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二十五話

星雲高校の食堂は大賑わいだった

今は昼食時間であるから、必然の理であるかもしれないが


三百人・・・ほぼ一学年単位の生徒数を収容できる大食堂設備はここ星雲高校を市立星雲高校たらしめる要因の一つだった

星雲高校の食堂は広い、それがほぼ満席状態なのだから店側はいつも相当に利益を上げることになる

広大に設計されたスペースには百を超えるテーブルとその三倍はある椅子を収容してすらもなお余りある広大な空間を持つ

三年前、その前年から計画されていた食堂の大改築が夏休みを見計らって行われより多くの生徒を収納出来る設備へと生まれ変わった

更に広大になったスペースを補う為にスタッフには一つ街を離れた調理関係の名門専門学校から生徒をアルバイトとして雇っている

流石に正規の職員の調理するメニューには劣るものの年の近いスタッフが食堂の内部事情を教えてくれたりするので生徒達の話し相手にもなっていたりするのだった


夏の残滓が未だに残留する蒸し暑い空気の中で午前の授業をパスした刀也達は昼食を取っていた


相変わらずがつがつと皿の上のものを掻っ込む隆二を神妙な面持ちで、それでいて疲れたような表情を浮べて彼は見守っていた

いつもと変わらない隆二の様子に安心すると共に彼はなかなか昼食に手が付かないの様子だ


「刀也。やっぱり調子悪いんじゃないか?」


「何故にそう思うんだ?隆二」


「いや・・・お前のチームにバスケで勝ったのは良いんだが・・・・」


隆二は南蛮定職にがつがつと齧り付きながら続けた

彼の食欲旺盛ぶりは健在に見える、その一方で刀也はほとんど自分の盆に手をつけては居ない

そして隆二のほうを見やりながら尋ねた


「なんかさ、悪いよな奢って貰うなんて・・・」


「ふーん、そうだっけ?」


「お前なあ・・・」


隆二はますます頭を抱えたが刀也は彼が何故悩むのか判らなかった


「この前約束しただろ。バスケの試合に俺が負けたときの奢るってさ」


「そうなのか・・・・?」


隆二は一切れ大きい南蛮の切れ端を飲み込み、喉に詰まらせそうになり

何回も胸を叩きつつようやく飲み込んだところで溜息をついたところだった


「ふう。死ぬかと思ったぜ」


胸を叩き、深呼吸している彼の様子にいつもなら苦笑いを返す刀也だが今回はそんな気にもなれなかった

どうしようもなく、消化しきれないものが胸の中に溜まっている

どうしようもない苛つきが雑多な人ごみに蔓延する雑念に感応されたかのごとく増幅している

屋上に居たときは気持ちを抑える事が出来た


「・・・・もう少しゆっくり食えないのかよ」


「体育の後だから滅茶苦茶腹が空いてたんだよ。旨い飯を掻っ込んで喉詰まらせちゃってもいいじゃない。俺達人間だもの」


「・・・・・」


「シカトかよ!」


刀也はつまらなそうに隆二のほうを見てボそりとつぶやきつつも箸を取った

何故だろう、今は隆二の相手をするだけでも非常に億劫だ


「知らないんなら別に、じゃあ頂くぞ」


「何かあったか?」


「夏休みにバイトを二つ掛け持ちしてただろ?まあお陰であまり遊びに行けなかったけどな」


「ふーん」


隆二はぼりぼりと頭を掻いた。単純に汚い仕草だと刀也は感じた、態度にも口にも出さなかったが

そして、ようやく刀也はすっかり冷えてしまった唐揚定食を頬張る

食事はあまり喉を通らない。空腹すら感じているのにどういうわけか味が分かりにくいような気もする

むしろ、喉を通り抜ける食物の存在さえも億劫だ。食事という行為そのものにある種の作業間というものを感じてしまう位には


「あーあ。早く食べないから冷めちまったな」


「食堂は人が溢れるから作り置きの冷めたやつを取ってしまったからな」


「へー残念だな」


「俺の食事の事ぐらい別に良いだろ。仕方ないんだから」


言いつつ、刀也は温い味噌汁を啜る。不味かった

白味噌を使用した汁は、赤味噌を用いたものよりも塩加減が薄く彼好みの味付けだった

具の大根も程よい固さで噛むと口の中でほぐれて解ける

冷めるならばもう少し早く手をつけて置けばよかったと密かに思ったのは内緒だが

彼は、早く食べなかった事を少しだけ後悔したが後の祭りだと気持ちを落ち着けようとした

冷めた飯は不味いが、仕方あるまい。自己責任という奴なのかもしれない

結局、中身を半分ほど残して碗を盆に戻す


