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安城 栄は極めて異端な、ミドルクラスの家庭に住む女である。5年前、何を思ったのか突然家出をし、無謀にもワーカークラスが集まるエリアで一人暮らしを始めた。彼女が言うには意外と楽しく新しい発見も多かったというが、周りの人間にそれを素直に信じる者はいない。親元で大切に育てられてきた一人娘が一人暮らしを、それも育ってきた場所とは違う、頼れる人もいない場所で何も持たずに始めて苦労しないわけがないと彼女の周りはうわさする。それだけではなく、せっかく彼女の親が持ってきた、社会的地位が高く給料も良いオフィサーとの縁談も断ってしまった。しかもただ断っただけではなくそのオフィサーにゲームを挑み勝利し、二度と近寄るなと勝者の権限で命令したとも噂されている。女性がオフィサーに勝つなどと言う話を信じる愚かな者も、いない。いや、一人だけ、彼女の目の前にいるまっすぐすぎる瞳を持った若者が誰も信じる者のいない噂を信じ、彼女を訪ねてきていた。
「、、、だから、プロプレイヤーになりましょう!女性初のプレイヤーと言うだけで大人気間違いなしです!僕はカードは持っていませんが、プロファンとしてたくさんのプレイヤーを見てきました。僕にはわかる。安城さんは本当に強くて、オフィサーを倒したんだと!」
プロプレイヤーと言うのは大衆の前でゲームをし、ファイトマネーで稼ぐ者たちのこと。若者は何者でもないただのプロプレイヤーファンだが、いつかビッグになることを夢見るだけ見てとくになにもせず日々を過ごしている。彼はそんなときに彼女のうわさを聞き、将来のスーパースターのマネージャーになるチャンスかもしれないと思い彼女を訪ねたのだ。彼女がこの話にあまり乗り気ではないと見た若者はさらに続ける。
「人気になれば、あのトップオフィサーの清水氏とも交流ができるかもしれません!女性なら、憧れるものなのでしょう?」
それでも彼女はなびかない。壁の中のほとんどの女性が憧れているトップオフィサーには憧れず、壁の外を強く生き抜いてきた女性にあこがれる異端な者だからである。彼女の変わらない表情を見ても若者は引き下がらない。
「今、プロプレイヤー界はスターを求めているんです。4年前、あの“死神”が当時のトップオフィサーの本郷氏や金山家の実力者、果ては今池大先生までも殺してしまってから街にどこか活気がありません!当然です!病気に苦しむ方も増えましたし、もし死神がもう一度襲撃してきたらと考えると、考えるだけでも恐ろしいです。プロプレイヤー界は、いや、すべての人間がスターを、光を求めているんです!」
若者の言葉を聞いた彼女はどこか寂しいような、懐かしむような表情でゆっくり口角を上げる。その彼女のはかない美しさに若者は突然緊張し始める。
「清水氏は、なぜ嘘をついているのかしら?」と彼女はつぶやくように疑問を口にする。若者にはその言葉の意味が理解できない。現在のトップオフィサーの清水氏は公正なことで有名で彼にはとてもうそをつくような人物だとは思えず、彼の周りの誰に聞いても清水氏は嘘などつかないと答えるだろうと考える。しかし目の前の女性のたったそれだけの呟きでだんだん彼は思考の渦にはまり自分の常識を疑う。彼は彼女が清水氏に会って何を聞きたいのだろう、清水氏のついている嘘とは何だろうと考えるが答えは出ない。栄が手にしていたコーヒーカップをいったん置いた時に生まれたコツンと言う音が彼の思考を正常に戻す。そもそもプロプレイヤーになったところで清水氏に会える可能性はごくわずか。彼は出まかせのつもりで清水氏と交流ができるといったに過ぎない。にもかかわらず先ほどの彼は目の前の女性はプロプレイヤーになれば当然清水氏に会えるだろうという思考に陥っていた。そして清水氏は何かうそをついているに違いないと、清廉潔白で有名な男のことを疑っていた。彼女の持つ魔力を身をもって実感した彼は、目の前の女性は本物のスターだと確信し思わず鳥肌が立つ。
「ええ、サクッとスターになって、清水氏に聞きに行きましょう!」
若者は彼の人生で最も大きく心臓の鼓動を響かせながら先ほどまでの調子で彼女を勧誘する。彼女はそんな彼をほほえましいものを見るような目で見ながら口を開く。
「まあ、希望の光は大切よね。見世物になるつもりはないけれど。」彼女はそれに、と区切り続ける。「あの子のためにも、お金はあったほうが良いもの。」




