028.おれが求めてたのは…これだよ、これ
魔族エルフに襲撃された商店街から徒歩十分ほどの住宅街には、ゆったり行き交う馬車があった。
広大な山々に囲まれるようにして、三角屋根に煉瓦造りの民家が道路をはさみ左右対称に立ち並ぶ。
ここよりはるか手前で魔族エルフによる破壊は食い止められていたため、窓から漏れる暖色の明かりの中には普段どおりの生活を営む人影が見えた。平和そのもの。
道路の向こう側では、商売人根性が逞しいホビットがリヤカーを引いて野菜やら果物を売っていた。おそらく食材を買いそびれたご婦人らが何人か立ち止まっている。そしておれを見るなり「よぉ町を救った兄ちゃん!」なんて声をかけてくる。当然、道行く人たちはおれを振り返った。
そりゃそうだ。魔族警報は町全体に鳴り響き、解除された際も事の顛末があっという間に伝わったはずだから。
「まぁ、まだ子供じゃないの」なんて裾の広がった傘みたいなスカートを穿いたエルフのご婦人が囁く。すれ違いざまの馬車の中からスーツ姿のジャイアントの紳士が「剣を背負ってるが冒険者なのか」と同乗する誰かとおれの値踏みをはじめる。彼は身を乗り出しじっとおれを見ていたが、やがてポックリポックリと馬車はおれの後ろへと去っていった。
なにこのむず痒い感じ。いずれおれは英雄となる男だが、こういう生温い注目のされ方はどうも苦手。
「後でオイラも店にいくからよ!ギリギリまで商売するけどな!」
ホビットの言葉でおれは時間が気になった。南部商店街のみんなが、町の東部にある噴水広場ちかくの酒場前に集合する時間は十九時だ。おれはアデルから借りた懐中時計をジーンズの前ポケットから取り出す。今はまだ十七時半ちょい。ゆっくり歩いたとしても確かにまだまだ早いか。
そして数百メートル先にアデルの後姿を発見。魔法使いのマントを羽織った少女は町でも目立つ。
向こうで手を振るリヤカーのホビットに愛想よく親指を立てたあと、小走りになったおれはアデルに追いついた。そしてあの質問をする。
◆
「数ある神器や魔導具の中には使用者の成長によって変容するものが稀にあります。創司さまの経験値と心の成長に四神剣が共鳴したのではないでしょうか」
成長?彼女の言葉の意味を考えた。歩きながら無意味に自分のスニーカーのつま先を見つめる。
おれが成長して四神剣がそれに共鳴したって意味がイマイチ分からない。でもそれを聞き返すのもなんかちょっと恥ずかしいよな。だってアデルはおれがいくらか成長したということを示唆してるわけだし。
顔を上げれば、燃えるような西の空。うろこ雲の隙間から太陽のあくびが漏れ出していた。月と交代の時間だとでも言いたげに。
それからも大通りのそこかしこで通行人から「よ!英雄!おれらもあとで店に行くから魔族エルフを斃した話を聞かせてくれよな!」とおれをはやし立てるような声が飛んできたりして、おれはいたたまれない気持ちになった。隣でアデルがどんな顔してるのか怖くて見れない。だってあれは衛兵長の手柄だもんよ。おれはあの勝ち方には満足しちゃいない。
実際あの時、おれは「おれはヒーローといえるのか」と独り言をもらした。無意識に四神剣に是非を問いかけていたのかもしれない。
そうしたら四神剣はその言葉に共鳴し、ポジティブなアンサーをくれた。重量は軽く、風を切る音が鋭くなり、流れる川のように透明な刀身が白みがかったのも、普通の剣のように銀色に落ち着くのが最終形態だと思えば腑に落ちる。
おれのどの部分を評価してくれたのかは知らないが、勇者の証である四神剣に認められたなら素直に喜べるな、おれ。これって、なんていうか…
「いわゆる、進路指導の先生みたいなものか」
おれはポツリと呟く。アデルは一瞬おれの横顔を見たが、独り言と理解したのか、それについて何かいうようなことはなかった。
四神剣は、いうなれば揺れる思春期、未成年者、見習い勇者のおれにとっての進路指導の先生、正しき方向へ導く大人のような存在なのではなかろうか。おれは英雄、ヒーローになりたいがためにこの世界で何かを成し遂げようとがむしゃらにもがいてるし、これからももがき続けることだろう。
英雄とは何ぞや。おれは英雄なのか。そう問いかければ四神剣は客観的評価をおれに与えてくれる。
四神剣は崇高なるこの世界の神器だ。英雄を目指すこのおれが自己満足に陥らないように、また無意味な自己批判に走らないように、公平におれの成長と功績を査定してくれる便利なシステムとして機能してくれるというなら、有難いこと限りない。
おれが成長したというなら、死にゆくエルフのおっさんの気持ちを察したことくらいか。おれが魔族エルフに殺されそうなとき何の反応もなかった四神剣が、そこに反応したというのはどういうわけか。人情話に弱いとかか?
