025.火炎巨人は咆哮し、すべてを焼き尽くす
瓦礫と化した商店街のそこかしこが炎に包まれている。
戦闘中に衛兵が放った火属性の攻撃が何かに引火したのか、はたまた破壊の末にどこかで燻っていた火種が燃え盛ってしまったのか。
「ぎょひひひ。なにやらアルコール臭いが、それに火が移ったのか」
魔族エルフは薄笑いを引っ込める。
これほどの大きさの火事になってしまえば自らの風魔法で吹き飛ばすことも容易ではない。また、仮にそれをしたとすれば全魔力を消費してしまうであろうほどの広範囲な炎。
「どういうことだ…ぎょひひ」
無論、魔族エルフは炎そのものを恐れたわけではない。その気になれば地中を潜り火事の及ばない遥か向こうまで脱出できるからだ。つまり今すぐ自らの命に関わるワケでないにも関わらず魔族エルフが多少の動揺を見せた理由。
それは…なにか嫌な勘が働いたのだ。悪魔的直感。
この炎が作為的なものであれば、自分を窮地に陥れる罠へと変わる。魔族エルフはそう思った。
「こいつはヤバイ」
六人いた衛兵のうち、ジャイアント族の一人はこそこそ逃げ回り大きな図体をしていながら姿を見せない。ヒューマン族の二人の魔力は「疾喪」によって魔力を奪ってやった。ドワーフ族のやつは蹴り飛ばしてやったら動けなくなった。
正味、魔力を纏って動ける衛兵は二人だけ。
目の前ではその二人、黒髪のヒューマン族の衛兵長と、エルフ族の衛兵がコンビで剣を振り回していた。衛兵長に限っては剣をへし折られたにも拘らずどこまでも食らいついている。
あの炎はこいつらが攻撃のために準備したものだろうか。特にこの衛兵長は火属性の魔法攻撃を行使しているではないか。いや、そんな余裕などこいつらにはないはずだ。ならばやはり、そこらで隠れてるジャイアント族の衛兵、もしくは動けなくなったドワーフ族の衛兵による遠隔操作系の魔法攻撃なのだろうか。
魔族エルフは思考を張り巡らせる。広がる炎を見てから時間にして数秒ほど。魔族エルフは考えれば分かる結論にたどり着く。
「そうか!ぎょひひひひ、あの小僧め。姿が見えないと思ったら何か隠れて準備してやがるな」
そう。魔族エルフはすべてを理解した。火炎弾や火炎矢を自分に浴びせまくったあのクソガキが火事をおこして何かやらかそうとしているのだ、と。
ボウボウと音を立て燃え盛る炎。その中で黒く朽ちてゆく建物の残骸。あの小僧はこの炎を操ろうと建物に身を潜めているに違いない。
だとすれば目の前の衛兵二人の相手をしている場合ではないな。魔族エルフは当然の思考を展開する。
キィィン、キィィン…と攻防で金属音のぶつかり合う音が連続する中、魔族エルフは目の前の動ける衛兵二人が、遊び相手から侮りがたい障害へ変容したことを悟る。
無論、今こうしてる瞬間も魔族エルフの自慢の爪の方が衛兵たちの剣筋よりも早い。衛兵二人の顔や首、甲冑に守られていないそこかしこからは鮮血が滴っているし、こちらが有利なのは間違いなかった。
だが…。
遊びはもう終わりだ、と魔族エルフは刃物状の爪を振り下ろす。
凄まじい風圧。衛兵長はまともに魔族エルフの爪を食らい、その黒光りした甲冑には爪痕状の亀裂が走る。
「ぐあっ」
衛兵長は派手に商店街の瓦礫の向こう側へと吹っ飛んだ。
「脆いな、衛兵長とやら。この程度でそこまで吹っ飛ぶとはな…ぎょひひひひ」
「衛兵長!」
キサマよくも衛兵長を!と、エルフ族の衛兵が叫ぶ。
