046.危機一髪
「創司、お前の指示通り魔草を燃やしまくってるぜ。途中、冒険者らしきやつらを何人か見つけたが仮死薬をぶちこみ解放させた。魔草がなきゃ、オレらが幻覚に溺れることもない。文字通りダンジョンを荒らしまくってるぜ」
衛兵長ヤムキンがグレゴリーの風魔法テレパシーで現況を報告してきた。
「こちらも魔草の駆除をしているところだ。何匹かゴブリンとの交戦もあったが、冒険者とは出くわさない。しかし不思議だな。一度、幻覚にハマると魔草を駆除しても、幻覚が解除されることがない」
グレゴリーの兄貴アニニスも、会話に加わる。
「互いに残念なことだな」
おれはアデルをチラ見した。幻覚発動の条件は不明だが、こんなに可愛い魔法少女が醜いゴブリンに見えるなんて、残念としか言いようがない。
アニニスにも同じことが言える。
言動から察するにやつは種族をこえ、クレアに淡い想いを寄せてるに違いないが、彼女の美貌をまだ目にしていない。
アニニスがクレアの真実の姿を見れるのは洞窟の外に脱出するか、おれが「核」を破壊してからということになるけど、まぁ、ゴブリンにしか見えないエルフの少女に想いを寄せる変わり者だから、クレアがどんな見てくれであろうと関係ないかもしれないが。
「こちらも順調に魔草を刈り続けてる。水魔法で根を腐らすか、風魔法で茎を切断するか、手段はバラバラだがな」
衛兵のバザロフの報告。
衛兵総勢三十名が二、三名ごとに組み手分けしてダンジョンのそこかしこで「攻撃」を続けてる。今のところ死者なし。魔草を駆除され「悪魔」たちの囁きも聞こえないという。
このダンジョンを支配する「核」をもつ悪魔が現れるのはいつになるかーー。
おれは、やつをおびき寄せるようにして声を張り上げる。
「核をもつ悪魔よ!このダンジョンのトリックはもう解けた!おれらは魔草を根絶やしにするつもりだ!それがイヤならおれの前まで姿を現せ。決着が付けば、双方にとって都合がいいだろ!」
《言われるまでもなく、キサマの頭上にいるぞ》
悪魔の声ーー。
きゃあ、というアデルの悲鳴とともに巨大な姿をしたーー、巨人族の身体を乗っ取った悪魔憑きがそこに立ち尽くす。
「けけけけけ。オレはスケアクロウ。このダンジョンの支配者だ」
「お前を倒せばいいんだな?核はその体内か」
「ずいぶんと粋がいいガキだな。我がサタン一族がイナリスが世話になったようだが」
巨人の悪魔憑きスケアクロウは濁った眼球でおれを見下ろす。片手には棍棒が握られ、裸同然の姿に腰に布切れを巻き付けている。
「イナリス?エルフのおっさんに憑依してた狐の悪魔の名前か」
「やつは一族でも最下層の部類だ。いい気になるなよ」
そう言いながら振り下ろす棍棒。
アデルも、おれも難なく地面から飛び上がりそれを避けるが、ここは狭い洞窟。やつが何度も何度も振り下ろす棍棒と砕け散る岩場の破片も邪魔して行動に制限がかかる。
「雷鳴竜巻ォォォ!!!!」
アデルの杖が輝く。
「ぐががががががぁ!」
雷属性の魔法攻撃をマトモに喰らったスケアクロウは黒こげになりつつも、灰色の煙を吐き出しながら、笑い、こちらへと歩みを進めた。
「創司と言ったか、くそガキ。キサマさえ来なければ」
棍棒。
台風のごとくそれは振るわれ続ける。岩を砕き、地を割り、怒りの化身がおれたちを潰そうと暴れ回る。
「こんな洞窟で人間を誘惑し、身体を奪う卑劣な悪魔のくせに」
おれは毒づいた。
