029.アデルの魔法の杖と盗賊ジシス
宴はそれからも続いた。
アデルは魔法の杖のことがあるからと、ひとり噴水の前にあるベンチに座り、ジシスがやってくるのを待ってる。
おれは外にあるテーブルの席に招かれた。アデルは「いってあげてください」と、おれの背中を押す。そして席に座るなり酒をすすめられた。おれはいくら異世界だからといっても未成年であることを忘れず、酒は断った。
相変わらず木造の酒場の扉は開きっぱなし。外に出されたテーブルはさらに追加されていった。この町の東西南北から話を聞きつけた連中が、おれの顔を見にくるついでに一杯ひっかけたりして。
「おお!あんたが魔族をやっつけた坊やかい!町の人間じゃないのによくやってくれた」
握手を求められたり、戦いの話をせがまれたりして、知り合いがどんどん増えていった。まぁ、いつかダンジョンを攻略する際に彼らから情報収集がすんなりできると思えば悪くはないか。
ビールやエールにワインにシャンパン、カクテル。中世ヨーロッパ風の異世界ではあるがレッドアイやカシスオレンジなどもあるみたい。酒を飲める大人って何だか楽しそう。いいな。
「創司~お前のいた国じゃどうか知らんが、ここじゃ十七歳から酒を飲めるんだぞ」
寿司屋のおやじは馬耳をピクピクさせながら、海賊が使ってそうな木でできたジョッキからビールの泡をこぼしながら言いやがる。
店の中に戻っていった衛兵たちとは逆に、寿司屋のおやじはわざわざ外に出っ放しでおれに絡んできた。おれのついたテーブルの席はもう埋まってるからおやじは立ちっぱなしでおれに話しかけてる。
「おやじ~、ぼくらも飲んでみたい」
店の出入り口付近の地面に座り、メシを食ってた昆虫ヘルメットのチビたちがまとわりつく。こいつらジュースとメシだけ大人しく食ってりゃいいのに。寿司屋のおやじにもモラルはあるらしく、ふざけるなとチビたちは叱られ、しょぼんとしてる。
まぁ、こいつらとて酒が飲みたいわけじゃなく大人にかまってほしかったんだろうな。おれはチビたちのあたまを撫でる。カブトムシヘルメットのツーノンはおれの膝に乗っかって足をブラブラさせた。
「なぁ、創司。いいから一杯奢らせろよ」
しつこい寿司屋のおやじ。そりゃおれだって飲んでみたいさ。でも、やっぱどこか真面目なのな。おれ。
そうこうしてるうちに、店の中からおっさんたちの大合唱。
おやじが酔っぱらって帰ってきた
顔を赤くして帰ってきた
カミさんに叱られ青ざめた
おやじよりカミさんが赤くなる
おやじがギルドから帰ってきた
鼻を高くして帰ってきた
カミさんに抱きつかれ青ざめた
おやじは賞金ぜんぶカミさんにとられた
おやじがとうとうこの家を出た
もう二度と帰らなかった
カミさんは葬式を出して涙ふいた
おやじは緑色の顔して帰ってきた
意味の分からない歌詞だったが、寿司屋のおやじによると数百年前から歌われ続けてる町の歌だという。最期の「緑色の顔して帰ってきた」が分からなかったが、死者が蘇ったとかそういう意味かな。なんておれは思ったりした。
後々、この歌詞がけっこう重要な意味を含んでるのに気づくわけだが、メロディを覚えたおれはやつらに混じりそれを歌う。バカみたいに。おれの隣に座った男たちも一斉に歌い始めた。
その輪に加わり損ねた寿司屋のおやじは、そんなおれの様子を笑って店の中へと戻っていった。よかった。もう酒をすすめられることはない。
◆
そうこうしてる中、カブトムシのツーノンをはじめ、クワガタにてんとう虫、カマキリにバッタ、ダンゴ虫、チョウチョにセミ、その他いろいろな昆虫のヘルメットをかぶったチビらがおれの膝や肩に乗っかりはしゃぎまわる。
チキンを食いながらはしゃぐチビもいる。
「モノを食いながら遊ぶな」
おれはチビたちに注意した。
おれといえば、飲んでるのはオレンジジュースばかり。食い物もどんどん運ばれてきたが、なんか食欲がなかった。
ジーンズのポケットから取り出した汗ばんだ懐中時計。とっくに二十時を回っていた。
アデルは向こうのベンチでソワソワしはじめてた。
夜中なので噴水はすでに止まっていた。酒場のあるこちら側にくらべ、アデルの座る向こう側は、寝静まった建物と暗闇にぽつんと等間隔に浮かぶ街灯があるだけで、まったくの別世界に見える。
おれはアデルをこの賑やかな世界に招きたいが、探し物が戻らない彼女の心中を考えるとそれは難しい。アデルにとっておそらく噴水前のベンチに座り、魔法の杖の返還を待ち続けることだけが不安を和らげる唯一の方法だから。
「それにしても遅いな」
おれは呟く。隣で飲んでる男たちは自分たちの世間話に気を取られていて、おれが何かを言っても面倒くさい反応はしなかった。
改めていうが、それにしても遅い。
魔法の杖を盗んだジシスがこの酒場に現れ、杖を返却してくれるとのことらしいが、まだやつは来ていない。おれは店の中で飲んでるキャロルにそのことを訊ねる。
「ジシスはまだ来ないのか」
