010.野宿してたら魔法の杖を盗まれた
「ない!ない!ない、ない!私の…魔法の杖が…ない~!!!」
おれの耳をつんざいたのはアデルの絶叫だった。東の空が白みはじめる少し前。鶏の何割かはまだ寝坊してる早朝。
エメラルドグリーンの障壁魔法はなくなっていた。魔法使いの帽子やマントを放り投げたままアデルはちょこまか、ちょこまかと木々の隙間、枝葉、土の中を掘り返しては「ない、ない」と呪文のように繰り返す。
「よく見てみろよ」
おれは寝ぼけまなこで答えた。
「ない!どこにもないんです!」
おれも頭を掻き毟りながら杖の探索に協力する。どこにも落ちてなかった。
「動物が咥えていったとか」
「それはありません。頑丈な障壁魔法なので…」
「頑丈な障壁魔法を誰かが破ったっていうのか」
知能、悪意をもった何者か。とはいえ、おれの首はまだ胴体とつながっているから、あのハゲマッチョみたいな魔族ではないだろう。ああ、よみがえるトラウマ。
「あの障壁魔法を破れる人間は、そうそういません。魔法の杖を奪われるなんて…」
アデルは悔しそうにいう。
「高価なものなのか?」
おれは龍の鉤爪が紅い水晶玉を掴むような装飾が施されたゴージャスな魔法の杖を思い出す。そしてアデルに対して、他人事みたいに質問してしまい、口にしたあと少し後悔した。
「おそらく大金貨数千枚…いえ、それ以上の値段がつくでしょう」
昨日の夜、アデルはこの世界の貨幣について教えてくれた。「大金貨何枚で家が建てられるか」「中金貨一枚で玉子はいくつ買えるか」「小金貨一枚で林檎がいくつ買えるか」「大の男の一日の稼ぎは銀貨何枚分か」など質問を重ねた結果、おおよそレート換算ができた。
もちろん、おれのいた世界と異世界の生産性や金や銀の価値の基準が同じとは限らないし、なんとなく、それとなく感覚的に目安を出せたっていう程度だけど。細かいことは気にしないでほしい。それでは結果発表。
大金貨=一万円、中金貨=五千円、小金貨=千円、銀貨=百円、銅貨=十円。
大金貨はゴルフボールの直径サイズで、中金貨は五百円玉サイズ。小金貨および銀貨と銅貨は百円玉サイズ。紙幣がないのは炎の魔法が飛び交う世界だから、とおれは勝手に納得したが、真相はアデルにも分からないという。そもそも紙幣とはなにかと聞かれる始末だった。それぞれの硬貨の表にはキビノス十三世の肖像、裏にはドラゴンの刻印がされていて大陸通貨としてマテラ大陸ならどこでも使えるらしい。
話を戻そう。アデルの魔法の杖の価値は数千万円以上だという。
「でも盗むならおれの四神剣も一緒に盗むはずじゃ?」
おれのお宝は肩にかけた鞘に収まったままだ。おれは魔法の杖が盗賊にもっていかれたという確証がほしくて率直な疑問をアデルに投げかけた。
「四神剣は勇者さま以外が持つことはできないのです。鞘から抜こうとしてもそこらへんの樹の根っこを抜くことよりも困難です」
そうだった。ごめん。
「じゃあ間違いなく盗賊だよな…」
「おそらく…」
卑劣な盗賊だ。野宿する少女からそっと魔法の杖を奪うなんて。たたき起こされて脅されたほうがまだ対処のしようがあっただろう。おれはアデルを不憫に思った。
「この森から一番ちかい町は?」
アデルはマントの内ポケットから大陸地図を取り出す。角が丸くなってところどころ破れてる地図。コーヒーだか紅茶をこぼしたような染みもあった。
「ここより徒歩でおよそ三時間のところにトラッパという町があります。ほかの町に行く場合も陸路ならトラッパを通らなければいけません。この森…いえ、山は断崖絶壁に囲まれていますからね。ただ、グリフォンなど飛行型の聖獣などに乗っている場合はその限りではありませんが…」
