12 幕間4 使い魔オーロラ卿の日記
■6月×日
蒼の森のスライムの在り様は随分と変わった。もとより温厚で友好的な種族という自覚はあったが、こうまで他種族と濃厚にかかわるということは今までにはあまりなかったはずだ。
人の世は移ろうとはいうが、スライムもまた同じということなのであろうか。
今日も今日とて皆は人間の村まで遊びに出かけていく。少し前までのようにこっそり隠れてということはない。堂々と正面からの訪問だ。
門番の村人が「おぅ、おはよう。今日も元気だな」などと声を掛けてくれる。この村ではスライムどころか雪狼の変異種、人間はフェンリルと呼ぶ薄紫色の魔獣を放し飼いにしていて、なんと自由な気風の村かとしみじみ思う。
そうはいっても、なんというかこう……お互いもう少し警戒心というものを持った方がよいのでは……。
などと考えていたら同胞に「ねー、行かないのー? 行かないなら先行くよー」と置いていかれてしまった。
あっ、待ってよー、一緒に行こうよー!
■6月×日
百年近く人里のそばで生きた身だ。人間の暮らしぶりをある程度は見聞きして知っている。だがせっかく人目を憚ることなく直に触れられるのだから、色々なことを体験してみたいものだ。
そんなわけで子守やら荷運びやら農家の手伝いやらしてみているが、なかなかどうして、どれも奥深く興味深いものであった。
人間がやることはどれをとっても微に入り細を穿っていて、繊細な人類が複雑な群れを構成して暮らしていくためには、細やかな作法が必要であるのだなと感じた。
しかし、野菜一つ収穫するのにあそこまで細かい作法があるとは知らなんだ。
今日はトマトなる真っ赤な野菜を収穫してみたが、村で食べるものと離れた領都に出荷するものとでは、収穫してよい色が違うのだそうだ。
村ですぐ食べるものは赤く熟れたものを収穫するが、領都行きのものは幾分青いものを収穫するようだ。収穫してから店に並ぶまでに一日か二日ほどかかるので、熟れたものでは食卓に上るまでに熟し過ぎてしまうらしい。それを防ぐために敢えて少し未熟な実を採り、出荷中に追熟なる手順を踏むのだそうだ。そうすれば食べごろの状態で領都に届くのだとか。
いやはやなんとも、人類の知恵と気配りの細やかさには頭が下がる思いである。
「やぁ、手伝ってくれて助かったよ。君はなかなか筋がいいね。さ、これは今日のお駄賃だよ。食べごろのやつだから美味いぞ」
わーいありがとう! 五個ももらっちゃった!
つやつやピカピカで美味しそう!
美味しい! 甘酸っぱーい! ジューシィ!
「……君って普段は紳士みたいに落ち着いてるけど、興奮すると凄く無邪気な感じになるよね?」
そうだろうか。そんなことはないと思うが。
「はい、もう一個あげる」
えっいいの!?
わーいありがとう! 嬉しいなー! 後で皆と食べるね!
「……うーん、やっぱり雰囲気変わる気がするなー……」
■6月×日
本日は騎士のお仕事体験である。人間の少年たちの憧れの騎士様とはいかなるものか。その秘密を探るために自分は騎士隊官舎へと向かった。
……のだが。
村の騎士隊の隊長殿が何か切羽詰まった様子で手紙を認めている。疲れているのか顔色は悪く隈が浮いているし、目などは血走っている。
隊長殿はいったいどうしたのだろうか。
このところずっと騎士隊に詰めている――というより居付いている紫色の同胞に訊いたところによると、隊長殿は立場上断り切れずにフェンリル保護の窓口になってしまい、通常業務に加えて慣れない希少魔獣の飼育と防犯対策で参ってしまっているらしい。
人間にとって、今までフェンリルは架空の生物の扱いであったという。魔獣から見てもかなり珍しい部類なので、捕らえて一儲けしようという輩から狙われやすいのだそうだ。
先日も誘拐未遂事件が起きたばかりだ。事件は未然に防げたものの、もともと多忙だった隊長殿はこの件ですっかり心が折れてしまったということだ。
村の防犯……については「フェンリルを見守り隊」の隊員諸君が交代で見回っているのでそれほど問題はないとも思うが、それはそれとしても荷が重いのであろう。
「もう駄目だ……要求が通らなかったら騎士をやめて冒険者になってやる……もう何か月も妻の手料理食べてない……末娘なんて私の顔を忘れてしまいそうだ……」
隊長殿も何度か上層部に掛け合っているらしいが、こういった事態は初めてのようで、どうにも反応が思わしくないらしい。それで切羽詰まって冒険者の知り合いにお願いの手紙を認めているのだそうだ。
「フェンリルを初めて使い魔にした冒険者なんだよー。ルリィのお友達で、偉い人の知り合いなんだってー」
紫色の同胞が教えてくれた。
なるほど。その伝手でお偉いさんに直訴しようというわけだな。
どちらにせよ、今日は騎士体験は難しそうだ。代わりに隊長殿の手をぺろぺろしているフェンリルの子供のお相手でもすることにしよう。
どれどれ、元気で可愛らしい子だ。
その日は一日可愛い子供たちとボール遊びや鬼ごっこをして遊んだ。いつの間にか人間の子供やフェンリルの成獣も混ざっていたが、楽しかったようなので良しとしよう。
ところで成獣なのにしれっと紛れ込んでいるそなたはなんだ。
「同胞の目を気にせず思いっきり遊べるのが新鮮でつい」
そうかそうか……そうか……幼少期に十分遊べなかった分を、今取り戻しているのだな……。
そういうことならば存分に遊ぶがよい! 自分が相手をしてやろう!