「そういや四神剣は、バラモーン帝国の皇帝キビノス十三世とやらを見限って、このリンゴン王国まで飛んできたんだよな」
おれは呟く。これも独り言のつもりだったがアデルには問いかけに聞こえたらしく、
「現バラモーン帝国皇帝の放蕩ぶりは、風の噂で周辺の国々に届くほどです…」
そう言ったあとアデルは口を塞ぐ。この町はリンゴン王国の町だがバラモーン帝国の悪口はご法度。誰がどこで聞いてるか分からない。
「そういや、この四神剣の鍔に嵌ってた宝玉はどこへいったのかな」
おれは、まだ見ぬ宝玉のことに話題を変える。
「四神剣と四神宝玉の分離は予言の書にありましたが、宝玉がバラモーン帝国にあるのか、その剣同様にどこかの国へ飛んでいったのかは分かりません。ただ、時が来れば四神剣と四神宝玉は引き合うと記されていたようです」
「皇帝のキビノス十三世や、もう一人勇者候補がいて、そいつが持ってる場合、面倒なことになりそうだな」
「そうですね。でも創司さまなら…きっと、どんな人よりもこのマテラ大陸の勇者にふさわしい方だと思います!私はそう信じています」
そういってアデルは頬を赤らめる。
ふん、やってやろうじゃないか。とおれは胸を張り歩き続けた。この時のおれといえば、アデルと四神剣に認められた誇りだけで世界の救世主になったつもりでいた。
◆
町の東部――。
噴水広場近くの酒場では、南部商店街の連中がすでにがやがやと酒盛りをはじめてた。集合時間までまだ時間があるのに、ほぼ全員が揃っている勢い。
一気に数百人が押しかけたものだから、店の人間は大慌てで店の外に追加のテーブルと椅子を用意したらしく、店の扉は開いたまんま。客は店の中と外を自由に出入りしていて、エルフやドワーフ、ネイチャー、ジャイアントにホビット、ヒューマンらが木と鉄でできたジョッキを傾けては互いの肩を叩き合っては冗談を飛ばし合う。
南部は魔族エルフに破壊されたため、彼らはここ東部の知人を頼ったり、宿を借りたりして一晩を過ごすという。明日の商売に響かないから、今夜は好きなだけ飲むことだろう。
店の外に置かれたテーブルは道の大半を占領し、噴水の手前まで広がっていて、そこで肩を組んで歌ってるやつや、泣き出すやつもいた。
泣いてるやつの小言に聞き耳を立てると自分がどれだけあの商店街を愛してるか、これからも盛り上げていきたいというような内容だった。店を失ったことには悲観していない。アデルによると魔法による保険というものがあって、明日か明後日には建物自体は元通りになるらしい。まぁ店の中身や商品に関しては各々が保険に入ってるか否かによるようだが、商店街の連中は互いに復興を誓ってた。
そういやこの酒場に見覚えがある。今朝アデルの魔法の杖を探し聞き込みしてたとき、サテンの縁なし帽を被ったエルフの兄ちゃんとその恋人が入ってった店だ。太陽の昇る時間帯はレストランか何かで夕方からは酒場になる類の店だろう。ちなみにこの店に隣接する店は靴屋とか衣料品店ばかりですでに店じまいしてるため迷惑はかかっていないもよう。なんならそこの店主も自分の店の前で南部商店街の連中と肩を叩き合って飲んでるくらいだった。魔族襲撃は町全体の問題で他人事ではないのだ。
「彼が来たわ!!!」
噴水の前で立ち尽くすおれとアデルの姿を見た猫耳ネイチャー族の若い女が、周囲に叫ぶ。
合点承知といわんばかりに誰かが店の中に身を乗り出し、また誰かを呼ぶ。モーゼを前にした海のように人だかりが割れ、見覚えのある顔たちが出てきた。
あの衛兵たち六人だった。魔族エルフに怪我をさせられた者も治癒魔法ですっかり元通りになっていた。そしてさらに背後には追加の衛兵が十四人。全部で二十人。全員が甲冑姿。
これ、この町の衛兵全員だよな。誰か駐屯地にいなきゃダメだろ、というつっこみは無粋だろうか。そして、そんなおれの問いかけが通じたのかは知らないが、