「へへっ。飯は早く取った方がましだな」


「お前みたいにガツガツ頬張って盆を汚すのが嫌なのさ。社会に出るまでに直しておけよその癖。他人から見ると不潔だろうが」


「へいへい。せいぜい気を付けるぜ」


「どうかな?お前は致命的に細かい事に気を使わないからな。恥をかくなよ」


「おい。ちょっと言い過ぎじゃないのかお前、なんか今日は機嫌が悪いな。どうした?」


「・・・別に」


隆二は全く忠告を聞いていないようだった

刀也は彼に呆れつつも、気にするのを止めた。これ以上ウダウダ言うのも考え物だ。ストレスが溜まるだけだ


彼は彼なりに上手く振舞っているのだ。さっきの事みたいにクラスの連中をフォローする事も出来る人間で人望が有る

奇抜な振舞いが目立つ反面。人を見下す事はしない人間が彼だった。何処と無く他人と距離を置く自分に対しても彼は普通に接してくれている


そう、彼は自分とは違うのだ

其処が羨ましくもあり、又、微かに妬ましい事でもある

彼には自分と同じように世間からずれていると考えていない、回りの環境を受け入れ調和し、平穏を作る

そこが、自分の求めても得られないものだった


反対に自分はどうなのだろうか?

自分は今宵の件と言い敵を作りやすい気がする

恐らく、他人の心境に容赦無く土足で踏み込んでいく連中に対して嫌悪感を抱き、他人との間に壁を構築してしまうのがその原因なのだろうか?

他人から不快感を得たくないのであれば必要最低限は誰とも話さず孤高を気取ればいいはずである、なのに自分の中の心は常に他人との触れ合いを求めているようにも思える

そして彼にはある秘密が有る。それは隆二にはおろか誰にも、『母』に対しても離せなかった秘密だ


「あれ、二人ともまだ食堂にいたんだ?」


「相変わらず早いな。お前達は」


「あれ、保坂さんじゃないか」


突然聞こえてきた二つの声に隆二が返事する

刀也は来訪者の声に一瞬振り返り、めんどくさそうな眉を顰めた


「よう隆二、そして刀也」


「お!雪久昨日に引き続き珍しいじゃないか、仕事は忙しくないのか」


雪久に声をかけられ、隆二は返答を返した


「忙しいさ、でも頼れる後輩と友人達のお陰でこうして飯を食うぐらいの暇は用意できる

尤も、多忙に付き食事後は直ぐに生徒会室に直行だがね」


「保坂もか」


隆二は保坂守子にも声をかける


「そうよ」


「大変じゃないか?生徒会の仕事は」


「雪久君が教えてくれるからそこまで苦労しないけど、文化祭が近いでしょう今は。だから私一人でやらないといけない事も有るから。最初は色々不便だったけどね

今は経験を積めたから今はもう慣れたけど」


「へーえ。頑張ってるんだねぇ」


「生徒会の仕事は朝早くから始まるからこの前遅刻しそうになったけど、刀也が送ってくれたの」


「この前の事かい?さすがは幼馴染だよね」


そして、彼女は刀也の方を見やった

先程まで端で皿をつついていた彼は、今は背後の窓のほうを向いていた


「・・・・刀也?」


「あまりそのことは人前で言わないでくれ。気分が悪くなる」


守子は驚いた、彼の様子があまり機嫌が良さそうに見えなかったからだ


「何よ?その態度は」


「昨日の事でかなり大恥かいたんだ。お前のお陰でな」


「大恥って・・?」


鸚鵡返しに守子が尋ねる


「クラスの連中がさ、面白半分に騒ぎ立てたんだよ。お前と俺が出来てるとか付き合っているとかな」


守子が一瞬だが表情を歪めたのが隆二にはわかった


「そ、そんなの無視すれば良いじゃない」


「あのな、俺は静かに、そして平穏に過ごしたいんだ。今日も昨日も篠山の馬鹿が俺をいびってきた

まあ、脅して黙らせたけど、全く・・・昨日の事といい

どういうことか最近こんな面倒事ばかりでさ、本当に気が参ってしまう、迷惑なんだよ」


「それってどういう意味よ?」


「簡単に言えばストレスが溜まるんだ」


「・・・」


「だから仕方ないだろう。機嫌が悪そうに思えるのは」


「おい。刀也」


「刀也。それは言いすぎじゃないのか」


「・・・そうか。こいつのせいで色々と迷惑を被っているんだが、俺が悪いのか?」


「・・・お前は。」


さっきまでは隆二の懸念は解消したかのように思えた。だからこそ今日も刀也を食堂に誘えたと感じていたのに

その態度で隆二は口を挟むのを躊躇うしかなかった


(なんでこいつは今日に限って機嫌がここまで悪いんだ?)