「おお、ありがとう兄上!」
兄上!
なんだか悪くない響きである。
その日は夕方まで目いっぱい遊んでやった。皆へとへとになって、身体に載せて家まで送り届けるはめになってもうくたくただが、悪くはない疲れである。
フェンリル達も遊び疲れて満足したのか、その晩は食事をペロリと平らげてそのまますぐに眠ってしまった。
「いやぁ、今日は本当に助かった。忙しくて遊び相手を十分にしてやれないものでなぁ……」
手紙を送って少し気分が落ち着いたのか、その晩は隊長殿が夕食を奢ってくれた。
「食堂のワンプレートで悪いがなぁ」
いやいやなんの、このミートボールのベリーソース添えも揚げ芋も実に美味くて自分は十分満足だぞ!
隊長殿は食事しながら、傍らで眠るフェンリル達を愛おしそうに眺めている。その顔は父親そのもので、なんだかんだ言っても彼らを愛しているのであろうことが窺える。
この人の良い騎士隊長殿とフェンリル達の未来に幸多いようにと祈りながら、その肩をぺちぺちと叩いてやった。
……あれっ? いつの間にか寝落ちしているぞ!?
よほど疲れているのか、食卓で眠ってしまった。
ううむ、仕方がないので寝台まで運んでやろう。寝台にぽいっと放り込んで毛布を掛けてやったら、「うーん……ありがとな、リネア……」とむにゃむにゃ寝言を言った。どうやら奥方と間違えているらしい。
忙しすぎてあまり妻子に会えていないようなので、早く事が落ち着くことを願うばかりである。
■6月×日
本日は搾乳の手伝いをすることにした。赤白牛という品種らしいが、明るい茶色に白が混じった体毛で、別に赤と白の縞模様というわけではなかった。
そういえばよく赤毛の馬とかどうとかいうが、どれもこれも茶色だったな。人間の表現はなんとも面白いものだ。
「まず手を洗ってちょうだい。綺麗な手でやるのよ」
なるほど。手……はないので、しゅるんと伸ばした触手を洗うことにする。石鹸なるものは初めて使ってみたが、なにこれあわあわつるつるしておもしろーい!
……いや、初めての経験につい興奮してしまった。
「綺麗にしたら、濡らして硬く絞ったタオルで乳房を拭いて、最初に何度か搾って、残ってる古い乳を出しちゃうのよ。搾り方はこうしてこうして、こんな感じで搾って……」
むむ。む。む……? 上手く搾れんぞ……。
マダムが搾るとジャッジャッジャッと迸るように出てくるのに、自分がやると滴るほどしか出ない……。仕方がないので触手を増やしてやってみたが駄目だった。
「ンモォーーーーー!」
む、赤白牛に下手くそと怒られた。
「んっふふ。最初のうちは皆そうだからね。乳搾りにはコツがいるのよ」
むぅ、そうか……これは練習が必要であるな。
「しばらく通ってやってみる?」
うむ、迷惑でないのなら是非。そしてマダムのようなゴッドハンドになってやろう!
