十三話
それから少ししてからのことだった、いきなり近くに人の気配を闇の中に感じたのは
「!?」
何があったのか理解しかねるといった状態ながらも暗闇の中、刀也は跳ね起き気配のする方向に体を向けた
その間『人影』が何故か行動を全く起こさず刀也が起き上がるまで視線を向けているだけだった不自然な行動を取っていた事実に彼は全く気付く余裕が無かった
この事は後に重大な意味を持つのだが神の身ならぬ彼に現時点では察することすらも不可能だ
突然の出来事に瀕し、彼は思い当たる事情に次々と脳内にて検索をかける
咄嗟の事に混乱しながらも彼は一瞬でその原因に思い当たった。それは予測ではなく事実に裏打ちされた確信に基づいての事だった
それとほぼ同時期に、『気配』を放つ『人影』が何か言った
「こんばんは。今宵は月の明るい綺麗な景色が望めますのに、カーテンを閉めっぱなしにしているとは勿体無い
余裕の無い世の中ですが少しは風情を楽しめましたらゆとりが持てますよ
あ、ゆとりを持つという事は別に勉学に励まず努力すらも怠ける馬鹿になれと言うことでは有りませんが」
突然部屋に明かりが付いた
いきなり周囲が闇から光で満たされた事もあり眩しさで刀也自身もわずかに目を細めた
当然、明かりを付けたのは彼ではない
「いけませんねぇ。光源はしっかり確保しておかないと目が悪くなりますよ」
電灯のスイッチに手をかけたままいつの間にか、針金を連想させるような男が当夜の眼前に立って笑っていた
刀也は警戒心も露に男を睨み付けた。普段他人に向ける事の無い苛烈な疑念と不信感を剥き出しにした視線を男にぶつけても、とうの彼はそれすらも夏の残暑すらも軽々と受け流してしまいそうな爽やか過ぎる(?)というよりどこかで刀也の眼光を受け止めた
否。受け止めたというほどその表情は険しくない、むしろ男の微笑は普通に一般人と挨拶を交わす時のように平然としていて不法侵入を果たした身の分際で、堂々とした雰囲気すらもまとっていた
居直り強盗とはここまで堂々とした態度で犯行を実行するのだろうか?
そんな無駄な思考が刀也の脳裏に展開させてしまうほどに男の態度は平然としたものだった
しかし、彼の格好を見てようやくこの男が金とか貴重品目当てに刀也の部屋に進入したのでは無いことを悟った
男の顔はやけに整っていたが、あちこちに顔の右半分を覆い隠すまでに伸びた前髪と詐欺師の見本というマニュアルにあわせて口の形を胡散臭そうな笑いの形を取らせている事が彼にどこか漠然とした胡散臭さを感じさせられた
そして、漫画やアニメなどで見るようなコスプレじみた黒いマントを首から膝下までかけている事実も刀也の男に対する警戒心を強めていた
更にマントの隙間から見える細長い棒の正体も気になるが黒塗りの棒の先から拳三つ分の位置に取り付けけられた円盤状の装飾品みたいなものから、その道具の正体はあらかた理解できた
あれは間違いなく日本刀だ。では何故日本刀なんぞ担いだ男がこんな時間に自分の部屋に無断で入ってくるのか?
日本刀なんて道具は二百年以上昔の時代ならともかくおいそれと誰も彼もが手にすることのできる物なんかじゃない。模造刀なら通販で一万円程度から販売していると聞くが本物を売っているサイトなんて刀也は聞いた事がないし本物の日本刀。それも実用性と芸術性を兼ね備えた類のモノならば争いの無い現代の世で打つには相当の時間と費用がかかる
実用性をほぼ捨て去り最低限の強度を与えただけの観賞用の日本刀でさえ当然のように百万以上の値が付いているのだ
正宗、虎鉄といった歴史に名を残すくらいのブツならば当然の如く豪邸が建つほどの値打ちがするという
では、実用性と強度を兼ね備えた刀が鑑賞目的以外の事に使われるとするならば
それは、誰かを傷つけるか、殺す時意外にはありえない時だった
「あんたが、俺を殺しに来た暗殺者とやらか?」
自然とそんな質問が刀也の口から滑り出てきた
男はあいかわらずだだぼんやりとした仮面じみた笑顔を顔面に貼り付けながら答えた
「そうだとしたら、どうするのです?」
要領を得ない曖昧すぎる返答。質問を質問で返された事に対する不快感はこの際はっきりと表には出さず刀也は答えた
「全力で抵抗させてもらう。俺だってまだ死にたくないし母さんと再会してないからな」
「それで、どうするのですか?見たところ貴方の身体能力はずば抜けているのでしょうが所詮は丸腰。それにこちらは貴方の情報を多少は知りえているのに加え、使い慣れた愛用の武器すら持ってきている。それに・・・」
男は突然マントの下から腰にぶら下げていた刀を手前に放った。真っ黒な美しい艶消しに塗られた鞘が日本刀が刀身を収めたまま安っぽいフローリングの床に投げ出される
「な・・・に・・?」
男の行動が全く理解できなかった。自分から獲物を捨てるなんて
「徒手空拳でも『今の』貴方ほ殺すのは可能ですよ」
次の瞬間、男が拳を構え一気に接近してきた
そのとき、刀也の見える『世界』が変わった
急に男の一撃が緩慢になる、必殺の拳がやけにスローに見えた
「!?」
(なんだこれは?)
状況が全く理解できない
自分を殺しにきた暗殺者がやってきて現在進行形で自分を殺そうとしている時に自分の知覚が数倍に向上する
急激に変化する環境に理解と対応が追いつかない。自分の意思とは無関係に事が大きく進んでしまう。まるで創作上の物語のように
気が付くと目の前に男が捨てた刀がある、それに男の拳は遅々とだが刀也の命を削り取らんと眼前に迫ってくる
(―――――――)
頭の中に正体不明のノイズが走る、早くやるべき行動を取れ、むざむざ殺されるな。そう自分に語りかけてくるようにそれは刀也に思念を送ってきた
「ッ!」
選択の余地は無い
たとえ、何者の掌の上で踊らされていようとも今は目の前に降りかかってくる火の粉を振り払う事が最優先だ
刀の柄をつかみ、鞘から一揆に引き抜く
意外な事に、得物は異常なまで刀也の手に馴染んだ。まるでずっと前から共にあったかのように
そして、驚くべき事に刀の刀身も時代劇で見るような煌びやかな白刃ではなく鞘と同じ艶消しの黒だった
しかし、脳内に沸いた疑問は無感情に切り捨て、今は自衛の為だけに黒い刃で眼前の敵を薙ぎ払った
男が彼が横一文字に振るわれた凶線を身を反らしギリギリで回避するのと同時に
刀也の知覚が一気に元に戻った