隆二の感じ取る疑問は至極必然なのかもしれない

さっきまで友人は篠山の授業に見せた苛立ちは解消されたと思っていた、それなのにどうしてこうまで不機嫌なのか

疑問が隆二の頭の中で渦巻く、途轍もなく悪い嫌な雰囲気がこの場に蔓延している

保坂と刀也の口論はいつの間にか苛烈か言い合いと化していた。しかし保坂の言葉に刀也は耳を傾ける姿勢を見せない。彼は一方的に彼女を責めた

次第に保坂の表情が暗くなっていく


「・・・分かったわよ。今度から遅れそうになってもあんたにはもう頼らないから・・・」


「そうか、そうしてくれると助かる」


彼は表情に翳りを見せた守子に告げた

保坂は急ぎ足で食堂を出て行った妙だ。

彼女が泣いていた様に見えたのは気のせいだったのか


「おい」


隆二が刀也に告げる


「何だよ」


面倒くさそうに刀也が返す


「さっきのは流石に言い過ぎじゃないのか?

その・・・お前と保坂の事を広めたのは・・・俺・・なんだけどさ」


「・・」


刀也は失望が混じった眼差しで隆二を眺めた

赤の他人を見るような無表情な視線。人間とは親しい仲のものにもこんな態度を取る事が出来るのだろうか?


そして刀也は半分ほども残してある唐揚定食の盆を持ち上げて片付け所に向かう

勿体無いじゃないか。隆二がその言葉を飲み込んでしまったのも、刀也が発するある種の苛立ちに安易に触れる事が躊躇われたからだ

今の彼に安易に触れる事は出来ない、不用意に近づいてしまったら、自分も篠山の様に扱われるかもしれない

だから、彼が有る程度離れるまで何もせずに黙っておく事しか出来なかった


「・・お、おい!どうしたんだよ、お前?」


刀也が食器を置いて盆を持ち立ち上がる、昼食は食べ残したままで


「済まん。食欲が失せた。お前と保坂のお陰で」


「待てよ!」


返事の変わりに彼は歩みを速めた、隆二を拒絶しているかのように

隆二は彼を追おうとするが袖を掴まれた


「!?」


「今は話しかけないほうがいいかもしれない」


雪久が神妙な面持ちで告げた

何故?疑問符を浮かべる隆二に答えるように雪久は告げた


「あいつ、色々遭ったみたいだし。もしかしたらそれが不貞腐れる原因なのかもしれない」


「なんかあったのか?あいつに。」


今度は隆二が懸念に顔を歪めるのであった

色々?何かのトラブルだろうか。教室で起こした暴走の原因だろうか

彼には心当たりは全く思いつかなかった


「いや・・実はな・・・」


雪久は口をようやく開きかけ・・止めた

今の自分の言葉で周りの混乱を招きたくないという考えもある

しかし、自分の中での昨日における出来事が刀也に関わる可能性が存在する時点で疑念が消失するわけでもなかった


「どうした?」


「いや、お前には関係の無い、大した事じゃないよ」


「何でだ?」


「いや・・・今日のあいつはなんか機嫌が悪くないか?」


「あいつはいつも機嫌悪そうに見えるぜ、愛想ってものが無いからな。で、どうしたんだ?」


「それだけだ。これ以上は何も無い」


雪久はそれから口を噤んだ。言える訳が無かった、刀也が昨日商店街の近くで死体が見つかった場所からから走ってきた事なんて

嫌な予感がした。「高月刀也」が自分の知らないところで何か得体の知れない物と関わってきていたのか

自分が今まで友人だと信じてきたものが実は途轍もなく自分達とは異なるものなのかと予見させる言葉を口に出したくなかったからだ

さらに彼の機嫌の悪さも気にかかる。無関係だと信じたい可能ならば友人として力になりたいとも雪久自身は考えている

刀也らしき人物があの場所に居たという事はどういう訳かテレビはおろか新聞すらも報道されずに、近所の人づてに聞いた確信を得た話なのだ。

地方新聞が報じたのは昨日商店街で交通事故者が出たということだ。それも小さな面で載せられた位で後になって新しい情報が出るとは思えない扱い方だった

雪久はあの狭い路地で交通事故者が出ることなどありえない事だと知っている


何かが、とてつもなく巨大な組織・・恐らく警察クラスの国家機関が率先して情報統制を行っているのだと彼は予想していた

商店街で死体が見つかった事件と彼が無関係である。いや、そう有らなければならない

しかし、嫌な予感はするのだ。祖母の猫がばらばらにされて発見されたときと同様の悪寒がするのだ

雪久は勘が聞くことは彼の親戚の間では有名だった


「へえ、どうでも良いけどさ雪久。今日暇なら付き合ってくれよ」


「何処にだ?」


隆二の誘いに訝しげに答える。今日は午後の時間は空いている、要するに暇なのだが

遊び好きな彼が行きそうな場所と効いてあまり良いイメージが浮かばない。日ごろの行いのせいだろうか?


「ゲーセンだよ。今日は絆が三百円なんだ」


予想していたとは言え、想像どおりの答えに雪久は頭を抱えたくなった


「却下だ。」


雪久は速攻で返事を返した

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