033.生きて戻れないダンジョンに行けってか
おれらは着替えを済ませた。
おれはトイレで、アデルは寝室で。パーカーもジーンズも汗くさくなんかない。アデルに魔法で綺麗にしてもらったから。
ドアをノックする音が聞こえた。朝食の午前七時にはまだ早かった。
「創司さま。ご来客です」
宿の支配人が挨拶にきて事情を説明し、高そうなスーツに身を固めたジャイアント族の紳士と何人かの付き人がやってきた。
これには、おれもアデルもびっくり。懐中時計は午前六時半を示している。
「誰だあんたは」
おれは、背負っていた四神剣の柄に手をかけようかどうか迷った。
旅を続ける以上、魔族の襲撃を警戒しなきゃならない。だがこの連中にあのハゲマッチョや悪魔憑きに感じた「瘴気」の気配はない。おれってば異世界生活に馴染んできたってか。
「こら無礼者」
髭もじゃドワーフの付き人がおれに食ってかかる。
「いいんだ。無理もない。こんな朝早くからの無礼を許してほしい。腰をおろしてもいいだろうか」
ジャイアントの紳士が付き人を左手で制止し、右手で帽子をとって挨拶をしてきた。
その適度な長さに揃えられた顎髭、口髭と動揺にぴっちり七三で分けられた髪型が上流階級を絵にしたような印象を持たせる。瞳はカリフォルニアの晴れ空みたいに青かった。
「どうぞ」
おれとアデルは、ジャイアントの紳士と向き合う形でテーブルに座った。取り巻きはドアから壁沿いに一列に並んでいる。
宿側が雇っているメイドの煎れた紅茶が鼻腔をくすぐった。メイドの手が微かに震えている。紅茶を注ぎ終えるとワゴンと一緒に彼女は消えた。
「君の武勇は耳にした。破壊された町も見に行った。よくぞ人死にを出さずやってくれた」
腹の底から響くようなバリトンボイスで語りかけてきたその紳士は、同じジャイアントでもグレゴリーとは大違い。声や仕草で巨人族の威厳を体現してる。
どこかで見たような気がするな、とおれが思っていると、
「覚えているかね。昨夜、馬車ですれ違ったではないか。私はこの町の領主だ」
なるほど。
ドナルド・トラッパ(町と同じ名前!)と名乗ったその男は、目を細めて分厚い岩みたいな手のひらをおれに差し出す。おれもそれに応えた。
「君に頼みたいことがある。昨日、君が交戦した悪魔憑きを生み出した元凶でもある難関ダンジョンを攻略して欲しい」
ドナルドは微笑みながら、おれを見つめる。
「君らがどこから来て、どこに向かうのか。王国内の通行許可証があるかどうかなど確かめるつもりもない。一見、旅人に見える君らが急ぎではないことを祈るばかりだが」
そういうことか。朝っぱらからのご挨拶は、おれらが町を出てしまうことを危惧していたためだ。
おれの中で威厳ある巨人族の男が、ケチな田舎貴族に格下げされた瞬間だった。懐が小さいというかケツの穴が小さいというか。
通行許可証の確認どうこうは多少、恫喝の意味があるのだろう。
だがおれもアデルもリンゴン王国から発行された国内無制限、無期限の許可証を所持している。この前野宿したときに魔法手紙と一緒に送られてきたものだ。
そう。断じておれらは不法滞在者などではない。見慣れない服装のおれを見て軽く見てるのかもしれないが、このドナルドとかいう領主の鼻をあかしてやろうか。
「得体の知れないやつであっても、解決してもらえるなら利用しようってことですか」
おれの皮肉に動じずドナルドは笑顔のままだった。
まぁ、この町外れにあるダンジョンの案件は、頼まれずともやってやる気だったが、おれは返答を少しじらす。
ドナルドの目がおれの心を見透かそうと忙しなく動き始めるのを見計らい、
「生きて戻れないダンジョン、の間違いじゃないんですか」
おれの意地の悪い発言に、眉ひとつ動かさないままドナルドは続けた。
「君が迷い人を連れ戻してくれればいい」
食えないおっさんだ。おれの性格を見抜いてやがる。ダンジョンに吸い込まれた連中は死人じゃなく、あくまで行方不明者扱いなのだ。これを断ればおれは彼らを見殺しにしなことになる。
「十年でしたっけ。ずいぶん長いことギルド案件に登録されていなかったようですね。町の衛兵をいたずらに投入してきたと聞いてますよ」
