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英雄は


 魔女の家を出て森を抜けると、小さな集落があった。


 子どもたちの声が聞こえて、広場で数人が元気に遊んでいるのが見える。


「やめなさいよ」


「いいじゃないか」


 なにか言い争っているのか。近づいて行くとひとりの男の子が、山になっている木材に火をつけるところだった。


 子どもだけで焚き火は危ない。そう思ってよくよく見ると、火がついているのは木ではなかった。


「あ」


 女の子がハロルドたちに気がついて短い声を上げると、全員がこちらに顔を向けた。女の子がひとり、男の子は三人いる。歳は十歳前後だろうか。


 彼らが輪になって立つ中心で燃えているのは、本の山だった。


「お前ら、なんの用だ。どこのどいつだ」


 敵対心を剥き出しにする男の子に、緊張感が走る。


「今のって、精霊が?」


 ひとり感激している呑気なイレーヌの言葉に、男の子も拍子抜けして「あ、ああ」と応じた。


「姉ちゃん、知らないのか? 菓子とかあげれば、力を貸してくれるんだぜ」


 当たり前に語られる精霊の存在。イレーヌは、普通に精霊について話せる雰囲気を嬉しく思った。


「絵本で知ってはいるけど、私、精霊が見えなくて」


 子どもたちはみんな顔を見合わせてから、火をつけた男の子が声を強めて言う。


「絵本の精霊は嘘だ! だから燃やすんだ。あんなの!」


「だからって、やっぱり本は燃やしちゃダメよ」


 女の子は未だ火の付いている本の山を見つめ、悲しそうに眉を寄せる。


 そんな中、別の男の子が無言で手をかざした。手の先からは水が現れて、火に向けられる。


「ダレル! なにするんだよ!」


 今にも掴みかからんとする火をつけた男の子を無視して、ダレルと呼ばれた子は本の山に水を向け続ける。


 白い煙と水蒸気を出す本の山。燃やしたものが湿気った、独特のにおいは、煙とともに辺りに漂う。


 イレーヌは争う声を聞きつつ、手から水を出す男の子から目が離せなかった。


 既視感がある。絵本なんかじゃない。この光景をどこかで見たことがある。どこで……。


 頭の奥に刺すような痛みを感じ、顔を歪めこめかみに手を当ててよろめくと、ハロルドに支えられた。


「どうした。大丈夫か?」


「はい。すみません」


 子どもたちは水浸しになった本を、呆然と見つめる子、安堵した様子の子、さまざなな面持ちで見つめている。


「お前たち、なんなんだよ」


 火をつけた男の子が、まだ落胆を隠せぬ声でハロルドやイレーヌ、そしてガレンを睨みつける。


「俺たちは旅をしている」


「精霊のことを知りたくて!」


 イレーヌは、いつになくキラキラした声で言う。ここでなら精霊の話が思う存分できるんだ。そんな期待に満ちていた。


「僕は精霊は見えないよ。ウィルもそうさ」


「サム!」


 ずっと存在を消すように立っていた男の子が、突如として話し出た。


 その子がサムで、火をつけた子がウィルのようだ。


 サムはウィルに止められても、話をやめない。


「精霊は見えなくても、加護は受けられる。ギフトさえ渡せば頼み事は聞いてもらえるんだよ。逆に、アシャは見えるのに、頼み事はしない」


 アシャと呼ばれた女の子は、自分のことを話されて恥ずかしそうに俯いた。


「お姉さんたちは大人なのに、精霊の話をしても怒らないんだね」


 サムとウィルがイレーヌと話している姿を、冷静に見守っていたダレルも話に加わった。仕草や声色からどことなく他の子たちより、大人びて見える。


「私、年齢は大人かもしれないけど、精霊の話を誰かとしたいって、ずっと思っていたのよ!」


 拳を握り腕を上下させてまで、力強く訴えるイレーヌにダレルの方が大人みたいに微笑んだ。


「僕も精霊は見えないよ。僕のは魔法なんだ」


 ダレンは手のひらを上に向けて開き、コポコポと水を湧き出させて見せた。


「すごいわ。水の魔法が使えるのね」


 イレーヌに賞賛され、ダレンは照れ臭そうに頬をかく。


「ずるいよ。ガレンは菓子をあげなくても、自由自在だもんな」


 拗ねたように口を尖らせるウィルは、両腕を頭の後ろで組んで「あーあ」と落胆の声を出す。


「でも、ウィルの兄さんがきっとやってくれるさ。精霊との交流を昔みたいに生活の一部にさせてほしいって、王様にお願いしに行ったんだから!」


 サムは英雄の話をするみたいに、目を輝かせて言った。




 アレクシス地方の若者が数名。嘆願書を持ち、登城したらしい。らしいというのは、国王のところに辿り着く前に、何者かに捕らえられてしまったからだ。


 秘密裏にその事実を知り、今回のアレクシス地方への遠征が決まった。


 捕まった相手が悪い。第二王子のエフレインを次期国王に推す人物が、裏で手を回しているのだと推測される。


 エフレインはまだ十一歳であり、女の子として過ごす期間を終えたばかりだ。ハロルドにも懐いていて、本人同士の仲はいい。


 ただ……。


 まぶたの裏に焼き付いている。恐怖に慄く表情。化け物でも見たみたいな狂った金切声。


 今もありありと浮かぶ、異質なものを見たときの排他的で冷たい眼差し。


 一番知られてはならない人物、エフレインの母親であり、ハロルドの義理の母、王妃に、ハロルドは魔法を使えると知られてしまっている。


 エフレインは知らないはずだが、果たして……。


「ハル! 大丈夫ですか? 顔色が悪いです」


 気づけばイレーヌが眉尻を下げた情けない顔で、ハロルドを覗き込んでいた。


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