店内でおれを逆ナンパしてきたエルフ姉ちゃんたちとキャッキャ、女子トークをしてるウサギ耳のキャロルがそこにいた。おれはエルフ姉ちゃんたちに一緒に飲もうよと言われるが愛想よく断る。
キャロルいわく、
「早めに来るって言ってたんだけどねぇ」なんて言いながらウサギ耳をヒクヒクさせた。酒場の中からは衛兵長らの大爆笑。なんの悩みもないやつらが羨ましい。
おれは外テーブルの連中に辞去し、噴水の前にあるベンチに腰かけるアデルのところへ戻ろうとした。昆虫ヘルメットのチビたちが「行かないで」と言うが頭を撫でて、席を立つ。
「ちゃんと戻ってくるさ」
おれは、そう声をかけた。アデルは「ええ」と長いまつ毛を伏し目がちにするだけで心ここにあらず。
ちょうどその時だ。
「あ!ジシス兄ちゃん!」
昆虫ヘルメットのチビたちが、向こう側の通りを指差す。チビたちは食いかけのチキンやらスープの皿やらを地面に置いて、そいつに駆け寄っていく。
「ようツーノン。お前ら衛兵のクソ野郎どもに昼間拉致られたんだって?ケガはなかったか」
チビたちを肩車しながらやつは言った。酒場や噴水前ベンチから十五メートルほど離れた建物の前にやつはいるが、こっちまで聞こえてくるような低くて通る声。
「ジシス!遅いよ!またいなくなったかと思っちゃったよ」
キャロルがウサギ耳を揺らしながら向こうまで駆け寄り、やつに抱きつく。チビもキャロルもやつに抱きついて人間ダンゴ虫みたい。だがやつは背が高いため、首から上はちゃんと見えてた。
「お前みたいないい女、ひとりにするかよ」
「またそんなこと言って。いつも抱いた次の日にはいなくなっちゃうじゃない」
キャロルはウサギのネイチャー族というだけあって雪のように色白な女だったが、頬が桜色に染まってた。やがてチビたちもキャロルもやつから離れて酒場へ戻っていった。
やつの全身がはっきり見える。上半身は傷だらけの裸。ボロボロの赤いスカーフに青い腰巻に黒いズボン。身長は百九十センチで筋骨隆々の男。そしてその右手に握られている長いもの…
「アデル」
「ええ。あれです」
おれの問いかけにアデルが頷く。
龍の鉤爪が紅い水晶を握りこんだような装飾。間違いない、あれはアデルから奪った魔法の杖だ。やつは右手にあの杖を握ってる。アデルはベンチから立ち上がった。やつはその反応を見て魔法の杖を返すべき相手を理解したのだろう。こちらへと歩いてくる。
◆
やつの名はジシス・シシヲン。
容姿といえば今朝キャロルに聞いたとおり、金髪にライオンの耳をもつネイチャー族だった。
そして右耳に三つのピアス。左耳は中央部分が千切れていて下のほうにピアスが一つ。右目に長い刃物傷があるが失明はしていない。左右ともに青い瞳。口からは肉食獣のように鋭い犬歯がのぞく。
この町では「義賊」として人気もあるようだ。貴族から金品をふんだくりストリートチルドレンや生活できない貧しいものにカネとして分け与えるという。
「よっ、ジシス。色男だな」
なんて、やつを囃し立てる男たち。
ジシスは急ぐ様子もなく、噴水前のベンチに座るおれらの前へやってきて、右手に握ってた魔法の杖をぞんざいに放り投げる。
くるくると回転し、あたふたするアデルの隣で、おれが一足先にそれをキャッチ。
「アデル。ほら」
おれは魔法の杖をアデルに渡す。アデルは藤色の瞳を濡らし泣き出しそうな顔をしていた。
「盗んですまんかったな。嬢ちゃん」
ジシスは豪快に笑いながら、おれたちに近づく。
「兄ちゃんもありがとな。町を守ってくれたんだって?いつも使えない衛兵たちに代わって俺が悪魔憑きを始末してたんだ。今日はちょっと用事があってな。兄ちゃんがいなけりゃ、みんな死んでた。礼をいう」
ジシスはとんでもなく大柄な男だった。体格だけのことじゃない。格闘技を少し齧っていて、この世界の魔族と実際に戦った今だからこそわかる。こいつは強い。どんな魔法を使えてどんな技をもってるかなんか知らない。武器らしきものも所持しちゃいなかったが、こいつならあの魔族エルフを素手で殺せるんじゃないのかと思えた。
おれがこの異世界に召喚されてから現在に至るまでを漫画かアニメに例えるなら、ここまでに登場した中での最強キャラはリンゴン王国聖騎士のダリオかジシスのどちらかになると思う。んで三位は魔族エルフ。ハゲマッチョは思い出したくないので圏外。アデルは血統のいい魔法使いだからダークホース。悔しいがおれは四位くらい。衛兵長は五位かな。
おれは唾を飲み込んだ。
「サンキューな」
ジシスはおれに握手を求める。おれはやつの右手を握った。すごい握力。萎えるわ。
おれが、やつにどう接するべきか、答えは出てる。だが場所を変えなくては。
「ジシスって呼んでいいか?おれは大黒創司。創司って呼んでくれ」
「創司、よろしくな。あっちで一杯やろうぜ」
ジシスは粗野な風貌をしてるものの、屈託のない笑みを浮かべる。
「その前にちょっと、向こうで話をしようジシス」
おれは酒場の脇にある細い路地を指差す。
「いいぜ」
ジシスはこれまた屈託のない笑みで頷いた。