「あなたが創司さんですか。このたびは有難うございました。これからは一層、衛兵長ともども職務に精進致す所存です。では戻ります」
十四人の衛兵たちは潤んだ目でおれに挨拶し頭を垂れると、衛兵バッジをつかって駐屯地へと瞬間移動した。かつて衛兵長ら六人の暴走を止められなかった連中。人種でいえばヒューマンやエルフ、ネイチャーたちで平均サイズの男たちで気が弱そうなやつらだったが、各々の瞳には町を守るという揺らぎない信念が感じられた。そうか。やつらは一目おれに会いたくてここで待ってたのか。酒は飲んでなかったようだし、夜の勤務頑張ってくれよ、とおれは思った。
そして衛兵長をはじめとする残り六人の衛兵が、各々ジョッキ片手におれの突っ立ってる場所までやってきて、
「おい、創司!!!町のみんなに言っちまったよ。お前の心遣いは嬉しかったけどよ」
若干、呂律がまわってない。
「なんのことだ」
「お前がこのオレに汚名返上させるために…衛兵と町をもう一度繋ぐために、このオレに手柄をくれたってことをよ!!!」
衛兵長が甲冑をガシャコンガシャコンいわせながらおれに近寄る。汗くせぇ。
「火炎巨人の件はもういいよ」
「そうはいかねぇさ。オレはもう町民にウソはつかないって決めたんだ!!!お前が真の英雄だってことをよ、みんなに洗いざらい言っちまったよ!!!」
その言葉と同時にワァ、と店の中から様々な人種の男たちが飛び出す。
洋食屋のコック服のエルフの青年や、真っ白なエプロンにねじり鉢巻の魚屋のネイチャー族の男、なんか知らないがジャイアントの男たちもいた。
アデルはその気迫に押されて後ずさり。
男たちの中にはあの寿司屋の馬耳ネイチャーのおっさんや、串焼き屋のエルフおやじもいるじゃないか。数にして四、五十人くらい。なんか地方の男祭りみたい。か弱い女性たちは店の周囲で距離を置きながら、おれらのことを笑いながら見てる。
「みんな、この町の英雄を担ぎ上げろ!!!!」
男たちが、このおれをワッショイワッショイと担ぎ上げる。もちろんあの衛兵ら六人はその中心にいて衛兵長は泣いてた。おれは数メートル上空に放り投げられ、いつの間にか太陽と交代した満月と接近する。最高だなおい。
「創司!創司!創司!創司!創司!創司!創司!創司!創司!創司!創司!創司!」
男も女もおれの名を連呼する。まるでロックスターになった気分。これ夢じゃないよな。
満月の背景には砂金をぶちまけたような星屑の夜空。男たちのかけ声とともに何度も何度も胴上げされる。今一番空に近いおれ。遮るもののない天体のスクリーン。星と星が繋がっておれの物語を星座にしてくれてるような気がする。
向こうでは、アデルや昆虫ヘルメットのネイチャー族のチビたちが笑いながらおれを見てた。アデルは我が子がメリーゴーランドではしゃぐ姿を撮影するママみたいな笑顔。おれは景気よく親指を立てる。
あと他にも寿司屋でおれを逆ナンパしてきたエルフの姉ちゃんたちがいて投げキッスをしてきた。昼間よりスカートの短いワンピース。ぴっちぴちした太股と膝下のロングブーツ。渋谷なら二分に一回はナンパされるだろうな。あんたたちの魔法名刺、しっかり持ってるぜ。まぁ本命はアデルだが。
「創司!創司!創司!創司!創司!創司!創司!創司!創司!創司!創司!創司!」
男たちはおれがいいよ、と言うまで胴上げを続ける。この場にいる全員がおれの名を連呼する。老若男女。大きなうねりみたい。おれの名前に力が宿った気がする。
そうだよな。誰かにその武勇を語られなきゃ英雄にはなれないもんな。いいじゃん。こういうの求めてたよ、おれ。
魔族エルフに殺されかけて、大怪我を負って死ぬほど痛かったこと、再び立ち上がったはいいが怖かったこと、震えながら作戦を立てたこと、すべてはこの瞬間のためにあるんだと思えた。
「おれは…英雄になれる世界を求めてた!!たとえ異世界でも!!!」
なぜかおれは泣いてた。嬉し泣きだ。本音を言えば、四神剣に認められたときより嬉しい。




