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異世界厨二病少年~S O U J I~ぶっ殺すべき悪者さがして異世界へ  作者: 実時 彰良
前編≪異世界召喚された英雄厨編≫(第1話~第30話:116.765文字)
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011.最初の町、トラッパで盗賊を探せ

 その町――、トラッパの朝は早かった。


 丈高いレンガ造りの建物が並ぶ町。そこかしこで中世ヨーロッパ風の衣服を纏った庶民が行き交う。


 道行く人たちを観察していると、尖った耳のエルフ族や、獣耳(けもみみ)のネイチャー族に、三角帽をかぶった小柄なホビット族たち、四メートルほどの巨人――、ジャイアント族などがいた。


 もちろんおれやアデル、国王さま、納屋にいた聖騎士ダリオのような普通の人間…なにを普通とするかにもよるが、いわゆるおれの生まれた世界における人類、ヒューマン族もいた。全体の二割といったところか。この町のこの場所に限っては、いい感じの人種比率。


 大通りに、巨大な馬車に乗るジャイアント族の貴婦人を発見。花柄の刺繍が施されたタンプレットにベールがうしろに下がったシャプロン。金の首飾りにクラゲみたいな袖のワンピース。どれもジャンボサイズだが、口紅だけは朝顔の花びらのように小さく塗ってあった。この世界における巨人女性の美意識か。


 これぞ異世界。なにかがおかしい。だがおもしろい。


 いやいや町を見物している場合じゃない。おれはアデルと二手に分かれて聞き込みをすることにした。おれの中の名探偵――、二階堂一也が漫画の世界を飛び出し、魔法の杖をすぐにでも取り返してやると、うなっている。


「それでは三時間後にこの時計台の下で落ち合いましょう。くれぐれも創司さまのご身分がばれないようお願いしますね」


 アデルは笑った。朝露みたいな笑顔。自分の大切なものが奪われたというのに他人を気遣えるのか。必ずおれが見つけ出してやる。そんな気持ちに拍車がかかった。


 憩いの場。噴水ちかくのキリスト教会みたいな時計台の前でおれらは別れる。


 ◆


「う~ん、見てないなぁ。すまないね、兄ちゃん」


 サテンの縁なし帽を被ったエルフの青年。おれより少し背が高いくらい。考え込むとき金髪から飛び出た耳の先端が二、三度うごいていたが、話してみれば原宿にいそうな兄ちゃんだった。向こうからエルフの娘が歩いてくるのに気づき「すまん」といい去ってゆく。おれは呆然と成り行きを見守る。二人は腕を組んでどこぞの店に入っていった。これまたどこにでもある光景。


「あ~ら、盗まれたのそれ?物騒ねぇ~山?山で野宿してたのぉん?あなた?ご両親は心配してないのぉん?」


 青髪を細紐でまとめあげたホビットのご婦人。背は百センチほど。白いサテンでできたローブの裾を地面に引きずりながら、厄介ごとの種を探し当てようとしている。これ以上、彼女と絡んでいたら身の上話を根掘り葉掘り聞かれそうだ。おれは礼をいい、屈めた背筋を伸ばしその場を去る。どこの世界でもおばちゃんという生き物は…、ふう。


 ねずみ色のパーカーにジーンズ。剣を背負ったおれの身なりはこの町で浮いていた。アデルから借りた金が少しあったが服の調達は後回しにしよう。


「今は、魔法の杖だ。卑劣な盗人から取り返さなければ」


 おれは紙に鉛筆で書いた魔法の杖のイラストをひらひらさせ、ファンタジーの住人たちにこれを見た覚えはないかと問いただす。一人、二人、十人、二十人。誰もが知らないといい、首をかしげる。そりゃそうか。盗賊が盗品を担いで町を歩くなんてことは間抜け以外のなにものでもない。


 物を探すという感覚を脇に置いて、おれは人が集まる場所で盗人そのものを知らないか聞き込みをしようと考えた。



 町をすこしゆけば、商店が立ち並ぶ一角にたどり着いた。


 果物屋。路上に布を敷いて置かれた木箱の中には、色とりどりの果実。林檎にパイナップル、オレンジにブドウ。なんだおれのいた世界と同じじゃないか。店の奥にはメロンやら、ちょっと名称は分からないがあきらかに珍しい、高級そうなフルーツが並ぶ。


