12
ふうと息を吐くと追いかけるようにマッチーが近づいた。
「あれ? あっちは?」
「なんか盛り上がっていますよ。あの人の独壇場です」
何なんですかあの人といいながらもどこか楽しそうにも見えた。
「そ。よかった」
そういうとマッチーは伺うようにゆっくりとちかづいた。
「あの」
「なぁに?」
「さっきの、大丈夫ですか?」
「さっきの?」
「さっきの、あの、あの人に言われていたんですけど」
「ん?」
「さっきあの人に、あの、面白くないって」
「あーあれね? 気になった?」
そう言うとマッチーは目をまんまるに開いた。
「……気にしてないんですか?」
「マッチーが気にするんだ?」
「そういうことじゃなくて」
「気にするけど、気にして変わることでもないし」
マッチーはそれを聞いて困ったように何かを言うようにえっと、と言葉にしていた。あぁ、気にしているんだな、と感じて口を開く。マッチーからしたら先輩なのだからどこかカッコつけたい気持ちがあったのかもしれない。舞台の上に1人で上がって話すように声を張った。
「そんなに気にしなくていいよ。わたしだってわかってるの。本当は。たぶん、たぶんね。夢を追いかけるにはきっと期限が決まってて。どこかで折り合いをつけていくの。こうなるはずって思ってた世界とは違う世界を受け入れていくの。世の中にある綺麗事のようなひとつひとつはただの願望で。がんばった分だけ結果が来れば、がんばった分だけなにかになれば、きっとプロにだってなれる。でもそうじゃない。限られた人だけが手に入れるものなんだって知ってる。わたしの周りは、才能に溢れてるの。マッチーも知ってるでしょ?」
くるりと振り向いてマッチーの目を見る。なぜか泣きそうになっているマッチーになんだか笑いたくなった。
「ノア先輩はアマチュアだけどバンドのMVとかの仕事も来てる人だよ。宮村の絵は、マッチーも知ってるとおり、だよね。マッチーだって。それで生きていこうと選択できるだけの努力と才能と、持ってる人達だよね。だから余計にわかってしまうの。わたしにはなにもないって」
こういう、わたしの中でふつふつと感じてていた何かを言葉にうまくできない、そしてもどかしい気持ちになる。こういう気持ちさえ、自分の気持ちでさえちゃんと言葉にできない、きっとそんなわたしには届かない夢だったのかもしれない。
「でも、だから、かな。終わりの幕引きをしたいと思ったの」
「終わりの幕引き……」
「そう」
マッチーは泣きそうに笑う。
「それがアニメを作る理由ですか?」
「うん」
「ただそれだけのために?」
「あのふたりには話してないけどね」
「そうなんですか」
「あ、文芸部残したいって言うのも本当だよ」
マッチーは笑いながら知ってますと言った。
「仕方ないですねぇ」
マッチーはそう言って多分今日1番の笑顔を見せた。
「え?」
そう聞き返すと仕方ないから手伝ってあげますよと笑った。
「手伝ってくれるの?」
「わたしは音楽やめてたけど、あんな人の意見だっていうととっても癪だけど、本当に癪だけど、でも本当はやりたくて仕方なかった。やるきっかけを、理由を探していたのかもしれないですし。アキ先輩だから仕方ないから、手伝ってあげようと思って。あ、でも勘違いしないでくださいね! わたしが手伝うのは音楽に関するところだけです。他は知らないんですよ。まぁ、わたしが手伝うんだからたとえどんなにクズのような作品でも、幾分かはマシになるんじゃないですか?」
耳を真っ赤にさせてそういったマッチーはふいっと顔を背けた。あまりにその様子が可愛くて思わずわたしは笑い出した。マッチーとそう呼ぶとなんですかと恥ずかしさを隠すような声が聞こえる。
「ありがとう」
そう言うと、ほらもう戻りますよとマッチーは手を引っ張った。
「絶対宮村さんたち待ってますよ!」
「あの2人何話してるんだろうね?」
「絶対くだらない話!」
そういいながらも真っ赤になっているマッチーにケラケラ笑いながら宮村とノア先輩のいる個室に戻る。
2人で何を話していたのか、と思えばそこにはお酒に潰れたノア先輩が机に突っ伏して寝ているところだった。




