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2階以降は崩壊したかつてはビルと呼ばれたであろう建物の残骸にその男は3人の仲間とともに住んでいる。しかし彼らは自分たちの住んでいる場所が何のために作られたのかはわからない。それもそうだろう。ビルが何を目的で作られたのかを、どうやって何で作るのかを知っているのは150年前の文明崩壊以前に生きていた人間だけだ。文明が栄えていたころのこの国では何もしないでも生きていけただとか、海の向こうに国があり一瞬でそこまで行くことができただとかはもはや眉唾物の伝説である。ともあれ彼らにとってはそのビル跡が何であれ関係ない。外で寝るよりましな場所という事実が重要だ。男は毛布と呼ぶよりはぼろきれと呼ぶほうがふさわしい物から起き上がり、酒臭い一階を脱出するように天井も壁もなく見通しが良い2階に向かう。そこで長く伸びた髪を触りながら遠くに何かを囲みこむように高く、広くそびえたつ壁を眺める。男の名はタカ。長い間持ち物はカードとジーンズ、ブーツだけだったが最近革ジャンを入手したのですこぶる機嫌がよい。何か楽しいことでも考えているのか、口角を上げながら一人遠くを見る彼に背の高い痩せた男が話しかける。
「タカ、何か面白いものでもみつけたかい?」
「まださ、ジョージ。だがすぐに“死神”のヤローのほえ面が見えるぜ。」
ジョージと呼ばれた男は笑いながら、「ずっと前から同じことを言っているじゃないか。」と返す。その言葉にタカは「お前が万全を期すためだとか言って止めるからじゃねぇか。」と小言を言う。二人の会話はそのままヒートアップし口論になるが、これはいつものことである。二人ないしほかの仲間についても目標は一致しているし付き合いも長い。だからこそ口論、時には手の出るような喧嘩に発展してしまうこともある。それでもうまく付き合っているのは結局お互いがお互いを信頼しているからだ。
「まあ、いいさ。作戦通りチャンスを待とう、ジョージ。そういえばシュンとケンは今どこにいる?」
タカがほかの二人の仲間についての話題に切り替える。
「ケンは夜仕事があるって言っていただろ?シュンも夜中どこかへでかけていくのを見たよ。」
ジョージが答えると「じゃあまあ、そのうち帰ってくるか。」とタカが返す。さらに「二人がくるまで“アーティファクト”しようぜ。」と付け加える。アーティファクトとはカードゲームの名前である。アーティファクトで使用するカードは文明崩壊以前のものであると考えられている。それゆえカードゲームに使用するカードといえど再現など到底不可能な技術の塊、例えばゲーム中はもちろんそれ以外の現実世界でもカードを具現化し使用できる、そもそもカードを所有すると手のひらに吸い込まれ、また使用したいときは逆に手のひらから出てくる等、ビルが何でできているものなのかわからないこの時代の人間にとって先を行き過ぎた技術である。このアーティファクトはほかの遺産と違い機能を十全に発揮できるため、また比較的によく落ちているためこの時代に最も使われているテクノロジーである。さらに最も大きな特徴の一つはこのゲームの勝敗に賭けたものはそれが何であれ必ず履行されるということだ。実際に存在する物品はもちろん、お願いや命令、果ては命すらも賭けてしまえる。勝敗がついたとき敗者はどれだけ渡したくないものでも、カードを手のひらから吸収したことがあれば、体がカードのルールに支配され差し出してしまう。しかし本質はカードゲーム。彼らのように気軽に友達と遊ぶこともできる。
「もちろんいいよ。」
ジョージがそう答えると二人は少し距離をとり向きあいゲームを開始する。するとお互いの手のひらからそれぞれ3枚のカードが現れ、相手に見えないように彼らはそれを保持する。この3枚はあらかじめゲームに使うと決めてある15枚以上のカードの中からランダムで選ばれている。
「俺はこれだな。」
タカが迷う間もなく一枚選ぶ。そのカードは光の玉へと変わりタカの前へ出て、スタンバイする。この時点ではまだタカが何を選んだのかジョージにはわかっていない。
「僕は、これかな。」
遅れてジョージも1枚決めるとタカのカードと同様に光の玉へ変わり、前に出る。2人の玉が準備を終えるとそれらは形を作り出す。
「俺は“ロックハート・メタルボディ”、3だ。」
タカ光の玉はとげとげしい服を着た、奇抜な形のギターを持つスタイリッシュな機械に変化する。
「僕は“ネットウェーブ・サーファー”。2だよ、負けたよ。」
そういうジョージの前には妙なスカウターを付けた毒々しい色合いの機械が現れる。ジョージのネットウェーブ・サーファーはギターの爆音にあてられ壊れると、光の玉に戻りジョージの体に戻っていく。このゲームは対戦相手にわからないように手札の中から一枚選ぶ。カードにはそれぞれ1から9までの数字が設定されていて基本的には数字が小さいほうが破れる。この試合では先に3回カードが敗北してしまったプレイヤーの負けとなる。ちなみにジョージのネットウェーブサーファーはゲーム外で出現させると、大量の情報の中から面白いものだけを発見してくれる。初戦の決着がつくと二人はそれぞれ新たに1枚カードを出現させ、手札が再び3枚になる。
「次はこれかな。」
今度はジョージが先に選ぶ。なおどちらが先に選んでもよい。タカもカードを選び終えると二人のカードが実体化する。ジョージのカードは“アバカスケーター”。足にそろばんをはいて滑らかに動くロボットである。ちなみに計算が苦手。対してタカのカードは“トイルック・ウェポン”。一見犬をモチーフにしたおもちゃにしか見えないが、口の中に銃口を隠している。
