009.魔法を使えるようにしよう
「いずれにせよ創司さまがこの世界で魔法を使えるようにしないとなりませんね。魔力の供給をしましょう」
おれが訊くより前にアデルは提案をしてきた。
そうそう。おれが弱者を虐げる悪者たちと戦い勝利するには、この世界の魔法を体得しなければならない。魔力を供給できるなら何だってしてやるさ。おれの覚悟はハンパじゃないって事をアデルに理解してほしい。
「ああ、魔法が使えるなら何だってやるぜ」
アデルはにっこり笑って杖を天高く翳す。詠唱なしで突風みたいな魔法を発動する。
黒くおどろどろしく絡み合った巨大樹木が突風に煽られざわつく。眠りこけてた鳥たちがバサバサと羽ばたき、揺らされた枝葉からいくつかの果実が地面に落下した。
黒い林檎。
おれがこの異世界にきた当初、空腹のあまり食うか食わないか悩んだあれだ。
「マナの果実です。これを一つ食べるごとに、人間は二つ、例外的に三つの魔力属性を得られます。注意しなければならないのは、芯は残しても大丈夫ですが果実の九割を食べなければいけないというところです」
地面に落下したマナの果実は七つ。アデルによると魔力の属性は、地、水、火、風、氷、雷、光、闇、金、理の十あるという。
「どれを食べたら、どの属性の魔力を得られるかというのは分かるの?」
おれは適当に拾った一つを見つめながら訊ねる。
「世界における魔力の均衡を保つため、食べ終えるときまでどの魔力がその果実に宿っているのかは分かりません。逆にいえば食べ終わった瞬間はじめて魔力属性が決定するといえます」
「それだったら食べるの慎重になるよな…」
「さきほども言いましたように一つのマナの果実につき、二つないし例外的に三つの魔力属性を得られますが、一人あたり保持できる魔力の属性数の上限というのがその二か三なのです。例外的に四つ以上の属性をもてるものもいますがそれは置いておきましょう。なので属性を変えたいときは、その都度マナの果実を食べればいいわけです。運が悪ければ前回と同じ属性なんてこともありますが、何度食べても死ぬことはありませんしね」
アデルは形のいい唇を弓なりにさせ微笑む。おれは一瞬心臓が止まりそうだった。説明内容についてじゃない。ただひたすらアデルが可愛いから。
「なんてガチャだよ…その都度、属性が変わったら魔法スキルとかリセットされちゃうんじゃ?」
おれはマナの果実を一つずつ放り投げ、キャッチしながら重さを量った。う~ん、どれも同じ質量。
「大丈夫ですよ。スキルは経験として蓄積されますので属性が変わってしまっても、その人が忘れていなければ再び過去の属性を手に入れたとき、前回習得したスキルを行使することができます。ただ、人によっては一つしかマナの果実を口にせず、生涯ずっと同じ属性のままでいる方もいますけどね。主に職人さんとかが多いようです」
アデルはきらきらした瞳で解説してくれた。森の木々からのぞく満月が彼女の中に入り込んだみたいだった。
「ふぅん」
とりあえずおれは一つ目のマナの果実を食ってみた。苦い。サタンがアダムとイブに奨めた林檎よりも罪深い味。まずい。くそまずい。
「これで魔法使えるようになったかな」
「なにか内側から声が聞こえてきませんか?」
「う~ん」
なんていうか頭が少しクラクラする。風邪を引いたときのように。台所から母親が料理に使う日本酒を盗み飲みしたときみたいに。声が聞こえるということで耳をすませた。幻聴のように亡霊が囁く。精霊が囁く。いや囁いてるのは悪魔なのだろうか。わからん。「火だ」「闇だ」「火だ」「闇だ」「火だ」「闇だ」「火だ」「闇だ」「火だ」「闇だ」「火だ」「闇だ」
「火だ、闇だ」
おれは頭の中の声を口にした。