おれの口は皮肉をすらすらと垂れ流し続けた。兄貴をダンジョンに奪われた衛兵、グレゴリーの代弁を無意識にしていたのかもしれない。
「ケチな領主だと言われているそうだが弁解させてほしい。ギルド案件としていたずらに冒険者たちをあそこに送り続けることは領主としてできないかった」
「どういう事ですか」
「報酬がいくらかかろうが、誰か優秀な冒険者があそこをクリアしてくれるのならそれでよかった。だが、ここ三百年の間で誰一人…悪魔憑き以外、生還できていないダンジョンとなると、王国から、また近隣諸国から目を付けられ、封印という名目で町そのものを強力な魔法で沈められてしまう可能性がある」
ドナルドは、この世の憂鬱をサンプリングしたような溜息をついた。
「町の領主といえど、たかだが田舎の貴族だ。国王陛下には逆らえない」
ふたたび、溜息。
おれは納屋で出会った国王陛下や聖騎士のダリオを思い出す。
はは。このおっさん、おれが勇者であることや国王陛下たちとのやりとりを知ったら卒倒するんじゃないか。
おれの思いをよそにドナルドは言葉を続ける。
「また、事実そういう話も出た。私はその都度、金にものを言わせ王国の役人を抱き込み、この町を守ってきた。ダンジョンの報酬など比ではないほどにね」
いやいや、その理屈こそがケチくさいんだよ。つーか国王陛下にチクったろか。
とはいえこの町が沈められたら、南部商店街の皆もそれなりに困るだろうし、おれは本音を飲み込む。
「話は理解できました。おれにすべての権限を与えてくださるならやりましょう」
おれの英雄譚、第二幕の開始。
左隣でじっと話を聞いていたアデルも頷き返す。正義に燃える勇者は誰にも止められない。
そっとアデルの手のひらがおれの左手に重なった。こんな美少女がおれの手を握ってくれてるんだぜ。普段なら動揺してるだろうが、おれは右手をその上に乗せた。安心してほしいという意味だ。
「いいだろう。望みは?」
「まず冒険者としての免許なり許可証なりを発行してください」
おれらは国王陛下に、国内の通行許可証を発行してもらったものの「冒険者」としての権限は与えられていない。
この世界における「冒険者」とは王国内で発生したギルド案件を引き受けることができる「傭兵」かつ「便利屋」のようなものだ。
これらはギルドで適正試験を受けるか、どこぞの貴族からの推薦状があって初めて発行されるもので、勇者候補であるおれに危険なことはしないでほしいという王国側にねだれるものではなかった。
ドナルドは頷く。了承したという意味。
「あとは情報です。そこまであのダンジョンに悩まされているなら、そちらでもある程度の聞き込みや調査はしているでしょう」
ドナルドは再び頷く。
「ダンジョン内の情報を持ち帰った者はなくとも、亡骸に関しては調査済みだ」
昨日、寿司屋のおやじが言ってた話をおれは思い出す。
百年前や五十年前にダンジョンに潜った冒険者たちが、当時の姿のまま死体となって発見されたって話。
そう、そこは名実ともに「生きて」戻れないダンジョン。死体は何人か戻ってこれたって話。ならばそこから謎を解く鍵を探しましょうよって考え。おれってば名探偵。
おれは言葉を続ける。
「ダンジョンについて聞き込みをして回る少女の存在がないかどうかも調べていただけますか」
「なんという名だ」
「クレア。とあるエルフの少女です。彼女の父親はあそこに潜り失踪しました。そして結果、悪魔憑きになった」
「そういうことか。いいだろう」
ドナルドは、昨日の騒動の原因を理解したようだ。おれはおれで、お人好し。あのエルフのおっさんの死に際の言葉を忘れちゃなかった。
「君には冒険者の免許と、ダンジョン調査権を与えよう。報酬もはずむ。平凡な冒険者が生涯かけて稼ぎ出すほどの報酬だ。まずこれは前金…」
岩のような分厚い右手が、切符みたいに小さく見える小切手にいくらかの数字を記入し始める。
おれは金になど興味はない。だが作戦に金がかかる可能性も考えじっとそれを見つめていた。
これからとんでもないことに巻き込まれるとも、露知らずに。




