07 家族の肖像
「な、なに?」
「なにごとだ、これは」
式に参列するために皆出払っていたからか、ホールの奥の談話室は薄暗い。その薄暗がりを背景に置かれていたのは、厳重に梱包された身の丈を超える大きさの何か板状のものだ。正体が分からないだけに、どことなく面妖な雰囲気だ。
困惑して眺めていると、管理人室から顔を出したエギルが「やあ、お帰りなさい」と声を掛けた。
「ロヴネル家からシオリさん宛の荷物ですよ」
「アニーからかな」
「だと思いますよ。しかし、念のため私が開封しても?」
包みの中には微かな魔素反応がある。それは聖属性で、封蝋の紋章と送り主のサインも見慣れたものだったが、本来の主から警護を命じられているエギルとしては、シオリとアレクに開封させるわけにはいかないと判断したようだ。
「じゃあ、お願いします」
包みはシオリの身体がすっぽり収まるほどの大きさで、表面の包装紙には運送業者の伝票が貼り付けられ、赤インクで日付指定の印が押印されていた。日付指定の荷物など、この世界ではかなりの高額だ。そんなサービスを利用できるのはよほどの富裕層に限られる。貴重品のやりとりにはよく使われている業者らしい。
「では解きますよ」
二人が見守る中、エギルは丁寧に梱包を解き始めた。
封蝋は特殊なもので、一度でも封を解けば崩れて二度と復元できないようになっていた。運ぶ途中で何者かに中身をすり替えられないようにする仕組みの一つのようだ。
「宝飾品や美術品などの貴重品を運ぶときによく使われる手法ですよ」
主にシオリのためだろう、エギルは独り言のようにさりげなく説明してくれた。
「あ……ということは、もしかしたら絵かな」
「ロヴネル家からならそうかもしれんな」
紐を解いて幾重にも巻かれた未晒しの包装紙と蝋引き紙を外し、内側の緩衝材を取り除く。緩衝材は魔獣素材か何かのようで、貴重な品を護るためにたっぷりと惜しみなく使われていた。その中から出てきたのは果たして、一枚の絵画だった。
額縁はそれ一つでも美術品としての評価が付きそうな見事な彫刻で、そこに収められた絵画は新進気鋭の画家、アンネリエ・ロヴネル女伯の「新作」だった。
或る家族の肖像。
そう銘打たれた絵には、海のような色を湛えたスライムと黎明の空のような薄紫色に輝くフェンリル、そして白銀の竜に護られて寄り添う騎士と巫女の姿が描かれていた。
夜明け前の空に輝く明星の下、三体の聖獣に護られている騎士と巫女がアレクとシオリであることは、誰の目にも明らかなほどによく似ていた。
微笑む黒髪の巫女はミズホの神職の衣装を、巫女を腕に抱く栗毛の騎士は王家の軍装にも似た騎士服を身に纏っていて、二人の出自と二国間の未来を意識したものであることが窺えた。
三体の聖獣も二人との関係性を正しく理解した上での配置に違いなかった。スライムは二人の前で楽しげに踊り、フェンリルはアレクの背後を護るように佇んでいる。竜は二人と二匹の背後を護るようでいながら、その大きな首をもたげてシオリにすっかり甘えていた。
二人と三匹の姿を描いて家族の肖像と銘打ったアンネリエの、画家としての観察眼の鋭さに驚かされる。
「うわぁ……」
「これは……」
気恥ずかしさすら凌駕する感動でようやくそれだけを絞り出した二人は、そのまま言葉もなく絵画に見入った。
足元のルリィは照れたようにぷるんぷるんと身をくねらせ、ヴィオリッドは「ヴォフン……」とうっとりしたような吐息を漏らした。竜麟の光は、何か感じ入るように瞬きながら、絵画の前でふわふわと揺れている。
「――これは凄い。さすがはロヴネル女伯……お二人のお人柄がよく表れていますね」
梱包材を手にしたままのエギルは、立ち尽くしたまま感嘆を隠さない。
絵画から感じる柔らかな波動は、画材に含まれる聖魔素から発せられるものだろう。特殊な画材を用いて描かれた絵画の右下にはアンネリエのサイン。そして裏面には彼女らしい躍動感ある筆跡で「親愛なる友へ。誕生日に寄せて」と、その下にはデニスとバルトのものであろう「誕生日おめでとう」「そして末永くお幸せに!」という短いメッセージが書き添えられていた。
「あ。そっか。今日誕生日なんだっけ」
アンネリエに誕生日を教えたことはない。けれども親しい誰かから聞き出したのだろう。
自分自身も忘れていた、八月十日という特別な日のことを。
「……お前、やっぱり忘れてたんだな」
「やっぱりって」
眉尻を下げて苦笑いしているアレクには、苦笑いで返すしかなかった。
「ここのところずっと忙しかったし」
「クレメンス達も気にしていた。俺達の婚約祝いも兼ねて盛大に祝いたかったらしいが、式の日取りがどうにも今日しか都合が付かなかったと言ってな。日を被せてしまって申し訳ないと」
「それは……それこそ気にしなくていいのに」
彼らが抱える事情もまた複雑だった。心情が追い付かないところもあっただろう。そんな中で今しかないと決めたのだから、シオリは心から祝福したいと思う。
夫婦となったクレメンスとナディアは、明日の朝には王都に向けて出発する。王都で待つ「新たな家族」と会うためだ。王都までの馬車は貸し切りで、到着までの数日を兄弟――あるいは姉弟だろうか――水入らずで過ごすつもりなのだそうだ。
「……それで、あいつらに頼まれていることがあるんだ。まぁ、頼まれなくてもそうするつもりではあったんだが」
「え、なに?」
首を傾げているシオリを腕に抱き込み、そして誘導するように視線を奥に向けたアレクは、子供が楽しい隠し事を打ち明けるような悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「皆とも話し合って決めたんだ。お前の誕生日を盛大に祝おうってな」
その言葉を合図に、薄暗かった談話室の魔法灯が一斉に照らされる。
「う、わ……!」
先回りして戻っていたのだろう、この数週間ですっかり打ち解けた同居人達の笑顔が、驚きに目を瞠ったシオリを出迎えた。