――と野望を抱いていた時期が自分にもありました。
二週間くらい通ってみたが、まったくもって上達する兆しがない。
「ま、まぁ、ほら、誰しも得手不得手はあるものだから。あんまり気を落とさないで。ね?」
マダムには気を使われ、赤白牛にも「アナタこの仕事向いてないわ」ときっぱり言われてしまった。
ううむ、これ以上粘っても迷惑になるだろう。ここらが潮時か……。
しょんぼりしながら飼い葉桶の洗浄を手伝っていたら、隣の養鶏場で泥棒が出た模様。
農場を高速で横切る小さな黒い影、あやつは悪名高い迷彩イタチ!
緑やら灰色やら土色やらのまだら模様の毛皮で景色に紛れ、余所様の巣から蓄えた食料をくすねる手癖の悪い奴である。身体が小さく逃げ足も速いので、捕捉するのが困難な魔獣と森でも悪名高い奴だ。
どうやら鳥小屋の餌をちょろまかしたついでに、コカトリスの雛を攫って逃走中のようだ。
「クソッ、ちょこまかちょこまかと!」
「そっち行ったぞ! 捕まえろ!」
「素手じゃ無理だ! 網持ってこい網!」
ぬぅ、ここは奇襲と追いかけっこが得意なスライムの出番であるな!
それっ!
しゅるん、ぺろり! で、あっという間に捕まえたら大層驚かれた。
「何という早業……!」
「お前凄いな!」
「東方のニンジャとかいうやつみたいだ!」
……ニンジャとはなんだろうか。東方の何某のようなので、東方人の友を持つルリィに今度訊いてみよう。
ともあれ、迷彩イタチは敢無く御用となり、コカトリスの雛は無事親元に帰された。
迷彩イタチは自分のおやつにした。まぁ、あまり腹の足しにはならなかったが。
■7月×日
さぁて今日は何をして過ごそうかなと、村の入り口でぷるぷる思案していたら、人間の男達に声を掛けられた。村人とは違って堅苦しそうな身形の男達で、スライムの自分にも「偉い人」ということが分かった。
どうやらこの辺りを治めている辺境伯とかいう地位の男らしい。騎士隊長殿の訴えが無事届いたようで、視察に来ていたようだ。そのときに迷彩イタチを御用にしたところを見掛けて、自分に興味を持ったのだそうだ。
「狩りの手腕は実に見事なものだった。そこで君に提案なのだが、我が辺境伯家で働いてみないか? なに、働くといっても害虫駆除をしたり中で働いている者たちの話し相手をしてくれればよい。あとはたまに付き人のようなことをお願いすることもある。有期契約で一年ごとに更新。週休一日制で報酬は三食昼寝におやつ付き、必要なら現金で支給も可能だ。申請すれば纏まった休みも取れるから里帰りもできる。勿論君さえ良ければだが、どうだろうか」
辺境伯のクリストフェルという名の男は、腕に抱えたフェンリルの子を愛おしそうに撫でまわしながらそう言った。フェンリルを引き取るついでに自分にも声を掛けたようだが、なにやら目尻がすっかり下がってしまっている。話し中も撫でる手が止まる様子はないどころか、こちらを撫でたそうな素振りまで見える。
ほほう……。
なるほど、これは要するに癒しを欲しているということだな!
条件も悪くないし、領都での暮らしにも興味がある。現金での支給も可というのも魅力的だ。なにしろ人間のようにお買い物ができるからな!
その話、乗ったぁ!
「では交渉成立だな。出立は明朝、鐘が九つ鳴る頃だ。問題はないか?」
大丈夫! 問題ないよ!
「よし。では明日の朝、広場前のアルーン亭に集合だ」
分かったー! それまでに皆に挨拶してくるね! それじゃまた明日!
「……紳士然としていたのが、なんだか急に無邪気な雰囲気になりましたね……」
「……トリス孤児院の使い魔も時折そういうことがあるらしいぞ。スライムの中にも余所行きの体裁を繕っている者がいるということだろうかな……」
■7月×日
そういうわけで、クリストフェルの屋敷がある領都に向かって出発することになった。
見送りには同胞たちが来てくれた。顔見知りの雪狼も森の中からこっそり見送ってくれた。うむ、皆も達者でな!
領都へは馬車の旅である。これまでに荷馬車には乗ったことはあるが、こんな立派な馬車には初めて乗った。これに乗れば昼過ぎには着くそうだ。荷馬車よりはるかに乗り心地がよく、車窓からの景色を楽しむつもりがついうっかりうとうとしてしまい、気付いたら門をくぐるところだった。
なんということだ……旅路を楽しむつもりだったのに……とがっかりしていたのも束の間、壁の中の巨大な街に大興奮!