「なにを知った風なクチを」
地面が砕ける音。
「魔神シヴァ様は、この惑星の人間が望むものを与えたのだぞ」
岩の壁が崩れる。
アデルは魔法でそれをガードする。だがエメラルドグリーンの防壁は、スケアクロウの次の攻撃で破られ、次の防壁が間に合わないおれらは背後へと飛び跳ねそれを避けるしかできない。
「魔法は我ら魔族が与えたものだ!それを仇で返しやがって!」
スケアクロウは怒りに我を忘れている。攻撃が大ざっぱになり、隙がちらほら見えた。
「六千年前のことか」
おれはスケアクロウの怒りをもっと引き出すため、乏しい知識を総動員して水を向ける。
「そうだ!魔神シヴァ様を封印し、我ら魔族の実体を消滅させた四人の勇者、それに四神剣」
スケアクロウよ、おれが今構えてる剣こそ、その四神剣なのだが。
まぁ避けてばかりで活用はしていないが、隙を見計らって「フレイル・ブレイブ・フレイムス」をこいつにたたき込んでやる。
そう、若干おれはビビってる。だからこそ、その技が使える。再弱勇者の最強の武器。
「死ね、冒険者よ」
棍棒が迫る。
おれとアデルはそこが洞窟の行き止まりであることに気づいた。
キィィ、とゴブリンが洞窟内の壁や天井をつたい、おれらの背後を囲む。
絶体絶命。
「ここは退却か」
前方、後方に驚異が迫り、洞窟も行き止まりでは「フレイル・ブレイブ・フレイムス」を発動させる余裕がない。魔力を練る集中力が揺らげば四神剣が放つのはライターの炎ていど。
衛兵長ヤムキンには「最後まで残る」なんて言ったが状況がこれなら仕方ない。一度、外に出て立て直してから洞窟に挑めばいい。
おれはダンジョンから脱出すべく「仮死薬」の入った袋をジーンズのポケットから取り出す。アデルと自分の分だった。
だが、
「させるか」
スケアクロウの棍棒から炎のオーラが現れ、やつが風のごとくそれを吹くと、袋に火が燃え移り「仮死薬」はすべてオシャカにされてしまった。
「あちち、くそったれ」
おれは袋を放り投げて叫ぶ。
もう、やつを倒すしかダンジョンから脱出する術はない。
アデルの方を見た。
額から夥しい出血。棍棒がかすったのか岩の破片が当たったのか。魔法少女は杖にしがみつくようにして闘志を燃やすが集中力も欠けている。
守りながら戦う。臆病なおれが。
いつぞやのように闇魔法でアデルを隠すにしても、即座にスケアクロウの棍棒がおれの頭蓋骨を砕くだろう。数秒間のできごとを予想しおれは寒心に堪えかねた。
「おれの今構えてる剣が四神剣だよ、マヌケ」
おれはスケアクロウを挑発する。
「冗談でもそれをクチにするな」
やつの濁った眼球に怒りが燃え移る。巨人の悪魔憑きが棍棒を振り上げた。
怒りのせいで大きく振り上げている。力任せにおれらを潰したいからだろう。
一瞬隙ができた。
「火炎」
おれは右手指先で火魔法を発動。巨人の背後に炎を生み出す。洞窟内の闇に目映い灯り。
「影踏」
続いて闇魔法を発動。おれのつくりだした炎を背に延びた、巨人の影めがけて四神剣を突き刺す。
「ぐおおおおおおお」
巨人の影の左胸を突き刺したため、実体の同じ場所からも傷が生じ、魔族特有の紫の血液が噴出する。とんでもなく便利な技。
「ざまぁみろ」
魔女ふたりによる夢の中での特訓はおれのスキルを確実に上昇させていた。
「退却だアデル」
おれとアデルは断末魔の悲鳴を上げるスケアクロウの両足の間をすり抜け、炎を飛び越え、洞窟を疾走した。