衛兵長は吹き飛ばされたまま向こうで痙攣している。死んではないだろうが、おそらく気絶してる。その証拠に、やつはへし折られた剣を手放し、剣先に纏われてた火属性の魔力は消えかかっていた。
障害はエルフ族の衛兵一人に絞られた。
魔族エルフは、光の魔力を剣先に纏わせたエルフ族の衛兵を仕留めようと疾風のように動く。
◆
その時だった。
「火炎巨人!!!!!!」
破裂音に似たそんな叫び声が響く。年端もいかない少年の声。この声に聞き覚えがあるぞと魔族エルフは声のする後方を睨む。
ちょうどそのタイミングで、攻防を繰り広げていた魔族エルフの爪とエルフ族の衛兵の剣先がぶつかり合った。
キィィィ…ンという甲高い金属音が響く中、
「小僧…ぎょひひひひ」
魔族エルフはあの小僧の姿を確認する。
「おれは英雄になる男、大黒創司だ!!!悪魔憑きのエルフめ!おれはこいつが出来上がるのを待っていたんだ!!!決して隠れていたわけではない!!!」
小僧――、大黒創司とやらが叫ぶ。
熱風を頬を撫でる。創司は巨大な炎を背にして腕組みをしていた。魔族エルフは創司の背後で蠢く、その信じられない怪物の出現に目を奪われた。
「ぎょひひっ、なんだ…ありゃ」
今さっき、創司はこう言った「こいつが出来上がるのを待っていたんだ」――と。
先ほどまで建物と酸素を食らい尽くしていた膨大な炎が一つに纏まり、巨大な怪物となり自分を見下ろしている。
「ブロロロロロロロロロォォォォォォン!!!!!!!!!」
咆哮。全長三十メートルほどか。
それはこの町のどの建物よりも丈高い、炎でできた巨人だった。
王都か開けた町までいかなければあれを超える建造物はないだろう。凄まじい熱気と共に、目と口を思わせる窪みに、怒りに震えて逆立つ毛髪を思わせるきざきざの尖った炎。ボウボウと音を立てて燃え盛りながら創司の背後でこちらを睨んでいる。
火炎巨人とは魔法詠唱であり、この怪物の名称なのだ。
「ブロロロロロロロロロォォォォォォオオオオオ!!!!!!!!!」
再び火炎巨人が呻り声を上げる。獣のような、魔法による創作物とは思えない意思をもった怪物の叫び。
「どうだ!金属の鎧で纏ったお前でも、こいつからは逃げられまい」
創司は笑っていた。魔族エルフは臍を噛む。
「金属鎧……全解放…狼」
魔族エルフはうなり声をあげながら全身の金属コーティングを水銀のようにドロドロ、ゴボゴボと変容させ巨大化。そしてそれは全長四メートルほどの狼の姿へと落ち着いた。
「この姿が悪魔の姿だ…サタンの血を受け継ぐワシを舐めるなよ、ぎょひひひ…」
血走った眼に蜂蜜のように涎を滴らせる魔族エルフ。
いうなれば全身を金属で包んだ白銀の狼。四肢の鋭い爪をさらに尖らせ、尾を振り、鮫のような歯を剥きだしにして創司を睨む。速度、攻撃力、すべてにおいて限界まで高めた魔族エルフの最終形態。
魔族エルフは思った。さきほどまで自分が相手にしていた衛兵たちなど今はどうでもいい。
衛兵たちは火炎巨人の出現にただ、ただあっけにとられて呆然と立ち尽くしているだけ。今は危険因子の排除が先だ。
「創司とやら。お前を殺せば、もしくは魔力を奪えばその炎の巨人は消滅する。ルールは簡単だ。お前がそれを使ってワシを仕留めるのが先か、ワシがお前を仕留めるのが先か…ぎょひひひ」
魔族エルフは獣じみた前足を踏ん張る。すでに創司に飛び掛る体勢だった。
「こいよ。おれの火炎巨人がお前の邪悪な身も心も焼き尽くす!!!!!!!」
創司はそう叫んだ。