うわああああ凄いなぁ人も建物もいっぱいだぁあああああ!
あっ! 夕日色の同胞がいる!
おーい久しぶりー!! 騎士様のお仕事かっこいいねー!!
「スライムは反応が素直で実に癒されるな……」
早速お役に立てたようで何より!
■7月×日
クリストフェルの家はとても立派だった。人間も馬もたくさんいて、大層賑やかだ。
屋敷に着くと、家令という使用人の中で一番偉い人間が出迎えてくれた。穏やかで柔和な顔つきをしているが、なかなかに油断ならない気配をひしひしと感じる。なるほど、大勢の人間を取り纏めるとなると、このくらいの男でなければ務まらないのだろうな。
「ニコラウス、彼――いや、彼で良かったか? なに、どちらでもないが性質は雄だと思う? いや、言われてみればスライムに性別などなかったな……うむ、名前は後でじっくり考えるとして、そうだな、当面は卿と呼ぶことにしよう。彼には今日からここで働いてもらうことになった。警備と皆の話し相手が主な仕事だ。それからこちらのフェンリルは特殊部隊預かりになる。周知しておいてくれ」
「かしこまりました」
クリストフェルの家族は残念ながら留守のようで、明日の朝食のときに紹介してもらえるようだ。
「今日のところは私と一緒にいてくれ。軽く昼食を取ったら、屋敷を案内しよう」
煮込み料理とパンを御馳走になった後、食後の運動がてら中を案内してもらった。この地を治める領主とあって、なかなかの広さを誇る屋敷だ。しかもただの屋敷ではなかった。武器防具の類も充実していて、有事の際には要塞の役割も果たすらしい。
「ここは小高い丘の上にあるだろう。建国期の頃には、この館を中心とした城塞都市として栄えていたのだ。現在の市街地は城塞の周辺に点在していた農村が大きくなったものでな。街を囲う外壁はそのあと造られた」
ほほう……歴史がある街なのだな。
「王国の四方に辺境伯家が置かれたのはその頃だ。国境地帯を護るため、武勇に優れた四人の英傑が辺境伯に封じられた。残念ながら、トリスヴァル領においては当時の領主一族は後継に恵まれず断絶したが、オスブリング家がその後を引き継いでいる。以来、この地を数百年に渡って護り続けているわけだ。とはいえ……一度帝国に大敗を喫してはいるのだがな。当時かの国は大陸の四分の一を支配する大国だった。物量で押されては敵わなかったのだ」
三百年ほど前、領民の安全と引き換えに領土の半分を奪われ、属州として長い冬の時代を過ごしたという。領民のためならばと泥を啜るような暮らしも厭わなかったというが、スライムならまだしも繊細な人間にはさぞや辛いことだっただろう。
ぽむぽむ、と慰めるように足元をつついてやると、クリストフェルは「ありがとう。私はあの悲惨な時代を直接は知らないが、二度と悲劇を繰り返さぬよう努力は惜しまぬよ」と力強く言った。
うむ、自分も微力ながら尽力しよう!
……とりあえず、今あの棚の下に潜り込んだ黒い虫を処理してきていいか?
■7月×日
慌ただしくも充実した一日はあっという間に過ぎ去り、クリストフェルの寝室にお邪魔して気が付いたら朝だった。
今日はクリストフェルの家族を紹介してもらう日である。
末のご子息は王都の大学に在学中とのことで不在だったが、奥方のモニカに長男夫妻と二番目のご子息をご紹介いただいた。
「貴方が卿ね。なんて美しい色合いなのかしら」
「やぁ、スライムなのに何か妙に紳士的だなぁ。仕草にどことなく品がある」
「スライムにも個性があるとは聞き及んでおりましたけれど、本当ですのね」
「うわぁ、触り心地がいいな。ほんのり温かくてなんだかほっとするよ」
うむ、なかなかに賑やかなご家族である。それに人柄も良さそうだ。
しかし分かるぞ、ご夫人方も含めて彼らのその身のこなしは只者ではない様子。国の要所を預かる一族ゆえに、武人として普段から鍛えているのだそうだ。衣服の下にも鍛え上げられた肉体が隠されているのが、このスライムにも分かる。
そして屋敷の末端の使用人に至るまでの全てが、何かしらの戦う術を身に付けているという。さすが辺境伯家というべきなのであろうか。
「ところで、卿のお名前はもう決めましたの?」
「うむ、それなのだがな」
奥方に訊かれてクリストフェルは重々しく頷いた。
「光の加減でオパールやサファイヤのように複雑な色合いの光彩が輝く様が、まるで夜明け前の空を彩るオーロラのようだろう。だから、オーロラ卿、というのはどうだろうか」
「まぁ……素敵ね」
「ぴったりだと思いますよ、父上」
う、うわああああ、そんなに素敵な名前もらっちゃっていいのかな! 嬉しいな!