「多少、頭がクラクラするでしょうが何度か食べれば慣れます。では創司さま。火をイメージして魔法を使ってみてください」
「魔法詠唱とかしなきゃいけないのか」
ふらつく頭で目の前のアデルが歪む。
「魔法詠唱とは、魔力の発現から選択、行使までの三段階を短縮させるラベルづけのようなもので、攻撃や防御など急を要するときだけ使います。単純に手のひらから火を出すだけならば魔法詠唱は必要ありませんよ」
そういや、アデルがこのマナの果実を樹から落とすときも大仰な魔法詠唱なんてしてなかったもんな。
「イメージしてみてください」
「ほい」
手のひらを空中に向けた。
ボウ!とサッカーボール台の火の玉がおれの手から出た。熱い!本物の火だ!おわっ!マジか。酔いは一気にさめた。やばくね。おれ、やばくね。
「これが魔力、魔法です。魔法にも物理的実用と、象徴的応用の二種類がありますが、いま創司さまが発現しているのが、火を出すという物理的実用です…その違いは…」
アデルがそう言いかけたときだった。
空中におれが出したものとは違う炎が現れ、紙っぺらを吐き出した。炎がふっと消えると現れた紙はひらひらと地面へ落ち、アデルはそれを拾い上げる。
さっきアデルが国王さまへ出した魔法手紙の返事だ。
「国王陛下からです。幸運を祈ると」
やったぜ!国王さま直々に旅の許可が出た。王都に戻れといわれたらどうしようかと思ったがどうやら納得してくれたらしい。
「勇者さまの四神剣を必要とする兆候が現れた場合、即座に魔法手紙を出すので、それまで鍛錬に励みなさいとあります」
極秘の内容だからか、アデルが読み終えると魔法手紙は発火し、塵となった。
懐の広いじいさんだな。おれはやるよ、やってやるよ。具体的になにをどうするかは分からないけど、とりあえず手のひらから火を吹いたよ。勇者の第一歩だよ。おれは心の中で国王さまに報告をした。
「創司さまの正義をなすという言葉…私はある人を思い出しました。私も全力で創司さまをサポートいたしますので…末永くよろしくおねがいします」
ある人って誰。昔好きだった人とか?末永くよろしくってなんか嫁みたいだな。可愛い。すんごく可愛いよ、アデル。まぁおれはヒーローだし、気持ち悪く思われるからそんなこと口にしないけどさ。
「こちらこそ、よろしくな!」
お辞儀するアデルに対し、ちょっとキャラをつくってお辞儀を返した。お互いのおでこがぶつかる。もっと距離とれよ、近すぎだよっておれの中の野暮な誰かが冷やかすが関係ない。おれたちはお互い苦笑いする。お辞儀って日本の文化じゃなかったっけ。いい習慣だよな。
おれらは森の中で野宿することになった。ひんやり冷たい真夜中に焚き火をしながら。
焚き火はおれの手のひらから熾した。新しいおもちゃを手に入れたガキみたいに何度も火を放つおれを、アデルは微笑んで見守ってくれた。
◆
焚き火は燃え尽きた。アデルは帽子を脱ぎマントを毛布代わりにして魔法の杖をしっかり抱きながら寝てる。すやすやと。女の子の寝顔なんて初めて見たが、じろじろ見るとヒーローらしくないから見ないようにした。
地と雷、理の三属性を持つアデルは、人間では例外中の例外らしい。なんでもキルシュタイン家の血統が関係するとか。
アデルは寝てる最中に動物に襲われないよう障壁魔法をこの一帯に張ってくれてる。そろそろおれも寝るか。
あ、そういえばおれ「闇の属性」も保持してるんだっけ。今日は発動させなかったな。まぁいい、真夜中の森で闇属性を発動しても地味な気がするし。っていうか、おれ、アデルになにかの説明を聞いてる途中だった気が。なんだっけ?ああ眠い。
明日からは魔法と剣の稽古なんかも独学でやっていこう。とりあえず今日は疲れた、おやすみ。