「両方4、引き分けだね。」
引き分けの場合は両者に敗北はつかない。しかし戦闘の結果お互いが破壊されるのでこのゲーム中は利用できない。2体とも光の玉となりそれぞれの体に吸い込まれていく。先の戦いで敗北していないロックハート・メタルボディはタカのそばに控えているが、ゲームには関係しない。2人は手札を1枚補充すると3戦目に突入する。
「俺が選んだのは“デューティー ノンペイド”。5だぜ、ジョージ!」
「よし!!僕は“デンタクン”だよ!」
「あー、まじかよ。」
タカの前に現れたのは黒く巨大な体を持つ、なじみのない異国の文字が刻まれたロボットで数字は5。対してジョージはかわいらしい電卓モチーフのキャラクターで数字は1。しかしデンタクンが自分の体をピコピコ押すと、タカのデューティー ノンペイドは煙を上げだし、破壊されるとジョージは嬉しそうに言う。
「5はついてたね。もう僕勝てるんじゃない?」
「言ってろ。」とタカは返す。
実は“デンタクン”は数字は1だが素数の相手と戦うと勝利するという特殊能力がある。ジョージが喜んでいるのはタカのカードの中でデンタクンが勝てる一番大きい数字が5だからである。お互いがお互いのカードを知っているが故にタカはデンタクンを見た瞬間にデューティー ノンペイドの負けを悟り、ジョージはベストの結果を出せたとわかったのだ。ちなみにこのゲームは前述のとおりカードに設定されている数字は1から9だが、数字が高いカードほど珍しくなるので5は結構強いのである。続いての四回戦は手札に強いカードがなかったタカが自爆効果を持つ“サイバイマシン”で両者敗北にし、次の勝敗で結果が決まる場面になる。
「俺はもう決まってるぜ。いいカードなかったから自爆したんだ。引いたカードを出す!」
タカは言ったとおりに引いたカードをスタンバイした。それを見たジョージは不敵に笑いカードをスタンバイする。
「それは迂闊じゃないかな。僕の切り札を知らないわけではないだろう?」
その言葉を聞いたタカはジョージが何をスタンバイしたか察する。ジョージの一番のお気に入りのカードで切り札と呼ぶにふさわしい強力なカードだ。
「なるほど。でもまだわからんぜ。」
今度はジョージがタカのカードを察する。しかし彼の想定通りならジョージのほうが勝率は高い。彼は勢いに任せて自信満々に叫ぶ。
「こい、僕の切り札。“プログラム フェイカー”!」
現れたのは細身で、背の高いなんとなく雰囲気がジョージ自身に似ているロボット。手にはノートパソコンを持っている。ジョージの声に呼応しタカも叫ぶ。
「良い目、いや今日はいつも通りでいい、悪い目を出してくれ、“ノーセブン”!」
プログラム フェイカーの特殊能力は自分より数字の高い機械相手に勝ち、自分以下の数字に負けるというもの。自身の数字は2なので、1と2以外の数字に勝てる強力なカードである。2が相手でも引き分けにならず敗北する。対してタカのノーセブンは場に出たときに1から6の間でランダムに数字が決まるスロットマシンである。目は7まであるが、イカサママシンなので7は揃わない。
「リーチ!」
ノーセブンがかわいらしい声で伝える画面には1と6と7のトリプルリーチがかかっている。真ん中のスロットがゆっくり回り一瞬真ん中横一列に7がそろう。がしかし、ガコッとすべり7は揃わず斜めに1で止まる。
「よしっ!勝った!!」
タカがそう叫んだと同時にスロットがもう一回、今度は逆方向に2つ滑り画面には斜めに6が揃う。するとすぐにスロットマシンの側面がパコッと空き銃口が6つ現れる。プログラム フェイカーに照準をつけるが彼が手に持つラップトップパソコンをいじるとノーセブンの銃は暴発し、本体もろとも破壊される。
「僕の勝ちだね!」
「なんでだよ。いつも1とか2じゃねーか。無駄に6出しやがって。」
ジョージが嬉しそうに、タカが少し不貞腐れて言う。ゲームの後は二人で実はあの時こう考えていただとか、2滑りは珍しい、いや1回だけ3滑りをみたことがあるだとか、スロットは結局コンボパーツだとかとりとめもなく話し合う。そう長くも話さないうちに彼らの住処に筋肉質で坊主頭の男が入ってくる。
「ケン、お疲れ。1戦やるかい?」
ジョージがその男に問う。男は彼らの仲間の一人、ケンである。
「いや、俺は寝る。それよりシュンらしき奴が北の質屋あたりで壁の中のオフィサーに追われていたらしいぞ。気になるなら行ってみたらどうだ?」
オフィサーとは壁の中での治安維持を職務とする公務員である。しかし何者にも統治されていない壁の外は基本的に管轄外なのでオフィサーが壁の外にいるということは目的をもって何かを調べているのか、壁の外の住民からカード等を奪っているからだ。シュンが追われていると聞いたタカは「俺たちを殺しに来たのか?」と疑問に思いつぶやく。それに対しケンは、シュンは別件でいたオフィサーに石を投げて追いかけられていると聞いた、と答えるとタカは大笑いしながら北の質屋のあたりに向かうことを決める。ジョージは少し笑いながら呆れて、行かないことにする。ケンとジョージが行かないのは彼らが冷たいからでも、シュンのことが嫌いだからでもない。別に自分が行かなくてもシュンなら何とかするだろうという信頼があるからだ。タカは「オフィサーを弱らせておくと“死神”退治が楽になるかもしれないぜ。」と二人を誘うがそれでも彼らは「ちょっとつつくぐらいじゃ意味はない。」と断る。それに対しタカは引き下がらず、直ぐに北の方向へ駆け出していく。