 そしてあの黒い林檎。マナの実っていったっけ。あれが置かれている。森の中には腐るほど成っていたけど、単純に高級品なのか、やたら属性を変えられないよう王国の達しで奥に置かれてるのか知らないが、森の中まで採りにいかず魔力属性を変えたい者があれを買うのだろう。木箱一つ分、マナの実があった。


 鶏を丸ごと焼いて切り分け、薄いパン生地のようなものにキャベツと一緒にはさんで売っている屋台や、朝一でとれた大小の魚が並ぶ魚屋もあった。サンマやアジもいたな。日傘を差して値踏みする猫耳の主婦。像の鼻をもった八百屋の店主がダイコンの安売りを呼びかけ、向かいにある八百屋のジャイアント族の店主が負けじとダイコンの値下げを発表する。今さらだが、この町の建物の入り口がどこも大きい理由が分かった。巨人と共存してるからだ。売ってるダイコンの大きさは種族関係なく似たようなものだったが。


 おれは彼らの邪魔にならない範囲で動き回り、魔法の杖のイラストを見せながら、こういったものを盗む輩に心当たりはないかと訊ねた。空振り。空振り。空振り。空振り。本当に知らないという者から面倒だから事情を聞く前にとりあえず知らないという者まで、さまざま。


 この町には警察というものがない。代わりに領主が町の治安を守るために雇った衛兵なるものが存在するらしい。これ、アデルからの情報。


 めんどくさいことになりかねないので衛兵を頼るのは最終手段として、とにかくおれは手がかりを急いだ。


 盗賊になるような人物とはどんなものか。


 ここからは連想ゲームのようなものだ。おれの中のヒーロー、週刊少年トリガーから飛び出してきた探偵、二階堂一也の名推理がうなる。盗賊になるようなろくでなし。おそらく仕事はしていない。貯蓄がない。賭け事がすき。女にも目がない。酒が嫌いなわけない。むしろ大酒のみで朝っぱらから飲み明かしてるに違いない。それで金がすぐに消えるというわけだ。


 盗賊が男だって前提はなんとなく、おれの勘。野宿した付近の土を観察したらおれのものとは別に足跡らしきものがあった。かなりでかめの。男としか思えない。まぁ、寝込みを狙って盗むデカ足の華奢な美少女盗賊ってセンもあるけど、あんな真夜中に飢えた熊や狼がうろつく山の中を美少女が徘徊してるってのは考えたくなかった。とりあえず男だ、男。盗賊くそ野郎。おれは男にだけ容赦ない。


「飲み屋、酒を提供する店…しかも身分を選ばないような場末の店をあたってみよう」


 偏見。なんとでもいってくれ。後ろ暗い家業の人間は、お上品な店になどいかない。紳士的な怪盗なら話は別だが、寝ている少女から魔法の杖を奪うような人間は手段を選ばない。紳士じゃない。要は何でもアリってこと。そんな盗賊はきっと物騒な輩が溜まり場とするような店で飲み食いするに違いない。


 方向性が決まったおれは、飲み屋。食堂。それも看板が薄汚れガラスも曇っていて店内に高そうな調度品など一切ないような店のドアを片っ端から叩いていった。


 朝っぱらからやってる店はいいが、数時間前に店じまいしたばかりだという所の寝ぼけまなこの店主には邪魔がられたが、それでもおれは頭を下げ、なんとか手がかりを見つけ出そうとした。


 町中のそういった店。およそ十軒。すべてを回って得た情報。


 報復が恐ろしいからいいたくない。盗賊とはいえ上客を失いたくない。なにより顔見知りの客を売るようなことはしたくない。結果として「知らん」と、そっけなく右手を振って扉を閉める者が多数ではあったが、彼らの泳ぐ視線の先にはそんな思惑が透けて見えた気がした。


「これは何かあるな」


 おれの中の名探偵がサイレンを鳴らす。おれは舌なめずりをする。


 おれは先ほど回った中で、店主不在だった唯一の店に再び足を運んだ。路地裏にひっそり佇む店。蜘蛛の巣が屋根の片隅に三箇所かかっていて、木造作りの西部開拓時代の飲み屋みたいな、そんな店。果たしておれの探すビリー・ザ・キットはいるだろうか。