太陽が差し込みアデルの横顔が照らされる。
おれが寝たのは焚き火が燃え尽きてからだ。空高くグリフォンやペガサスに乗ってるやつが、森で野宿しているおれらに気づくだろうか。魔法の杖を盗んだのはおそらく森の中をがさがさ移動してたやつに違いない。おれは確信した。
鳥肌がざわざわと立つ。
「おれに解けない謎はない…」
まさに漫画のヒーローが宿った瞬間だった。おれは右手人差し指を天高く突き上げ長いセリフを言う。
「…盗賊はおそらく徒歩か馬での移動で、やつは魔法の杖を換金するためトラッパを目指しているだろう。そしておれは昨夜遅くまで起きていたから、おれが熟睡するまでの時間を考慮してここ数時間内の犯行。馬をめいっぱい走らせていない限り今ちょうど、やつがトラッパにたどり着いたころ。古物商なり店が開くのはあと数時間後…だよな?急げば間に合うかもしれない」
我ながら大胆な推理。まぁ盗賊が山に住んでいて魔法の杖を換金する気がない可能性もゼロじゃないけど。
「…これは真実へ繋がる可能性の一つに過ぎないが直感で動いたほうがいいときもある。謎を解く糸口は足もとに散らばってるものだ。急ごう、アデル」
おれはもう、すっかり週刊少年トリガー連載中の漫画「直感探偵☆二階堂一也の迷宮ファイル」の主人公、二階堂一也になりきっていた。
バトルアクション系ではないが、おれが尊敬するヒーローの一人だ。
物事を考えるとき、いつも漫画、アニメ、映画や史実のヒーローのセリフが、おれの中で蘇る。二階堂はおれの中の名探偵と同化した。
「あの杖はキルシュタイン家の家宝で、祖母から譲り受けたものなのです…だから…」
「嘆くより行動だ。おれが必ず取り返してやる」
おれはいった。
アデルはサファイヤみたいな瞳を光らせて頷く。泣くのをこらえてる。えらいぞ。おばあちゃんからもらった大事なもの、おれが取り返してやる。必ず。
「身体の方に魔力、残ってるかな」
アデルは何やらそう呟いたが、地属性の魔力でエメラルドグリーンの絨毯を発現させた。
◆
おれたちは、高度数千メートルの空を飛んでいた。
広々とした柔らかいすわり心地。アデルが前で、おれが後ろ。エメラルドグリーンの絨毯にのっかって、前髪をなでる風に目を閉じながらおれたちが野宿していた山を鳥瞰する。
「気持ちいいなぁ…って、こんな暢気なこと言ったらまずいか」
「いいんですよ。私に付き合わせてごめんなさい」
「そんなことはないさ」
山の全貌。
神様が巨大な鉈で叩き割ったような峻厳な峰に囲まれた特盛りブロッコリーみたいな森。緑や黄色や赤茶けた木々に彩られた稜線。向こう側でぼやけた山頂は雲を突き破り天空と同化していた。それはまるで目を閉じ静かに横たわるライオンみたいに猛々しい生命の息吹。
「でもやっぱ、ちょっと高いとこは…」
怖いなぁって言葉をおれは呑み込んだ。勇者だから。
異世界召喚された初日の山々とは少し様子が違って、こちらの山脈のほうが険しい。アデルによるとあの納屋からかなり南下した場所まで暗黒トンネルで飛ばされていたらしい。
なぜ夜のうちにこの絨毯で町まで移動しなかったのかとアデルに訊ねたら、どうやら地属性は太陽のエネルギーに関係するらしく、夜に絨毯を出すとすぐにエネルギー切れで落下してしまう可能性があるのだといわれた。
できれば空の移動は魔法ではなくグリフォンやペガサスのように飛行聖獣が好ましいとアデルはいう。
そういや闇のトンネルから抜け出たとき、命を救ってくれたエメラルドグリーンの絨毯もすぐに消えてしまったもんな。あれは月の光を太陽エネルギーの代用にしたらしい。
徒歩なら三時間。
だが魔法の絨毯にのっかったおれたちは苦もなく間もなく、その町――、トラッパに到着した。




