場内は歓声に包まれた
試合が終わり授業終了のチャイムが鳴った後、教室に帰る途中で隆二が刀也に声をかけて来た
「やったな、刀也」
「ほとんど適当にこなしただけだ。練習を積めば誰だって出来る」
「でも、お前が相手にしていたチーム、現役のバスケ部が三人も居たんだぜ
ほら、あのリング下を守っていた奴とかレギュラーだったんだぞ」
「そうなのか?」
それまで勢いで喋っていた隆二はあちゃーとでも言いたげに頭を押さえて言った
「お前、もう少しクラスの事を知っとけよ」
「なんで?」
「いや、友達だろ」
「ああ、そうだな・・・」
咄嗟に返事を返してみたものの、刀也にはあまり実感が湧かなかった
確かにクラスの連中は大事だ、たまにゲーセンに行ったり繁華街に遊びに行くこともある
しかしそれだけだ
自分はクラスの仲間をはっきりと友人と認識している
しかしそれ以上ともそれ以下とも思っていない
確かに友人とも思っている、が
そういう認識はあった
しかしそれだけだ、実感が湧かない
自分が人と違うことは分かっている
でなければ『あの時』のようなことは起こり得ない
康盛や隆二が『あのこと』を知ったら確実に自分と距離を置くだろう
いや、それで済めばまだ良いかもしれない
「ん?どうしたんだ刀也」
「いや、激しい運動をしたあとって疲れるだろう。だから少しぼんやりしてたんだ」
「ふ−ん。そうかそうか
でもお前ほどの人間があれだけで疲れるなんて想像がつかないがなァ」
「おれだって悟空やルフィじゃないんだ。疲れる時は疲れるんだよ」
そう返すと隆二はさぞかし愉快そうに
「なんだそれ、新しいギャグか?」
と言って笑った
やはり自分は普通とは違うと刀也は思った
自分は人並み以上に運動をしても疲れることが殆どないのだ
それが何故かは分からなかったが、もしかすると自分は他人とは異なった異常な存在なのではないのか?と懸念を呼び起こしてしまう時がある
中学のマラソン大会では全く休憩もせずに一番でテープを切った事もある
なぜかは分からないが、その一連の出来事が過去のあの事件に相当するのではないかと悩む時もある
それらの違和感を打ち明けられる人物は唯独り。失踪した母、時雨だけだった
何の確証も無い直観的なものかもしれないが、時雨は人とは違う自分に対する悩みを理解してくれているような気がしたのだ、だから、、、、
「おい。ほんとにどうしたんだ刀也?」
「あ、ああ。そういえば次の授業は歴史だったよな」
一瞬、隆二はぽかんと間のぬけた様な表情を作り
「ああ、あいつの授業は退屈だよ」
とだけ返した
「俺も疲れてるし、昼飯前の昼寝の時間はもってこいだな」
「そういえば。あいつサヨクなんだろ?
なんであんなのが学校で教師やってるのさ?」
刀也は聞き覚えの無い社会教師の肩書は耳に覚えが無かったし、興味も湧かなかったので、適当に相槌を打って聞き流すことにした
「知らない。
でも篠山が石頭教師ってのは事実だ。寝るときは気を付けろよ」
「分ってる、分ってるって。じゃあ俺購買部寄って行くけどお前も行くか?」
「いいよ。俺は食堂で食うから」
「あいよ。りょーかいっ」
隆二は教室とは反対方向にある向こう側の廊下へと走っていった
刀也は去っていく隆二の後ろ姿を眺めつつ平和だなあ。と呑気にそう思った