「ああ、その杖を盗んだかどうかは知らないけどね。心当たりはあるよ」


 二十代半ば。柔らかそうな銀髪を巻いた女店主だった。種族はネイチャー族。ウサギの耳がピコピコ動いている。店が開くのは夕方らしいが、朝一の買い物帰りで紙袋からニンジンの葉っぱが突き出ていた。


「あいつ、ここ最近飲みに来ないし、ツケも溜まってんだ。兄ちゃん、とっ捕まえておくれよ」


 おっと。私怨を晴らすためにおれを利用するのだけはやめてくれ。女店主は涙ぐんでいた。瞳が赤いのは元からのようだが洟をすすりはじめた。彼女は何かを話したがってる。おれは我慢強く彼女の愚痴に耳を傾けた。


「やつはさ…何度かあたいを抱いて、結婚するとまでいったくせに…盗賊をやめてくれって泣きついたらそれっきりさ」


 知らんがな。やっぱり盗賊は男か。まぁ女盗賊を想定してなかったし、案の定だが。


「やつは昼夜問わず山の中を飛び回っては、狩りに興じていたり、旅の途中だったりする貴族たちを狙って盗みをしてるのさ。山で襲われた貴族たちは騎士としての教育を受けた以上、盗賊に身包みはがされたなんか言えなくて黙ってるみたい。生き恥を晒すなら死んでもいいから戦えっていうのがこの辺の騎士道だからね。すべてはやつの思い通りさ」


 女店主は泣きながら、胸元にぶら下がる深紅のルビーのペンダントをもてあそぶ。


「これだって、どこぞの貴婦人のものさ」


 お前、受け取ったんかい。


「分かりました。彼の似顔絵を描いてもらえますか。あと特徴もおしえてください」


「いいけど…見つけたらどうするんだい」


「魔法の杖を返してもらいます」


「そのあとは?領主さまや衛兵にいったりしないかい?」


「いいません。その代わりあなたの方からきちんとお説教してあげてくださいよ。奥さんとして」


 女店主がウサギ耳をピコピコさせながら赤面する。


「分かったよ。キャロルがあたいの名前だよ。やつを見つけ出したら、あたいの名前を出しな。杖を返してくれるはずさ」


 すっかり嫁きどり。


 おれはキャロルに礼を述べて店を出た。似顔絵のクオリティは七十点ってとこで交番にあるお尋ね者の似顔絵レベル。整形したり変装してなきゃ分かる。


 キャロルによるとそいつは豪胆かつ雑な性格で、器用に変装をこなすような男ではないらしい。


 盗賊の名はジシス・シシヲン。


 金髪にライオンの耳をもつネイチャー族で右耳に三つのピアス。左耳は中央部分が千切れていて下のほうにピアスが一つ。右目に長い刃物傷があるが失明はしておらず、左右ともに青い瞳。鋭い牙あり。


 服装はボロボロの赤いスカーフに上半身は傷だらけの裸。青い腰巻に黒いズボンを着用していることが多いという。この世界の盗賊、どんだけ。


 おまけに身長は百九十センチで筋骨隆々らしい。びびってなんかないぞ。



 おれはアデルから借りた懐中時計をジーンズの前ポケットから取り出した。もうすぐ二時間が経つ。


 アデルと待ち合わせの時間まであと一時間。


 おれはキャロルに描いてもらったジシスの似顔絵をもって、もう一度人の多い場所で聞き込みをしようと思い、キャロルの店が建っている路地裏を歩き始めた。


「お前、ジシス兄ちゃんを探してるみたいだな」


 子供。少年の声。背は百二十か三十センチほど。ナイフのようなものの刃先をおれの背中にあている。


「もうジシス兄ちゃんを追うな。兄ちゃんはぼくらの味方なんだ。貴族なんてクソくらえ、領主も衛兵もクソくらえ」


 少年――、ガキは涙声になっていた。


「このおれに刃物を突きつけるなんていい度胸だな。五秒やる。刃物を捨てておれの前にきて謝れ。なにか事情があるなら目を見て話せ、いいな。子供だからといって許さないぞ。脅して要求を飲ませるなんて最低の人間のすることだ。さぁ、あと三秒しかないぞ…どうする?」


 おれは背後のガキに向かって言った。

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