034.地方貴族のトラッパ一族
「ここ百年に及ぶダンジョンにまつわる証拠品や書類は私の屋敷にある。ギルドの受付じゃ知り得ない情報ばかりだ。一緒に来てくれたまえ」
領主ドナルド・トラッパの豪邸は町の東部にあり、噴水広場および、おれらが泊まった宿からそう遠くはなかった。
気取った馬車に乗せられ揺られること、せいぜい十分か十五分。高級住宅街の街路樹の向こう側に、巨大な槍がいくつか突き出たような屋根が見えてきて、おれもアデルもそこが目的地なのだと一発で分かった。
馬車を門の前で停めるとドナルドの屋敷の使用人が待ちかまえていて、こちらへどうぞと案内される。
巨大テーマパークに迷い込んだような錯覚。赤茶けた煉瓦が数千、数万、いやそれ以上積み重ねられた巨大な豪邸。積乱雲に届きそうな槍じみた屋根は近くで見ると一層、迫力があった。
使用人は「羊」のネイチャー族で「私は執事です」と洒落にもならない自己紹介をして屋敷の扉を開けると、
「広い屋敷です。迷子にならないよう私についてください」
と、おれらを案内し始めた。
家主のドナルドは最後尾を歩きながら、おれとアデルに一階通路の壁際に並んだ絵画やモニュメントについて説明をはじめる。
元は豪農にすぎなかったトラッパ一族だが、リンゴン王国が大陸戦争に明け暮れていた三百年以上も前に数々の武勲をたて、爵位といくつかの山々を領地として与えられたという。
地方貴族となったトラッパ一族は山々を切り崩し町をつくった。それが今に至るトラッパの町だ。当時描かれたという絵画は時系列順にその歴史を記録していた。画風はドラクロアワみたいな感じ。殺伐としてて革命の息吹を意気揚々と伝える繊細さとダイナミックさがあった。
それにしても、
「大陸戦争かぁ」
おれは独り言をつぶやく。
「あの頃は四大陸すべて、大陸戦争が勃発しておりました」
執事がこちらを振り返り、気を利かせて返答する。
「我が一族はそれの恩恵を受けた立場ではあるが、決して幸福な歴史とは言えない。大陸戦争を三百年前に集結させたひとり、キビノス一世さまがいなければ、この国は滅んでいたかもしれない」
しんがりのドナルドの、しんみりした口調。
「ん?キビノス…?」
どこかで聞いたことのある名前だな。おれがそんな顔をしていると左隣のアデルに小突かれた。
「創司くん、君がどこの出身かは知らないが、本当に何も知らないようだね」
ドナルドは苦笑しながら言葉を続ける。アデルは何かを諦めたように魔法帽のつばをキュッとなおした。
「キビノス一世さまは、四人いる始祖のヒューマン族がひとり、マテラさまの正当な後継者だ。よって四神剣の継承者でもあった」
あらら。まさか、まさか。
「今から三百年前、ほかの三人の四神剣継承者とともにオニユリ島の魔神像から、剣を引き抜き、この大陸に持ち帰ったのだ。そしてその圧倒的魔力によってこの大陸の五つの国の争いを止めた。しかも自らが統治するバラモーン帝国の領土にするわけでもなく、それぞれの王朝の存続を認めてくださった」
「あ、あの。そういえば、ダンジョンについて質問があるんですが」
話をこの辺で終わらせなければならない。おれは話題を変えようとした。だが饒舌になったドナルドは意にも介さない。
「大陸内、大陸間の争いがなくこうして三百年間、平和でられるのは四大陸それぞれに四神剣、そしてそれを継承する正しき心をもった四人の皇帝たちがいるからだ」
あらら。
その四人の皇帝のうち、正しい心をもってない奴が一名いて、それがバラモーン帝国のキビノス十三世とやらで…。そいつから継承権が流れてきたのが、このおれなワケで…。まぁ剣だけで宝玉が欠けてる状態の勇者候補でしかないんだけどね。
「剣といえば創司くん。君は変わった剣を所有してるそうだね。噂に聞いたよ。私にも見せてくれないか」
いやいや、見せられないですよ。おれの返答を待たずに領主の視線はおれが背負った四神剣に注がれている。
「こ、これはコーエンジの森から引き抜いた聖剣エクスカリバーで、あの、でも四神剣ほど高尚な剣ではなくて、ですね」
聞かれてもいないのにおれは説明をはじめる。冷や汗が背中を濡らす。足取りが重くなる。おれが四神剣の継承者だと知ったらこの地方貴族はどういう反応をするだろうか。
納屋の一件でも分かるように、リンゴン王国の国王陛下が直々に絡んでるトップシークレットであって、この大陸で一番の武力をもつバラモーン帝国にも、魔族にも「四神剣」の所在がバレることは絶対にあってはならない。そして(今はまだ)しょぼい魔法しか使えないおれが所有者であるなんてことは尚更、知られてはいけない。
冷や汗が止まらない。やっぱ冒険なんかするんじゃなかったのだろうか。世界の命運をかけた剣がおれの背中に重くのしかかる。いや、おれは英雄になる男だ、これしきのことでビビッてはならない。今朝、勇者になってみせるとアデルの前で誓ったばかりじゃないか。
そんな本音を知ってか知らずか、アデルがおれのパーカーの袖をギュッと引っ張る。大好きこの子。おれは彼女に恋をしている。
「お話中、失礼いたします。着きました。書物庫です」
先頭を歩く執事が通路突き当たりの大きな扉の前で止まった。ぶつからないよう、おれらも止まる。
領主は「おお、そうか」と答えた。おれはホッと胸をなで下ろす。アデルも同じような気持ちだったのか苦笑いを見せてきた。
「では入りましょう」
鍵穴に深く差し込まれた鍵が回転する。錆び付いた金属音とともに薄暗い細長い暗闇がどんどん広がっていく。濃密な埃の匂い。
執事はランプをかざし、なにかの魔法詠唱をした。
パッと部屋が明るくなる。見れば部屋の四方に備え付けられたランプに灯がともっていた。
奥行きのある室内。壁際には本棚が並びあらゆる書物が詰め込まれている。
「ダンジョン案件その一、有識者の見解。その二、その三……」
そう書かれた書物が並ぶ棚を見つけた。
おれはこの大陸の言葉が読めるようになっていた。アデルにより両目に特別な魔法をかけてもらっていたからだ。これはおれ自身の魔力の「受け皿」とも連結してるため、アデルが命を落とさない限り持続するものらしい。
「ダンジョン案件その五、過去の死亡者一覧、亡骸の検視、装備、所持物」
と表紙に記された書物をおれは開く。
「少し時間をください。おれなりに仮説を立てるんで」
そういうと領主と執事は部屋を出ていった。
そこから長時間、おれとアデルは手分けして状況証拠を検証し、ダンジョン攻略法について話し合った。
あるキーワードごとにページを見つけだしたり、分類したり、ってのはアデルの魔法に頼った。まぁ、おれの世界で言うネット検索みたいなもの。効率化は悪ではない。
そして夕暮れ時、おれとアデルは領主や衛兵たちを集め、大広間で「仮説」について話し始めた。




