十四話
刀也の放った鋭い斬撃は男を捕らえる事は一見出来なかったように見えた
だが現実に目の前には黒いマントを赤黒い血で染め上げ、左腕で傷を抑えている男の姿があった
「少し痛かったですね。貴方の力を甘く見ていました
身を捩るのががあとコンマ0,5秒遅れていたならば、私は自分の下半身にお別れを告げなければいけませんでしたよ・・・
くくく、人間にも力を持つものは居ますが、本当に貴方は人間ですか?」
男が前髪に半分隠れた秀麗な顔を緩ませて友人に微笑むかけるかのように笑う、まるでピエロの仮面が笑っているようで不気味だった
「それでも・・・・この様ですがね・・・・・」
彼は刀也に醜く肉が引き裂かれた脇腹を見せた。傷口は刀で切りつけたものとは到底思えず、へその中心から左脇までの肉がごっそりと削られている
(俺が・・・あれをやったのか・・・・?)
その表情に自らを両断しかけた刀也に対しての被害者的ナショナリズム・・・・・主に謝罪や賠償、先程の刀也自身の自衛行動への怒り、憎しみ、人格批判といった物は伺えない
それどころか彼の表情にはある種の達成感、充実感といったものさえ感じられた
瞬間、刀也は目の前の男が理解できなくなった。殺されかけて喜んでいるなんてマゾヒズムにも程がある
「え・・・あ、あああっ・・」
刀也は混乱した、みっともない事に声すらあげた。眼前の人物が人間じゃない怪物のように感じられた
意味不明である。
どうしてこんなに笑っていられるのだろう
どうして苦しむそぶりを見せないんだろう
どうしてそんなに嬉しそうなんだろう
こいつは、いやこれはほんとに人間なんだろうか
此処まで痛みを感じていないんだから人の形をした入れ物なんじゃないだろうか?
ほら、だって
「すばらしいですよ刀也君。私は『きっかけ』を与えたに過ぎない。
君の半鬼としての素質は以前からあった。ほら、君の周りでよく人が死んだり、不幸になったりするような事がよくありませんでしたか?」
ある。だからそれと今の事と何の関係があるのだろうか?
「貴方のその素質・・・いや、体質と呼ぶべきなのでしょうか?
刀也君。君は知り合いがいろいろ不幸な目に遭っていながら、自分は殆どといってもいいほど面倒ごとに巻き込まれませんよね
これって、不思議だと思いませんか?真実の断片に触れてみたくはありませんか?・・・くく
どうやら『他の要因』も有るみたいですが。我々とは別の組織が動いているようみたいですがね」
先程まで自分が悩んでいた事をまるで凄腕の占い師のように尋ねてくるのだから
「それと、今の事と一体何の関係が・・・」
男はそこで嗤った。巣にまんまとかかった蝶を品定めする蜘蛛を想像させるほどにその笑いは不気味なものに見えた
刀也はそこで一生後悔する選択はしてしまうかもしれないと何故だかわからないが悟ってしまった
男は生け贄と契約完了を果たした悪魔の如くさらに唇を吊り上げ、嗤いを醜悪なものに変えた
もう後戻りは出来ない。言外にそう告げるように
そして、緊張する刀也に向けて男が言った
「いいですか。よく聞いてください。貴方の周りで不幸が起きる反面、貴方自身が特にこれといった面倒に巻き込まれないのは・・・・・・・
貴方が周りの人間の気力。運命、生命力に作用する根源のエネルギー、簡単に言うと『氣』のようなものを無意識に取り込み、喰らっているからなのですよ。
もちろんそれだけで人は死にません。それにしても貴方がここまで知らないのは・・・いや・・・それだけではないようですが、私は良く知りませんねえ・・・」
「半鬼・・・氣・・・」
解らない、この男の話していることが理解できない
男が愉快犯の知的障害者だと説明するのは簡単だ、しかしこの男の言葉を胸を張って否定できない自分が居るのも受け入れられなくも無い
「貴方の母さん、名前は時雨さんと言いましたか、此処にいたるまで貴方の良心が潰されずに耐えられたのも彼女の存在も大きい
しかし、彼女は今ここには居ません。それに貴方を監視する『組織』も動き出したようです」
高月時雨――――
その単語が男の口から漏れ出すと共に刀也は彼に詰め寄って半ば叫ぶような形で言った
「あの人の行方を知っているのか!」
「今、私の口から話せることは此処までです」
男の口から非常に過ぎる言葉が出てきた
言うことを聞けばそれ以上の情報をくれてやる。刀也には言外に男がそう言っているように聞こえた
その時刀也の頭の中の温度がすう―――っと冷えた。例えるならば津波の前に海岸の水位が一気に下がるように
そう、まるで不吉の前兆の様に
そして、先程にも響いた声が、聞こえた
――――――何を迷っている。時雨の行き先を知りたいのだろう。抱きしめて頭をなでて欲しいんだろう?「辛いのによく頑張ったね。」と褒めて欲しいのだろう?
