40 違和感と腹の虫
本日、彼女は朝早くから野盗に襲われ、長い道のりをひたすら歩き、その足で休みも取らず、傭兵ギルドに商会にと立て続けに用事をこなした。
この際、休養を取るなら早い時間でもかまわない。今の時間では微妙に遅いと言える程の時間だ。
だが、「日本」の経験を持つ俺の目にも、この宿はかなりお高い様に感じる。
そこに迷いも逡巡も無くアリルは入っていくものだからこちらが慌ててしまう。
後に続いて中に入り、目を点にさせられた。
まるで、いいトコのホテルのロビーだ。前世での出張で多少自腹を出し奮発して泊まった所にそっくり。
いや、そのもの?
(おいおいおい、イヤイヤ、まさか、まさか、・・・ねぇ?)
突然の在りし日の記憶のフラッシュバックに目が眩む。
そこで当初の心配を口にした。
「ここ、高いんでは?」
だが既にアリルは宿泊手続きを済ませていた。
どれだけ手際がいいんだ、と驚いて部屋割りを聞かなかったのが悪かった。
「さあ、宿の手配は済んだ事ですし、ゆっくりする時間が取れました。お腹空いてませんか?宿の方に美味しいお店を紹介してもらったので外で食事をどうでしょ?」
「はあ、そうですね、頃合いですか。時間は早いかもですけど、店について注文して料理を待てばそれなりですかね。」
アリルの申し出に同調して夕飯の運びになる。
宿に入ったばかりだが、またすぐ外に出る事になった。
「いやー、ずっと緊張の連続で、いざ肩の力を抜いたらお腹ペコペコで。」
そう言って彼女の表情は、それまでの引き締まった顔から、年相応のかわいらしいモノに変わる。
ホッとしたのかフーと長い息と共に、手を肩に当て上下させる。
目的の店は近く、その道すがら尋ねようとしてた事が聞けなかった。
もう店の前に着いてしまう。
(宿はいくらだったのか・・・食事付きか?部屋のグレードは?手続きは全部、彼女任せで、はて?俺の払い分は?)
たぶんこの思考は無粋なモノだろう。だがあのフラッシュバックのせいで落ち着かないでいた。
何か、引っ掛かる。
しかし何もかもを吹き飛ばす「それ」が近づいてきて、小さなモヤモヤをいつしか頭の隅に追いやる。
その店内から漂ってくる濃厚な「スパイス」の香り。
いつの間にか俺の腹もその匂いに負けてグゥと鳴ってしまった。
俺の腹の虫が聞こえたであろうアリルは、ルンルン気分でちょと笑って言う。
「ふふふ、どんな料理を出すお店なんでしょうか?このいい香りは凄く期待が持てますね!」
先程から鼻をスンスン頻繁に鳴らしている彼女は、どう見てもただの無邪気な子供にしか見えない。
その様子に苦笑いが浮かびそうになりながらも俺は言う。
「早く入りましょう、店先に立っているのは迷惑になちゃいますから。」
そうして店に入ると即座に男の店員が挨拶をかけてきた。
「いらしゃいませ。二名様ですね?」
丁寧なお辞儀と接客に、またも前世を幻視させられた。
店員の着ている服も、どこかで見たようなファミレスのデザインであるのも一因だ。
違和感が浮かんでくるも次の言葉に掻き消える。
「では、あちらの奥の二名掛けテーブルへご案内致します。」
そして店内に、他の店員からの「いらしゃいませ!」が響き渡った。