ありがとうクリストフェル!
「あれっ、なんか急に雰囲気変わってない?」
■7月×日
本日から本格的なお仕事開始。
仕事と言っても散歩しながら害虫駆除をしたり、人間達の相手をしたりと、それほど重いものではない。しかしとにかく広いので、敷地内を一周するのは一日がかりだ。
だが、クリストフェルはそれでいいという。自分に期待しているのは人々を癒すことだ。国防の要所を担う家だけに働く人々の精神的負担は馬鹿にできず、そこを和らげるのが自分の役目なのである。
ついでに不快害虫の駆除もできれば、なおのこと良いということであった。
ごくごく稀に機密狙いの侵入者もあるらしいので、もし不審者に気付いたら遠慮なく捕獲してくれとクリストフェルは言った。
「ところで、捕縛するときにはなるべく服は溶かさないようにしてくれるとありがたい。証拠品を所持している可能性もあるし、その……目のやり場にも困るのでな……特に下半身の……」
なにやら妙な注意事項もあるのが気になるところではあるが、うむうむ、十分気を付けることにしよう。
■7月×日
今日は休日なので、ルリィの案内で下水道の爺さんとやらに会いに行った。なんでも下水処理の仕事をしているスライムの爺さんで、推定数百歳という長寿で大層物知りな、界隈では知恵袋的存在のようだ。
百年は地下で暮らしているようだが、そんなに長いこと引き籠っていて飽きないのだろうか。しかし本人が言うには、上げ膳据え膳で好きなだけ思索にふける生活はこのうえなく性に合っているのだそうだ。しかも情報は放浪癖のある同胞が集めてくれるらしく、本人はそこにいながらにして王国各地の情報を手に入れられるという。
話を聞いている分にはさぞや怠惰なスライムなのであろうなという印象だったが、会ってみれば深い緑色の苦み走った渋い御仁である。
各地の名所や美味いものに始まり、魔獣達の噂話や人間の男女の機微まで、実に様々なことを教えてくれた。
しかし、これほどの物知りなのに百年前後は地下から出ていないというのは凄い。情報担当も有能なのであろう。
クリストフェルとの会話も楽しいが、爺さんとの語らいもまた実に有意義なものであった。人間の男女の機微についてはともかくとして、街のあれこれや周辺地域の貴重な情報を手に入れることができた。
美味い魚の棲み処も教えてもらったので、今度の休日に行ってみようと思う。
■7月×日
人間の街での暮らしはまだ始まったばかりで驚かされることも多いが、オリジナルの個体から分裂しておよそ百年、これまでに経験したこともなかった充実した日々を送らせてもらっている。
今もクリストフェルの長男夫妻に顔を埋められていてなんともこそばゆいが、「至福……」とか「このまま寝てしまいたい……」とか聞こえてくるので、今日もお役に立てているようである。
明日は奥方と騎士隊幹部の奥方様方とのお茶会にお邪魔させてもらう予定だ。
さてさて、いったいどんな話を聞きどんな体験ができるのか、今から楽しみだ。
その先も色んなものを見聞きして、充実した日々を過ごすことになるだろう。
「はぁ……満足した。今日もありがとう、卿。これはお礼の焼菓子だよ。エナンデル商会の魔獣専用のお菓子で、結構評判がいいらしいんだ」
わー! それってルリィ達が美味しいって言ってたやつだ!
ありがとう二人とも!
後でゆっくり食べよーっと!
「ううん、この普段とのギャップが胸にキュンキュン来ますわ……!」
「分かる……!」
ソルネ「ところで自分だけスライムの日記がないであります!!」
※ザックのところに行く予定だったのに騎士様のお友達になってしまった夕日色のあの子です。
今度書くから……_(:3 」∠)_




