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触れればいい

30日、7回目


 逃げ出したいのは、むしろハロルドの方だった。


 なにも知らない箱入り娘のイレーヌをひとりで泊らせるわけにはいかず、かと言ってガレンと同室は言語道断。


 この部屋割りしか選択肢はない。


 何気ない顔をして、イレーヌの頬にそっと手を触れさせる。


 辺りの空気が弾けたのを感じながら、「便利だな。これ」と魔法を解くスイッチみたいに扱う。


 とにもかくにも、平然とした素振りで過ごさなければ。


 ガレンもいけない。部屋を別れる際、「イレーヌ様が、解除魔法の持ち主でよかったですね。なにかあれば触れればいいですから」と意味深に耳打ちしてきた。


 なにかあれば、と暗になにかあるかのような口ぶりで。


 おかげで初日は眠れなかった。二日目は寝不足が祟り、倒れるように眠った。果たして今日は……。


 手の甲に優しい温もりを感じて、ハタと意識を取り戻す。すると浮遊していたらしいタオルが、ふわりと目の前に落ちてきた。


「ふふ。良かった。ハルも緊張なさっているのですね」


 イレーヌはなぜだか微笑んでいる。


「緊張? なにがだ」


「いいえ。なにも。今日は手を繋いで眠っていただけませんか? 知らない場所だと心細くて」


「ああ、構わないが」


 旅を共にして心根が優しいのだと、よくわかった。


 手を繋がないと困るのは、魔法が暴走しそうなハロルドの方だというのに。


「立っていないで座りませんか?」


 促され、隣り合ってソファに座る。


 イレーヌはやはり不思議な生態をしていると、ハロルドは事あるごとに思っていた。


 この旅では魔法や精霊の話を漏らせないため、侍女を連れて来られなかったのだが、箱入り娘の割には自分で身の回りの世話はできている。


 今も長い髪は器用に三つ編みにされており、町娘らしいフォルムに仕上げられている。


 長い時間を共にして多少は嫌な面が見えるだろうと覚悟していたが、イレーヌのマイナス面といえば、想像以上の鈍臭さくらいだろう。


「小さい頃、イレーヌはどんな子どもだった? あの調子だと部屋に篭って本ばかり読んでいそうだな」


 手を握り合い、穏やかに女性と語らう時間を持てる日が来るとは思わなかった。


「ちょっと躓いただけじゃないですか。確かに大した段差じゃなかったですけど。私、こう見えてお転婆だったんですよ」


「想像できないな」


「精霊にどうしても焼き菓子を渡したくて、木に登って降りれなくなったりして」


「まるで猫みたいだ」


 敬語は抜けないが、"ハル"と呼び、自身を"わたくし"ではなく"私"と呼ぶ。それだけで、少しだけ距離が近付いた気がした。


 ふわわと、柔らかなあくびをして「向こうで横になりませんか」と今にも閉じてしまいそうな眼で言う。


 ベッドが二つ並んでいるのを視界に映すと動揺してしまいそうで、見ないようにして穏やかに言う。


「イレーヌが眠ったら連れて行くから、眠くなったら寝たらいい」


「ハルの体温が心地よくて」


 ふにゃふにゃな声で言われ、ああ明日も寝不足が決定したな。と心の中で苦笑した。


 呑気な顔をして無防備に眠りにつくイレーヌを、恨めしく思いながら。




 目的のアレクシス地方に入ると、馬車から降り、徒歩で歩く。


「魔女のお住まいは、近いのですか?」


「いや、わからない」


「えっ。もしかして迷子⁉︎」


 驚いた顔で立ち止まるイレーヌに、微笑みを向ける。


「魔女は気まぐれでね。精霊の力で会いたい人物と会わない人物を、取捨選択しているのだろう。会えるときは会える」


「えっと、会えないときは?」


「歩くしかないな」


 泣き言を言い出すかと思っていたが、イレーヌは「んーっ」と伸びをして提案する。


「でしたら、のんびり行きましょう。急いでも魔女の準備が整わなければ、呼ばれませんわ。まだ朝も早いですもの」


 気の抜ける意見に、今回ばかりは感心する。


「そうだな。魔女の準備もあるかもしれないな。今までは朝早くから歩き詰めにしていれば、いつか会えるとばかり思っていた」


 朝早くに向かっても、まだ寝ているかもしれない。昼は昼食を食べているかもしれない。出かけていたり、夜は早くに眠っているかもしれない。


 魔女を、普通の人間に当てはめて考える発想がなかった。


「そうさねえ。朝食のパンが焼けたところだよ。食べて行くかい?」


 どこからともなく声がして、木陰から老婆が顔を出す。


「婆さん!」


 曲がった腰に手を当て、黒いローブを羽織る。白髪で、鷲鼻ではないけれど、絵本から飛び出してきたような魔女の姿に、イレーヌの目がキラキラしている。


「久しぶりに会った第一声がそれかい。女にモテないわけだよ。それにあんた。なんだかこんがらがった娘を連れてるね。でも、そうさね。心は綺麗ね」


 魔女は皺の寄る顔をますます皺くちゃにさせ、にっこりと微笑んだ。


6月30日までに8万字は、やはり無謀でした。お付き合いいただき、ありがとうございました。

ストックが無くなってしまったので、明日はお休みして明後日から1日1回ペースくらいで投稿できたらと思っています。

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