ならば躊躇する理由は無い。目の前の男から情報を引き出せばいい。それだけの話だ
手段は何でもいいどんなに汚いことをしたって構わない。あいつを虫の息になるまで衰弱させる、徹底的に痛めつけて恐怖心を植えつけ服従させるのも自由だ。弱った後に絞り上げて知っている事全てを吐かせればいい
お前には時雨とここの男。どちらかが大切であり、重大かと言うことについてはもはや天秤に掛けるまでもないだろう
良心を棄てろ、道徳観を棄てろ、偽善者どもが好む下らないヒューマニズムなんか無視しろ
お前は時雨と遭いたい。その気持ちが免罪符になってくれる
他人を蹴落として自分が上に上がる事にどこが悪い?古来より人間はそうして発展してきたのだ
ケモノになれ、自らの欲望を満たすために――――――
(・・・・そうだな、そうしよう。)
刀也は一度は下げた黒い刀身を再び強く握り締めた
一度振っただけの刀は刀也の手に馴染む。まるで以前からずっと使っていたかのように
先刻と違うところがあるとすれば今度は自衛ではなく明確な害意を持って相手に切っ先を向けることだ
男の顔をゆっくりと見据える、目が合う敵は余裕の表情で刀也の方を眺めていた
フローリングの床を蹴って一直線に間合いを詰める、三メートルほどの距離は一気に狭まる
そして、さっきの体の中から湧き出る力を刀身に注ぎ込んで一気に薙ぎ払うように刀を振った。黒刀に注いだ『気』はさっきと比べ物にならない。剣先からそのまま延長されるように伸びた不可視の刃が男に襲い掛かる
しかし、
「さっきのは僅かに回避が遅れましたが、そんなに剥き出しの殺意を向けられるとせっかく刃が見えなくても、当てる事は出来ませんよ」
先程に比べて幾分か冷静にかつ殺意を込めた斬激は二足ほど後方に下がった男の体を捉えることができぬまま、刃は空を切るだけの結果に終わり、いつの間にか刀也に背後に立った男が当然のように告げた
「!?」
素早く男の傍から離れる刀也。無論距離を取ったのは反撃を防ぐ為
「私に意識して攻撃を当てるなんて、死線を全く潜った事の無い貴方には無理です」
しかし、彼は刀也に対して殴りかかるどころか、なにもしてこなかった
「・・・ほざけ・・。意地でもあんたの知っている事を吐かせてやる・・・。」
「おお、こわいこわい」
刀也の殺意に満ちた視線をありありと浴びながらも、男は余裕の態度を崩さずにむしろ挑発するかのように両腕を目の前でひらひらと振ってみせる
彼の頭が怒りで沸騰しかける、この男は痛めつけるだけじゃなく半殺しにする。仮に死んでしまったとしても自業自得だ
もはや全力で『殺る』つもりでいくしかない。
決意した時、大気が微かに震える部屋の温度が微かに、ほんの一、二度だが上昇したような気がした
男は高校生ならぬ気迫に満ちた刀也を大したものでもないように一瞥すると突然背を向けた
「ふむ、もういいでしょう。このへん今日のでドンパチは終わりにしませんか?」
「なん…だと」
突然の男の言葉に刀也が絶句する。微かに彼の怒りが静まった。一時的な気温の上昇も収まりを見せつつある
怒り心頭の刀也が一方的すぎる男の停戦宣言を受け入れた――――-―――――のではない
(ち、力が…)
さっきまで刀也の全身を覆っていた目に見えぬ気の流れは既に存在していなかった
どういう訳かは知らない、只、底を抜かれたバケツのように全身から力が抜けていくのかがわかった。それどころか意識も一緒に流れていくような気がする
「あ・・んた・・・・。何をし・・・た・・?」
視界すら徐々にぼやけ、曖昧になっていくなかで男に問うた
「何もしていませんよ。貴方が無理に使い慣れない膨大な量の気を行使しようとしたので負荷に悲鳴を上げた肉体が強制的に体の活動を停止させ、エネルギーの暴走を阻止しただけです。
いやはや、便利なものですね
いくら人間離れした半鬼の肉体でもやはり実戦経験が備われなければ只のお荷物といったところですか
いや・・・それとも肉体そのものが・・・・」
後半の言葉は良く聞こえなかった
「やはり、・憶を無く・・・・・の器が憑・しただけ・・・の人間の・・・・・・のは、どうも時間がかかる・・・すね。それにしてもここまでの力を―――――――」
(俺は・・・一体・・・・・)
男の言葉を半分聴き終わるか聞き終わらないうちに刀也の意識は闇に落ち、同時に体は床に倒れ伏した




